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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第2章 レンズ越しのあなたへ
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11 仲良きことは

 西棟一階の廊下を進む。放課後にしては珍しく、あまり人気(ひとけ)がなかった。廊下の途中で二人の男子生徒が窓ガラスをみがいている横を通り過ぎる。


「ふざけんな! 言い掛かりも大概にしろよ!」


 第二美術室前に立ったところで、部屋の中から誰かの怒鳴り声が響いた。

 思わず百瀬と顔を見合わせる。

 ドアを開けると、部屋の中央には四人の生徒が集まっていた。二人の男子が睨み合う横で、青褪めた顔の女子が俯いている。その隣には、途方に暮れた顔の真木が立ちつくしていた。


「とぼけてんじゃねえよ、じゃあ誰がやったっつーんだよ!?」

「知るかそんなもん、俺は今ここに来たばっかだっての!」


 俺たちが部屋に入ってきたことにも気付かずに、二人の男子は言い争いを続けている。何事かと近付くと、二人とも見知った顔だった。


「木島、石上、何かあったのか?」


 二人の目が俺を向く。


「なんだ、高谷か」

「なんだとはなんだ。久々に会った旧友に」


 木島と石上は同じ中学の出身で家も近い。二人とも総合科でクラスが違うため、高校に入学してからはあまり顔を合わすことはなくなってしまったが、時々校内で見かけた時に軽く雑談する程度の付き合いはある。


 写真部の木島と美術部の石上。この二人はそりが合わないらしく、中学の頃からよく喧嘩ばかりしている。顔を合わせると大抵言い合いをしているので、むしろ仲が良いんじゃないかとさえ思う。


「相変わらず仲良く喧嘩か? 今度はどうしたんだよ」

「仲良くねえよ」


 ぎろりと木島が睨んだ。石上も不愉快そうに舌打ちをする。


「他人に濡れ衣を着せて謝りもしないやつと仲良くするつもりはない」

「濡れ衣?」


 俺の質問に石上が無言で机を指差した。部屋の中央に置かれた大きな机には写真が散らばり、その上からは大量の黒いペンキがぶちまけられていた。写真はペンキで塗りつぶされてしまって、何が写っていたのかさえわからない。

 木島がイラついた様子で頭をかいた。


「俺が来た時にはこの状態だったんだ。そん時この場所に集まったのは俺を含めて四人。犯人はこいつ以外に考えられない」


 木島が石上を睨む。石上も負けじと睨み返した。


「だから、なんで俺なんだよ、他にもいただろうが。むしろ俺が来たのは最後だろ」

「真木さんには動機がないし、うちの部長がこんなことをするはずがない。写真部にとって写真は芸術作品だ。それを理解しないお前ら美術部以外に、こんなふざけた真似をするやつがいるのかよ」


 木島が真木ともう一人の女子を指差す。眉間に皺を寄せてペンキに塗れた写真を睨みつけているのが、どうやらこの写真部の部長らしい。いわれてみれば、前に校内新聞で顔写真を見た覚えがある。確か篠原という名前だったはずだ。


「とりあえず状況はわかった。それで? どういう流れでこんなことになったんだ? はじめから説明してくれ」


 睨み合う二人が同時に互いを指差す。


「こいつが嫌がらせのために俺たちの部室にペンキをぶちまけた。以上」

「この間抜けがペンキをぶちまけて、嫌がらせのために俺に罪をなすりつけようとしてる。以上」


 それはわかったわい。


「ちょっと落ち着け二人とも。嫌がらせのためって理由で教室にペンキぶちまけるなんて真似はなかなかできねえよ。なんか理由があんのかもしんないだろ? 勝手に決めつけんなって」


 冷静さを欠いている二人はいったん置いといて、真木を振り返る。


「で? 真木はなんでここにいるんだ?」


 真木が小さくため息をついた。


「写真を受け取りにきた」

「写真?」


 こくりと頷く。


「新聞部が頼んでいた写真。先週からうちの部のカラープリンターの調子が悪くて、取材で撮影した写真がきれいに印刷できないから、写真部に依頼していたの。今日の放課後に受け取りに来る約束だったから」


