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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第2章 レンズ越しのあなたへ
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9 アップルパイとヒキガエル

 クイズです。ながーい時間をかけても無駄になっちゃうもの、なーんだ?


 答え、モチベーションの低い会議。


 我らが図書委員会議のモチベーションが低いか否かは参加者それぞれによるのだろうけど、毎回委員長しか発言していないのだから、たぶん低いんだと思う。その委員長がインフルエンザで欠席、加えて顧問の津田先生に急遽面談が入ったとなれば、会議を開く必要性は限りなくゼロに近い。


 会議時間を過ぎてばらばらと図書室に集まってきた図書委員は、副委員長の「報告や提案がある人はいませんね。じゃ、今日は解散」という一言で全員さっさと帰って行った。長過ぎるのは無駄だと思うが、短けりゃいいってもんでもないだろう。その上、今日の図書当番もいつの間にか消えている。今日の活動は会議だけだと勘違いしちゃったのかな? いやあ、うっかりさんだね。……などとあえて(とぼ)けるつもりもない。十中八九確信犯だ。


 仕方なくカウンターに座り、サボった図書委員の代わりに当番を務める。真木の言葉ではないが、レジに誰もいないのでは、困るのは利用者()だ、図書委員()じゃない。まあいいさ。やるべきことはあるし、カウンターの店番ついでに片付けてしまおう。


 図書委員の仕事は本の貸出と返却だけではない。本棚の片付けや案内の作成、おすすめ本の展示も図書委員の仕事だ。

 本来なら持ち回りで担当するはずの展示や案内作りは、今ではもっぱら俺と真木の仕事となっている。やる気のない者が多い図書委員の中で、月曜当番として仕事を片付けている俺と真木のおかげで、この図書室が機能しているという自負はある。利用者が少ないからかろうじて回っているようなものだけど。


 本棚の整理をしていた真木がカウンターに戻ってきた。イスを引く音に苛立ちが混じる。


「あんま怒んなって」


 いつものことだろという俺を真木がちらりと睨んだ。


「別に怒ってない」


 口調は怒っているが、本人が怒ってないというのだから、きっと怒っていないのだろう。たぶん。


「他人に平気で仕事を押し付けるやつは、ヒキガエルになればいいと思っているだけ」


 ……うん。そうね。怒ってはないけど、呪ってはいるのね。


 気持ちはわかるが、ヒキガエルに図書当番は務まらない。そんなことになったら、月曜から金曜まで俺と真木がカウンターに座っていなくてはならなくなる。残念だが、彼らにはまだ人間でいてもらわなくては。


「それで、今月のおすすめ展示はどの本にする?」


 そろそろ展示内容を考えておくべきだ。先月はサッカー選手のエッセイを紹介したから、今月は芸術分野か、文学作品でもいいかも知れない。


 真木が「これ」といいながら本を差し出した。タイトルには『だれでもホームメイド基本の洋菓子・和菓子』とある。表紙のアップルパイが美味そうだ。

 真木がレシピ本を選ぶとは意外だった。受け取ってページをめくる。


「お菓子のレシピ本なら他にもあるけど、なんでこれなんだ? めちゃくちゃ美味いケーキが作れるとか?」


 隣でパソコンの画面を睨んでいる真木に訊ねる。無意味にマウスをクリックしながら、真木はこちらを見ないまま早口に答えた。


「味も悪くないけど、手順の書き方が丁寧だから。レシピ本の中には、手順の途中でいきなり〈卵(常温)を加える〉とか〈沸騰直前まで温めた牛乳を加える〉とか平気で書いてるものもある。こっちはレシピの頭から順に進めてるのに、急に卵が常温になるわけないと思う。先に〈常温の卵を用意〉くらい書いて欲しい」


 確かに、それは不親切だ。俺も料理本を見ながらはじめて筑前煮を作ろうとした時に、〈干しいたけ(水に(さら)して戻したもの)を切る〉と書かれていて焦った記憶がある。それから、しいたけの戻し汁を捨てた後に〈布巾(ふきん)()した戻し汁を火にかける〉と読んだ時には脱力した。

 真木が続ける。


「その本は準備と下拵(したごしら)えも含めて、最初から順番通りに書いてあるからわかりやすい」

「なるほど、ガンプラの説明書みたいに解説が丁寧なわけだな」

「ガンプラは知らない」


 久々に冷たい視線を頂いた。

 とりあえず、これで今月の図書委員おすすめ本は決まった。あとは紹介文を考えてポップを作るだけだ。


 顔を上げると、そろそろ閉館時間になっていた。烏山高校の図書室は十七時に閉館となる。カウンターまわりを片付け、パソコンの電源を落とす。奥の司書室をノックして、閉館することを司書の人に伝えると、部屋の中から「はい」という返事があった。


 都立高校には全校に専任の司書が配属されているはずだが、烏山高校に入学してから、まだ一度もこの図書室の司書を見たことがない。新着本は毎月用意されているし、図書だよりも定期的に発行されているから、司書がいるのは間違いないはずだけど、いつも司書室に(こも)っている。

 噂では魔女が住み着いているらしいとも聞くが、高校生にもなってそんなファンタジーで喜ぶやつもいないだろう。その噂を作った誰かさんは余程純粋な心の持ち主に違いない。


 図書室を出て鍵をかける。

「鍵は俺が職員室に返しとくよ」というと、真木は頷いて階段を上っていった。


 鼻歌を歌いながらテンポよく階段を下りる。完全にアップルパイの気分になっているので、帰りにバターを買わねばならない。パイ生地はマーガリンよりもバターがベターである。

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