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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 桜色リップクリームの君
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2 一般的男子高校生の日常

 ドラマや漫画の学園ものでは登場人物たちが昼休みを屋上で過ごす場面があるが、現実に屋上で昼飯を食べている学生などいるのだろうか。


 他の学校は知らないけれど、我が烏山高校は屋上へ続く階段が全て封鎖されている。封鎖といっても踊り場にイスが二脚とビニール紐が張られているだけの簡易なものだ。一度ビニールを飛び越えて屋上扉を開けようとしてみたが、当然のように鍵がかかっていた。


 屋上といえば、美少女からの告白、ヤンキーの決闘、謎の転校生との出会いと、色々なシチュエーションの場であるというのに、その場所を封鎖するなんて教師連中は青春のなんたるかをまるでわかっていない。


 昼休み、昼食の弁当をぶら下げて北棟へ向かう。

 北棟四階の外階段は、俺と矢口と航一のたまり場だ。雨除けもあるので台風でも来ない限り昼休みは大抵ここに集まる。屋上のようなロマンのある場所ではないが、古びた校舎のこの階段は、俺のお気に入りの場所だった。


 いつもの踊り場にはすでに二人の姿があった。今日はなぜか小野も来ている。階段を上がってきた俺を見るなり、小野が「おっそーい」と騒いだ。ついでにわざとらしい高い声で「もう、貴文ったら、待ってたんだぞっ」と頬を膨らませる。もちろん、とりあえず無視する。


 小野の悪ふざけに律儀に笑う矢口の隣に腰を下ろす。弁当を開ける俺に矢口が訊ねた。


「高谷くん、腹具合は平気?」

「ん、大丈夫」


 ハンバーグを口に含みながら頷く。カフェオレを流し込んでようやくひと息ついた。


「いや、さっきはマジで天国と地獄が見えたぜ」


 盛大にため息をつくと矢口が苦笑した。カフェオレをもう一口飲んで小野を睨みつける。


「この恨みは忘れねえからな」


 かさかさと小さな包み紙を開けていた小野が、口を尖らせた。


「なんだよ、腹痛いっていうから助けてやったんじゃん」


 包み紙から取り出したチョコレートを頬張りながら、小野が不満そうな顔をした。


「何が助けだよ、完全にスベってたじゃねえか。どうせボケるならもうちょっとマシなボケかませよ、小学生か」

「ボケてねえよ、めちゃくちゃ真面目だったっつーの」

「なお悪いわ」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺と小野の横で、矢口は文庫本を取り出し、航一は腕組みをして昼寝を始めた。


 矢口やぐち直哉なおや粟國あぐに航一こういちの二人とは、二年から同じクラスになった。四月にはじめて会話をしてからまだ付き合いは浅いが、二人ともかなりマイペースだ。必要以上にまわりと関わろうとしないところは、クールといってもいいかもしれない。


