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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第5章 箱庭の中の僕ら
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51 ひび割れた真実

 鈴川がドアを閉める。静かな部屋でカチャリと鍵が回される音がやけに大きく響いた。


「矢口、続きを話してくれ」


 鈴川の声にいつもの軽さはない。小さく息をはいて話を進める。


「今回の試験問題の紛失は、はじめから違和感がありました。仮に高森さんが試験を盗んだ犯人だとするなら、八組の問題用紙全てを持ち去る必要がない。一部だけを盗み、あとはそのままにしておく方が余程合理的だ。問題用紙は予備のために二部多めに印刷していると聞きます。仮に一部が失くなっていたとしても試験の実施に影響はないし、先生方も特に気にしなかったでしょう。それ以外にも、携帯のカメラで写真を撮ってもいいし、何ならコピーしたっていい。印刷室ですからコピー機はすぐそばにあります。持ち出すにしても、わざわざかさばるようなクラス分の問題用紙を抱えて移動するリスクを冒す必要はどこにもない」


 万が一にも問題用紙の束を持っているところを誰かに見られてしまったら、言い逃れは不可能だ。


「事前に手に入れた問題で答えを確認しておき、当日は何食わぬ顔で試験を受ける。これが試験問題を盗む者としては通常の行動のはずです。目的は事前に解答を確認して高得点を取ること。ですが結局、問題用紙が全て白紙となっていたことで、今回の世界史の試験は中止になりました。これでは試験を盗んだ意味がない。つまり、今回の事件の目的は試験問題を手に入れることではなかったということです」


 鈴川が塚田を見る。塚田は俯いたまま何も応えない。


「塚田先輩の目的は一つ。騒ぎを大きくして高森さんに注目を集めることでした」

「高森さんに?」


 鈴川が訝しげな顔をする。


「はい。正確には高森さんに試験問題盗難の嫌疑をかけ、信用できない人間だと周囲に思わせることが狙いです。可能であれば盗難の犯人に仕立て上げたかった」

「ちょっと待て、どうしてそこまでする必要がある? 塚田と高森さんに接点はないはずだ。まさか知り合いだったのか?」


 鈴川が納得できないというように頭を振った。


「いいえ。知り合いじゃありません。高森さんは最近まで塚田先輩の名前すら知りませんでした」

「それなら、なんで」

「ある理由から、塚田先輩は高森さんを排除したかったんです。そうですよね、先輩」


 塚田が唇を震わせた。


「排除?」


 鈴川の呟きには答えないまま話を続ける。


「これまでも塚田先輩は、高森千咲という人間が信用できない人物に見えるように仕向けてきた。盗難や器物破損の犯人に仕立て上げようとしたり、人格を貶めるような噂を流したり。城崎涼子とのいじめの噂を流したのも塚田先輩ですね? 怪談と混ぜて語られた噂は、生徒の間で徐々に広まっていった。城崎にいじめられていた高森さんが、思い余って城崎を屋上から突き飛ばしたのだと。高森さんは城崎涼子の名前さえ知らなかったというのに」


 鈴川が険のある目で塚田を見た。


「ですが、この噂は全くの作り話じゃない。事実を元にさも本当のことであるかのように語られている。城崎涼子が転落した日に高森さんが北棟の屋上階段にいたことも、城崎涼子が駅の改札で高森さんを怒鳴りつけたのも、全て事実です。城崎涼子が図書室へ入ったのと入れ違いに高森さんが逃げるように出ていったことも、おそらくは実際にあったんでしょう。それを全て都合よく繋げて、高森さんに人殺しの汚名を着せようとした人物がいる。その人物は噂に近いところにいたはずだ。でなければそんな話を集めることも広めることもできない。そう、例えば」


 俯いたままの塚田に視線を向ける。


「生徒会のようなトラブル対応に近い場所にいる人物でなければ」


 塚田が顔を上げた。目の奥が暗い光を帯びている。


「知ったふうな口を利くな。そんなことをして俺に何の得があるんだ」

「さっきもいったでしょう。高森さんを貶めて排除するためです」

「だから何のためにだよ。高森千咲の人間性なんぞに興味はない」


 塚田が吐き捨てる。


「高森さんの発言が信用に値しないと周囲に思わせるためです。高森さんは塚田先輩にとって都合の悪い事実を知っている。高森さんがそのことを誰かに話してしまう前に、できるだけ早く排除したかった。悪意ある噂で追い込んで、自主退学にでもなれば理想的だ。そのためにあなたは、クラスメイトの私物を高森さんの荷物に紛れさせたり、応援旗が切り裂かれた舞台上に高森さんの鉢巻を置いたりしたんだ」


