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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 桜色リップクリームの君
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6 ロマンチストな僕たちは

「水谷がロマンチストって、なんでそう思ったんだ?」


 松嶋が図書室を出て行ったあと、使った本を棚に返しながら矢口に訊ねる。

 隣で同じ様に本を片付けていた矢口は、星座占いの本をぱらぱらとめくりながら、ああと頷いた。


「松嶋くんが告白した時に『運命みたい』って喜んでたっていうからさ」

「その感激ぶりがロマンチストだってことか?」

「それもあるけど、それだけじゃない。水谷さんは本当に運命だと思ったんじゃないかな。思い出の本に出てくる主人公と同じ名前の相手に告白されて」

「思い出の本?」


 矢口が占いの本をぱたんと閉じる。


「『緑の森の神話』だよ。水谷さんが読書好きになるきっかけになった本」


 確かに、松嶋がそんなことをいっていた。


「その本の主人公の名前が〈いつき〉っていうんだ。ちなみにヒロインの名前は〈サラ〉。松嶋(いつき)と水谷さら(サラ)、運命的な出会いだろ?」


 なるほど、そりゃロマンチストだ。


「知ってたんなら、松嶋に教えてやればよかったのに」


 きっと感激するぜという俺に、矢口が肩をすくめた。


「こういうのは人から聞くよりも、自分で気付いた方が喜びは大きい」


 すました横顔に思わずにやついてしまう。ロマンチストなのは、どうやら水谷だけじゃないらしい。


 手持ちの本を棚にしまい終わってしまったので、矢口に手を差し出す。「半分くれ」というと「ありがとう」と数冊渡された。いやいや、図書委員なんだから、俺が全部片付けるべきなんだけど。

 こんなふうにさらりとお礼をいったり、いつの間にか人の手助けをしてくれるのは、矢口のいいところだ。恩着せがましくもないし、嫌味な感じもない。


「さっきのさ、なんか羨ましかったよな、松嶋。なんていうか、素直でさ」


 唐突な俺の言葉に矢口がくすりと笑った。


「それを羨ましいといえる高谷くんも、十分に素直だと思うけどね」


 だって実際、いいなあと思ったんだからしょうがないじゃないか。松嶋は、誕生日を忘れたなんていえるわけないと騒いでいたけれど、あんなふうに素直に謝られたら水谷だって許しちゃったんじゃないかと思う。

 両手を頭の上に伸ばして大きく伸びをする。


「可愛い彼女か、羨ましいぜ、まったく」

「この間からそればっかりだよ、高谷くん」


 矢口が苦笑する。

 他人事みたいな顔しやがって。そうだよな、矢口はもう相手がいるもんな。

 口には出さずに目だけでちらりと訴える。「なんだよ」と矢口が不審そうな目で見返してきた。


 矢口はかっこいい。

 別にめちゃくちゃイケメンだとか、スタイルがモデル並みとかいうわけじゃないし、見た目はどちらかというと根暗な文学青年なんだけど。なんというか、物腰が落ち着いている。

 クラスの男子で馬鹿騒ぎをして、その中に入っている時でさえ、根っこは静かに凪いでいるように見える。単に、俺が矢口よりも幼いだけなのかもしれないけど。


「矢口ってすごいよな、何でも知ってるっていうかさ。やっぱ頭いいんだな」

「なんだよ急に」


 矢口が驚いた顔をした。


「さっきだって、松嶋が探してた本をすぐに見つけてきたし。俺、図書委員なのに全然わからなかった。矢口はよく本を読んでるし、やっぱり物知りだよなって。なんつーか、俺より世界のことをよく知ってるっていうかさ」


 矢口が気まずそうな顔で首を振った。少し俯いた顔が前髪に隠れる。


「そんなことないって、俺、頭よくないよ。知ってることしか知らない。さっきはたまたま読んだことがある本だっただけ。小学生の頃に児童文学はひと通り読んだんだ。読んだっていうか、読まされたって感じだったけど。母親が小学校で図書館司書をしていたから、子ども視点の感想を聞かせてくれっていわれてさ」

「それでそんなに本好きになったのか」


 矢口が首を振った。


「俺、そんなに本好きなわけじゃないよ。昔からの習慣で、ただなんとなく読んでるだけだ。紙に書かれた文字を追うなんて、誰にでもできることだろ? スポーツしたり、楽器を演奏したり、何かを創り出したりするわけじゃない」


 矢口の目には影が落ちていた。


「高谷くんはさ、絵を描くのが好きだっていってたよな。筆がすべっていく感覚が楽しいって」


 矢口がこぼすように呟いた。確か先週あたり、そんな話をしたような気がする。


「いくら文字を頭に入れても、そういう感覚が俺には足りないんだ」


 足元にしゃがみ込み、矢口は最後の一冊を棚にしまう。


「絵を描くのが好きっていう高谷くんの方が、よっぽどすごいと思うけどね、俺は」


 立ち上がった矢口は、いつも通りの穏やかな顔で笑った。

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