 でもと真木が困ったように続ける。


「封筒に入った写真を受け取って、部室に戻って開けてみたら、中の写真が違ってた。受け取る写真を間違えたことに気付いて急いで返しに来たの。そうしたら、これ」


 真木が机のペンキを指す。なるほど。


「部活があるなら無理して図書当番に入らなくてもよかったのに」


 余計な時間を使わせて悪かったなというと、真木がつまらなさそうな顔でそっぽを向いた。


「今日の活動は写真の整理だけだったから平気。別に高谷のために当番に入ったわけじゃない」


 さいですか。

 改めて二人を振り返ると、石上と目が合った。不満そうに口を尖らせながら頷く。


「俺も同じだ。写真部に用があって来た。さっき渡された封筒に入っていたのは、頼んでいた写真じゃなかったからな」


 おや。


「美術部も写真を依頼してたのか?」


 ああと石上が頷いた。


「古い作品がだいぶたまってたからな。さすがに何とかしないと新しい作品の置き場がないってんで片付けることにしたんだ。連絡がつく卒業生には引き取ってもらったけど、連絡先がわからない先輩や作者不明の作品は処分することにした。作品を片付ける前に写真で記録を残そうってことになって、写真部に依頼したんだよ」

「記録ならデジカメでデータ保存でもいいんじゃないか?」


 石上が肩をすくめる。


「俺もそう思うよ。だけど顧問のブラッド先生が、写真をアルバムにまとめてすぐに見られるようにしたいし、デジタル画像だけじゃなくてフィルムに残したいっていうんだ。なんだっけ、銀なんとか写真ってやつ」

「銀塩写真」


 口を挟んだ木島に石上が舌打ちをする。

 ええい、やめんかい。


「カメラがあれば自分たちで撮影して店で現像してもらえばいいんだけど、あいにく美術部は誰もフィルムのカメラは持ってない。どうせなら、カメラの扱いとか現像に出す店とかにも詳しい写真部に任せようってブラッド先生がいい出して、写真部に依頼することになったんだ。まあ、期待した結果にはならなかったんだけどな」


 石上がふんと鼻を鳴らし、木島が不愉快そうに眉を寄せた。


「どういう意味だよ」

「そのままの意味だよ。依頼した写真が手元に届いてないんだ。期待外れもいいとこだろ」

「つまり、二人とも間違って持って行った写真を返しに来たわけだな?」


 俺の質問に頷いた真木が封筒を差し出した。緑色の封筒で、表にはマジックで大きく①と書いてある。一方、石上は両手を広げて首を振った。


「俺は持ってない。写真はさっき返しに来たんだ。ついでにそこの間抜け野郎に文句をいおうと思ったんだが、丁度不在だったし、タイミング悪く美術部から呼び出しの電話がかかってきた。仕方ないから最初に間違って持って行った封筒をその机の上に返して、一度部室に戻ったんだ。用を済ませてから、改めて写真を受け取りに、ついさっきここに来たんだよ」


 石上は「全く何往復もさせやがって」とぼやく。

 む、話がちとややこしくなってきた。これは少し長引くかもしれない。

 振り返ると百瀬はドアの横にちょこんと立っていた。


「ごめん、ちょっと待っててくれる?」


 少し大きめの声で呼びかけると、右手をぱたぱたと振ってにこりと頷いた。こっちも笑顔で手を振り、改めて四人に向き直る。


 さて、どうしたもんか。

 別に犯人探しをする必要もないが、友達が睨み合ったままというのもあまり嬉しいものじゃない。木島と石上は喧嘩ばかりしているが、お互い嫌い合っているわけじゃないのは見てればわかる。ちょっとした誤解なら、(こじ)れる前に早めに解いておいた方がいい。


 視線を感じて顔を上げると、真木と目が合った。「何?」というと「別に」と呟いて視線をはずす。

 なんなんだ、一体。


 机の上に目を移す。散らばった写真とそれを塗りつぶす黒いペンキ。黒く広がっている染みは、何か不都合なものを隠そうとしているようにも、誰かの悪意のメッセージのようにも見える。

 まずはこの状況までの流れを確認しておこう。

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