 あの悪意の手が塚田だとするなら、全てに説明がつく。

 八組で起きた盗難事件。クラスの中ではじめに疑われたのは、その日遠征で授業を抜けた空手部員だった。つまり、空手部主将である塚田も同じ時間に教室を抜けたことになる。

 二年八組の教室は三年八組の教室の隣だ。四時間目に授業を抜け、遠征へ向かうついでに隣の二年八組の教室に忍び込むことは容易いだろう。その日、東棟の階段が使えなかったことなど、何の障害にもならない。


 舞台上に落ちていた鉢巻の件も同じだ。

 高森が競技の途中で落とした鉢巻は、遺失物扱いで生徒会の本部席に届けられただろう。高森の記名がある鉢巻を塚田が回収する機会はあったはずだ。

 舞台上に落ちていた鉢巻を最初に見つけたのも塚田だった。クラスメイトから応援旗を切り裂いた犯人だと疑われている高森を見て、さらに不信を煽るように置いたと考えれば筋が通る。


「別に高森さんが犯人とはならなくても構わない。一つ一つは小さな疑惑も、積み重ねれば大きな不信になる。塚田先輩の狙いはそこにあった」


 鈴川がため息をついた。


「塚田が高森さんを排除しようとしたのはわかった。だが目的は何だ。何のためにそこまでする? 高森さんが知っているという、塚田にとって都合の悪い事実とは何のことだ?」


 塚田の顔が赤黒く染まる。

 ほんの一瞬、この先をいうべきか判断に迷った。

 けれどやはり、いわないわけにはいかない。


 少しだけ同情します、先輩。

 でも、あんたは高森を傷つけた。


「塚田先輩、去年の十二月十日の午後、西棟の屋上プールにいましたね」


 塚田の顔から色が消えた。瞳の奥にどろりとした火が灯る。


「待て矢口。その日、西棟にいたのは高坂だったんだろ? 俺はまだあいつに確認していないが、高森さんがそう証言していたんじゃなかったのか?」


 鈴川が戸惑いの表情を浮かべる。


「高森さんは勘違いしていたんですよ。塚田先輩と高坂先輩の名前を」

「名前を?」

「高森さんが鈴川先輩、塚田先輩、高坂先輩とはじめて関わったのは体育祭の応援旗騒ぎの時です。この時、高森さんは三人の顔も名前も知らなかった。入学以来、全校集会や生徒総会に出席することのなかった高森さんが、今年の生徒会役員を知らないのは仕方ありません」


 かくいう俺もはっきりと覚えていたわけじゃない。航一も知らなかったようだし、生徒の誰もが生徒会役員の名を知っているわけではない。


「次に高森さんが塚田先輩と高坂先輩に会ったのは、試験問題紛失の騒ぎがあった当日、鈴川先輩が保健室に来た時です」

「あの日か」


 鈴川が思い出したように相槌を打つ。


「その時の会話を思い出してください。まず鈴川先輩が野崎先生に話し合いの場所を変えるように提案しました。そのために生徒会室の鍵を取ってくるように高坂先輩に頼んでいます。ですが、それに対して返事をしたのは塚田先輩です」


 鈴川がはっとした顔で唇をかんだ。口元に手を当て、記憶を探るように目を閉じる。


「さらに、野崎先生が塚田先輩に生活指導の横溝先生を呼んでくるようにいいました。これに対して動いたのは高坂先輩です」



『高森さん、悪いけどちょっと来てくれるかな。高坂、職員室から鍵を借りてきてくれ』

『いや、生活指導室の方が近い。部屋も広いしな』



『そうね、このままじゃ埒が明かないわ。塚田さん、生活指導の横溝先生を呼んできてくれる?』

『はい、わかりました』



「あの会話を聞いた高森さんは、塚田先輩を高坂先輩、高坂先輩を塚田先輩だと勘違いした。より決定的になったのは、先輩方の名前です」


 高谷に借りてもらった〈二〇一四年度新入生歓迎部活紹介〉を取り出す。


「先日、高森さんと見た冊子です。今年の生徒会役員の名前が載っています」


 巻末の生徒会紹介欄を指し示す。


「塚田輝美(てるよし)と高坂(まりあ)。文字だけを見れば性別を取り違えてもおかしくはない。この記事には読み仮名はありません。間違いに気付く機会もないまま、高森さんは塚田先輩の名を高坂だと認識した」



『高坂先輩とは、体育祭の時にお会いした方ですよね?』

『そうそう。あのクールでちょっとおっかない人だよ』



 俺たちの誰も勘違いに気付かないまま、西棟で高坂を見たという高森の話を聞いていた。

 なぜなら、そこに違和感がなかったからだ。


「去年の十二月に北棟にいた高森さんが見たのが高坂先輩ではなく塚田先輩だったのなら、事情が大きく変わってきます」


 西棟の屋上プール。出入口は更衣室に繋がっており、男女それぞれに、北棟側が女子、裏庭側が男子と校舎の端に別れている。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「だから塚田先輩は高森さんを排除しようとした。この事実を、隠すために」


 鈴川のため息が部屋の空気にゆっくりと溶けていった。

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