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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第5章 箱庭の中の僕ら
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53 少年たちの日々

「そっか。塚田先輩が」


 試験問題紛失事件の顛末を聞き終えたあと、高谷がため息をついた。


 昼休み。いつもの北棟外階段。

 食べ終えた弁当箱を足元に放り出し、やわらかな日差しに包まれた空を見上げる。雨除けの隙間から見える空はよく晴れて、高く澄んだ青が広がっていた。下の中庭からは誰かの楽しそうな笑い声が響いてくる。


「なんっつーか、あんまり後味はよくないけど、ひとまず解決ってことでよかったな」


 苦い笑いを浮かべながら高谷が伸びをする。

 高谷のいう通り、それぞれの心に苦い思いを残したまま、今回の事件は幕を閉じた。

 必要なことだったとはいえ、他人が隠したがっている事実を暴いて指摘するのは、あまり気分のいいものじゃない。俺は探偵には向かないらしい。


「けどさ、高森の話では、西棟から出てきた塚田先輩は特におかしなところはなかったんだろ? 何かを持ってたわけじゃないって高森もいってたし、どうやって水着を持ち出したんだろ?」


 不思議そうに首を傾げる高谷に、なんと返せばいいかわからず視線をそらす。

 言葉を詰まらせている俺に代わり、航一が淡々と答えた。


「服の下に着てたんだろ」

「あ」


 短い声を上げた高谷が苦虫を噛み潰したような顔で天を仰いだ。


「あー、うん。……そうか。そりゃ必死で隠したくもなるよな」


 塚田は男子としては小柄な方だ。多少無理をすれば女子用の水着が入らないことはないだろう。制服の下に着てしまえば、何食わぬ顔で持ち出すことができる。


「自分が蒔いた種だ。責任を取らせりゃよかったのに」


 複雑な思いで俯いていた俺に、航一が皮肉な笑みを浮かべた。


「会長だけ残して他の生徒会のやつらを帰したのも、他のやつの前で塚田がしたことを告発したくなかったからだろ」


 呆れたような笑みを前に、誤魔化すように爪の先で首をかく。


「どれだけ強がったって、自分の罪の重さくらい自分が一番よく知ってる」


 どんなに認めたくなくても、自分の情けなさは自分でよくわかっている。


 誰も自分自身からは逃げられないから。死ぬまで。


「別に塚田先輩に個人的な恨みがあるわけじゃないし。高森さんの容疑さえ晴れれば、その他は俺に関係のないことだ。必要以上に貶めることもないだろ」


 踊り場の壁にもたれながら航一が器用に肩をすくめた。


「甘いな」

「そうかな」

「激甘だ。高谷が選ぶ飲み物くらいに」


 そりゃ甘い。


 踊り場に吹き込んできた一筋の風が頬を撫でて通り過ぎていく。

 試験最終日に塚田との話を終えたあと、二人になった生徒会室で鈴川が小さな声で呟いた。


「俺は、俺が思う通りに自由に生きたい。だけど、俺の自由が他人にとっての不快になるなら、俺はどうしたらいい」


 俺に対する問いかけではなく、思わずこぼれてしまったような声だった。

 返す言葉を持たず立ち尽くす俺に、ふっと短い息をはいて鈴川が笑顔を向ける。


「ま、これは俺の課題だから。しばらく悩んで向き合っていけば、いつか未来の俺が答えを見つけてくれるんだろうけどさ」


 一見、能天気にも見える笑顔に、ほんの一瞬だけ目の奥が滲んだ。

 呆れたような顔を作って口元に笑みを浮かべて見せる。


「先輩、そういうところですよ」

「あ、それ。杉ちゃんにもよくいわれんだよね。なんなんだよ、そういうところって。もっとはっきりいってくれよ」

「自分で考えてください。学年一位でしょ」


 その時の自分がどんな顔をしていたか知らないが、できるなら、どうか上手く笑えていますようにと祈った。


 立ち上がり、階段の手すりから中庭を見下ろす。穏やかな風が心地よく吹いていた。ほんの少しの肌寒さに季節通りの秋を思う。来週からはそろそろ衣替えの時期だろう。


 中庭で女子が数人、楽しそうに話をしながら歩いていくのが見えた。その中に高森の姿もある。何か質問されてはにかんだような笑顔で答えている高森の肩の上で、切り揃えた髪が風になびく。

 ふと上を見上げた高森と目が合った。嬉しそうに手を振る姿に、こちらも軽く片手を上げて応える。


 人は自分の目でしか世界を見られなくて、それはきっと高森だって、鈴川だって同じはずだ。

 きっと誰もが、その目から見える世界の中で、他人の存在を見つめる努力を続けているんだろう。他人の目にうつる自分の姿が、自分が信じた正しさのままであるかという不安に怯えながら。


 手すりに身を預けて大きく伸びをする。

 航一があくびをして、俺にもうつったと高谷が笑った。


 曖昧で不自由な箱庭の中で、今日も俺たちは自由にもがき続ける。

 いつか、この箱庭から出ていくその日まで。

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