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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 桜色リップクリームの君
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5 Happy Birthday

 しかし、手持ちの情報だけでは決め手に欠ける現状に変わりはない。もう少し何か手掛かりはないだろうか。

 宝石図鑑を見ながら「真珠っていくらくらいなんだろう」と呟いている松嶋を振り返る。


「ところで、デートの約束してた観覧車ってのはどこのことだ? このあたりなら、よみうりランドとか?」


 松嶋がすっぽかした昨日のデートの行き先。今頃は水谷が友達と遊びに行っているであろう場所だ。

 西東京で観覧車といえば他にはあまり思い付かない。東の方ならもっとあるだろうけど。

 松嶋が首を振った。


「いや、横浜だよ。来年あたりから改修工事に入るらしいんだ。子どもの頃によく行った思い出の場所だから、今のうちに行こうって、さらが」

「横浜? もしかして水谷さんが前に住んでいたってのは横浜なのか?」


 顔を上げた矢口に松嶋が頷いた。


「そうだよ。観覧車は行けなかったけど、赤レンガ倉庫なら前にデートで行ったことがある。あれってショッピングモールだったんだな。俺、なんかの歴史館みたいなところだと思ってた」


 確かに。俺も中二の校外学習で横浜に行くまでは、赤レンガ倉庫の中で買い物ができるなんて知らなかった。横浜といえば、中華街で怪しい中国人に謎の壷とか御札を売りつけられる場所だと勝手に思い込んでいたし。


「さらは横浜が好きらしいんだ。本当はずっと住んでいたかったけど、親の仕事の都合でこっちに越してきたらしい。引っ越したばかりの頃は寂しかったけど、高校で仲の良い友達もできたし、素敵な恋人にも会えたから、これも運命よねっていってた」


 松嶋が笑う。話の間に頻繁にはさまれる惚気に嫌味がないところが、むしろ腹立たしい。

 ええい、ちくしょう。お前なんか幸せになってしまえ。


「横浜か。俺はまだ行ったことないな」


 矢口が呟く。


「校外学習で行かなかったか? 中学のさ」

「俺たちの学校は浅草だったよ。揚げ饅頭が美味かった」


 なるほど、学校によりけりだ。浅草といえば。


「俺、前に浅草に行った時、ヤクザみたいな兄ちゃんたちがパトカーのまわりを囲んで怒鳴ってるのを見てから、浅草はちょっと怖いんだよね」

「そりゃレアケースだろ。俺が行った時は、ヤクザみたいな人は見かけなかった」


 矢口が苦笑する。


「でも観光地ってちょっと怖くないか? 外国人とかたくさんいるし。横浜の中華街とか、どこからともなく出てきた外国人同士でストリートファイト始めそうじゃん」

「高谷くん、現実世界には春麗(チュン・リー)もダルシムもエドモンド本田もいないんだよ」


 そりゃそうだろうけど。ちょっとくらい夢を見てもいいじゃないか。男子ならば一度は昇龍拳を出す特訓をしたことがあるはずだ。

 ちなみに俺の得意な操作キャラは豪鬼(ごうき)だった。どうでもいいけど。


「横浜は港町だから、なんか余計にアウトローが集まる印象なんだよな。遠い異国から流れ着くっていうかさ」

「港町だからって必ずしもアウトローが集まるわけじゃないと思うけど」


 笑っていた矢口が、ふと口を閉じた。

 少し考え込んだあと、俺に向かって視線を投げる。


「高谷くん、横浜は港町だ」


 そりゃそうだ。横浜が港町なんてことは小学生だって知っている。

 社会でちゃんと教わったよね。日米修好通商条約が結ばれた時に、函館、新潟、兵庫、長崎とともに開かれ、外国文化の影響を受けた……


 矢口からやや遅れて、俺も気付いた。

 ああ、そうか。もしかしたら。


 矢口に頷き返す。

 ポケットに手を入れた矢口が、動きを止めた。「図書委員、ちょっといいか?」と、壁のポスターを親指で示す。


 矢口が指した先には、イラスト付きの手書きのポスターで〈図書室内携帯電話使用禁止〉とあった。イラストには携帯電話で話をする男子学生と、その近くで本を手にうるさそうに耳を塞ぐ女子学生が描かれている。おそらく正式には〈図書室内携帯電話()()禁止〉なのだろうけど、より広い範囲へ制限をかけるために〈使()()禁止〉としたのだろう。