「そういやさ、今度横浜で花火大会があるんだって。タカちゃん一緒に行かない?」

「男二人で行って何が楽しいんだよ」

「じゃあみんなで行こうよ、大勢で行けば楽しいって」


 賑やかに騒ぐ小野にため息をつきながら弁当を口に運ぶ。クリームパンを食べ終えた小野が「よしっ!」と気合いを入れて立ち上がった。


「それじゃ、俺、部活のミーティングがあるから先に行くね」


 言い終えると同時に、俺に向けて何かを放り投げる。とっさに手を出すが、取り損ねた何かが額に当たった。


「いて」

「あ、ごめん」


 額をさすりつつ足元に転がった何かを拾い上げると、小さなホワイトチョコレートだった。パッケージに描かれたシンプルなスマイルマークがこちらを見上げて微笑んでいる。


「ほい、二人も」


 小野が投げたチョコレートを矢口と航一はそれぞれ片手でキャッチした。


「お裾分けな」


 にかりと笑って大きく手を振った小野が、バタバタと階段を下りていく。まったく、足音まで騒がしいやつだ。


「なんだアイツ。ミーティングあるなら部室で昼飯食えばいいのに」


 小野が消えた先を見ながら文句をいう俺に矢口が笑った。


「高谷くんが心配だったみたいだよ。なかなか戻ってこないから。もしかしたらトイレの花子さんに連れてかれたんじゃないかってさ」

「どんな心配だよ」


 呆れながら弁当をかき込む。今日の青椒肉絲は少し味付けが濃い。一度に口へ放り込んでカフェオレで一気に流し込んだ。


 腹が満たされたところで、階段に足を投げ出して背伸びをする。見上げると空いっぱいに白い雲が流れていた。穏やかな風に混じる夏の気配に、そういえばと思い出す。


「二人とも、現文の課題やった?」


 矢口と航一が同時に顔を上げる。「まだ」と航一が答え、「小論は終わった」と矢口が答えた。


「来週提出だっけ」


 文庫本を伏せてのんびりとした口調で矢口がいう。


「それなら間に合うだろ」


 航一が大きくあくびをした。


「もう一つの方は? 創作短歌」

「夏の歌か」


 組んでいた腕をほどいて航一が肩を回す。骨がぱきりと音を立てた。


「そっちは夏休み明けでもいいって松本先生がいってなかったっけ?」

「それじゃ、まだいっか」


 首を傾げた矢口に頷いて、腕を枕にごろりと横になる。

 踊り場に吹き込む風が三人の髪を揺らした。普段は少し長い前髪で隠れている矢口の目が、眩しそうに細められる。


 物静かで穏やかな空気を纏った矢口は、窓辺で読書をしている姿がよく似合う文学青年だ。よく教室でヘッドフォンをつけているけど、どんな曲を聴いているのか俺は知らない。勉強もできるし、いかにも文化系男子という雰囲気だが、意外と運動はできて足はめちゃくちゃ速い。ギャップ萌えってやつだ。


 寡黙で落ち着いた印象の航一は、背が高くてよく日に焼けた肌が似合う二枚目男子だ。彫りが深い顔立ちは女子からひそかに人気があるが、本人は全く気にしていない。もしかしたら自分がイケメンだということに気付いていないのかもしれない。放課後は毎日のようにバイトをしているらしく、休み時間はよく寝ている。


 四月に出会ってからよく話をするようになったが、二人のまわりには、なんだか少しだけ静かな壁があるような気がする。

 俺の気のせいなのかもしれないけど。


「夏の歌かー。短歌とか俳句とか、読むのはともかく作るの苦手なんだよなあ。何がいい歌とかわかんないし」


 寝転がったまま文句をいってみる。


「六歌仙も芭蕉も一茶も歌麿も、あんまり興味ないからなあ」

「歌麿は歌人じゃないけどね」


 適当な俺のボケに矢口が律儀につっこみを入れた。珍しく航一も寝てないし、今日は二人とも暇そうだ。気まぐれに雑談をふっかけてみる。


「夏の定番ソングとかならまだ思い付くんだけどな」


 よっこいしょといいながら身を起こす。


「矢口と航一は、夏にぴったりな歌っていったらどんな曲を思いつく?」


 二人が少し考えるような顔をした。せーのでいい合う。


「ゆずの〈夏色〉」

「〈虹〉、福山雅治」

「B'zの〈恋心〉」


 見事にバラバラだった。そりゃそうか。「夏にぴったりな」じゃ範囲が広すぎる。


「いや、〈恋心〉は夏じゃないだろ」


 俺が出した〈恋心〉に矢口が異を唱えた。


「なんでだよ。明るくて熱くて夏らしいだろうが」

「歌詞のどこに夏ってあるんだ。冬かもしんないだろ」

「そんなこといったら航一の〈虹〉だって、一言も夏とはいってないからね」


 航一がふんと腕を組んだ。


「何いってんだ。あのイントロを聴いたらプールに飛び込んでシンクロしたくなるだろうが」

「それドラマのイメージだろ」


 確かにめっちゃ夏っぽいけど。


「〈夏色〉だけだね、季節がはっきりしてるのは」


 季語もあるしと矢口が笑う。


「いやまて矢口、季語がありゃいいってもんじゃないだろ。曲だぞ、音楽だ。音に込められた情熱を感じろよ」


 身振りを交えて熱く語ってみせると、矢口が苦笑した。航一があくびをしながら壁に寄りかかる。


「それならB'zとサザンは全部夏歌でいいんじゃないか」

「ざっくりまとめすぎだろ。確かに熱い歌が多いイメージだけど、B'zとサザンはバラードだってきれいだ」


 呆れ顔でつっこむ俺の横で、矢口が真面目に反論する。


「B'zでも〈いつかのメリークリスマス〉は冬の歌だろ」

「そりゃタイトルに〈クリスマス〉ってあるくらいだからな」


 航一が肩をすくめた。


「『一部例外を除く』って注釈付けときゃクレームもないだろ。あとは『これは個人の感想です』」

「どっからくんだよ、そのクレーム」


 雲の隙間からさす光が、踊り場を小さく照らし出した。


 矢口も航一も、普段から口数が多い方じゃないし、ちょっと話しかけづらい雰囲気がある。けど、実際に話をしてみると、二人とも案外ノリはいい。昼休みの終わりを告げる鐘が鳴るまで、たいした中身のない、くだらない話を延々と続ける。


 損得とか立場とかお調子者カテゴリとか、そんなものを気にしないで、ただここにいるだけの場所。

 いつもの北棟四階外階段。

 この場所で矢口と航一の二人と過ごす時間を、俺はかなり気に入っている。

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