 ルールは守られねばならない。しかし、友達の恋路のためには時には柔軟に対応すべきである。

 臨機応変。たいへん都合のよい言葉だ。

 腕を組んで鷹揚に頷いて見せる。


「許可する」


 矢口が携帯電話を取り出した。かちかちとボタンを操作していたが、やがて画面をこちらに向けた。

 内容を確認して頷く。思わず笑いがもれた。


「間違いねえな」

「ああ、たぶん、これで正解だ」


 矢口の口元にも笑みがあった。


「なんだよ、何が正解なんだ?」


 きょとんとした顔で首を傾げる松嶋に向き直る。

 喜べ、イタズラなお姫様の喜ぶ顔が見られるぞ。


「水谷の誕生日がわかった」

「本当か!?」


 松嶋の顔が輝いた。にやりと笑って頷いて見せる。


「いつ!?」


 興奮した様子で松嶋が机から身を乗り出す。矢口を振り向くと右手でどうぞと促された。お言葉に甘えて、ここは俺が探偵役を務めよう。


「六月生まれの双子座で、横浜育ち。誕生日には学校が休みとなるカイコウ記念日生まれときたら、答えは一つ」


 矢口の手から携帯電話を借り、画面を松嶋の目の前にかざす。


「横浜市内の小中学校が休校となる、横浜開港記念日。六月二日が水谷さらの誕生日だ」


 携帯電話には〈第33回横浜開港祭2014開催決定〉とあった。画面の隅には六月二日の開港記念日について簡単な説明文がある。


開港かいこう記念日……」


 ぽかりと口を開けた松嶋が、はっとした顔で慌てて立ち上がった。


「と、とにかく、ちょっと開けてくる」


 ばたばたと足音を立てて図書室を出て行く松嶋の背中に手を振った。そのまま右手を額に当てて敬礼する。

 恋人たちの愛よ、永遠なれ。


 携帯電話を受け取った矢口が画面を流し読みしながら「開くといいな」と笑った。


「開くだろ。なんたって縁結びのお守りがあるからな」


 しばらく待っていると、松嶋が「開いた、開いた」と騒ぎながら戻ってきた。


「ありがとう! 二人とも! 本当最高だ、ハグしたい気分だ!」


 太い腕を広げて近付いてくる松嶋に向かって両手でバツを作る。


「ノーセンキューです、このやろう」


 ハグをするなら相手が違うだろうが。


 携帯電話を閉じた矢口が、松嶋を見上げてにやりと笑った。


「六月二日の夜には、横浜で花火が上がるらしいぞ」

「お、そりゃまたデート日和だな」


 松嶋が何度も頷いた。鞄を担ぐと白い歯を見せてにかりと笑う。


「この御礼は必ずするからな、覚えとけよ」

「なんで悪役の捨て台詞なんだよ」


 つっこむと、へへと笑って頭を下げた。


「この御礼は必ずさせて頂きますので、どうか忘れないでいてくださいませ」

「うむ、くるしゅうないぞ」


 笑顔で図書室を出ていこうとする松嶋を矢口が呼び止めた。


「松嶋くん、今度、区立図書館へ行ってみたら?」

「図書館?」


 松嶋が不思議そうな顔をする。


「水谷さんがいっていた『緑の森の神話』。あれって今は絶版だけど、駅前の区立図書館ならあると思うよ」


 にこりと笑って「多分、『二年間の休暇』より読みやすいし、松嶋くんも楽しめると思う」と続けた矢口に、松嶋は大きく頷いた。

 本当にありがとなといいながら、図書室を出る松嶋を見送る。

 背中からうきうきオーラがあふれている様子を見ると、そのままスキップして部活へ行ってしまいそうだ。


「たまには恋のキューピッドもいいもんだな」


 振り返ると矢口も笑った。


「そうだね。今回はとっくに金の矢はささってたみたいだけど」


 机に積まれた本の山から星座図鑑を引き抜いてぱらぱらとめくる。さそり座のページを開いてぱしりと指先で弾いた。


 初々しいカップルに幸あれかし、だ。

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