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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 いつかの少年
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4 放課後の出会い

 放課後。

 委員会の資料を片付けているうちに、気付けばだいぶ時間が過ぎてしまっていた。本来なら朝に片付けるつもりだったが、今朝の〈電車さいてい事件〉のショックに打ちひしがれている内にすっかり忘れてしまっていた。


 残りの作業は明日にまわして帰り支度をする。立ち上がって背伸びをしたと同時に十七時を告げるベルがあたりに響いた。窓の外はまだ明るい。


 昇降口まで下りて、読みかけの本を教室に忘れたことに気付く。明日でも構わないが、話が佳境だったので今日中に読んでしまいたかった。まだ靴も履き替えていない。回れ右をして階段を上がる。


 四階には誰もいなかった。

 東棟はほとんどが一般教室なので、放課後はあまり使われることはない。定期試験前には質問教室という名で自習用に開放しているが、それも二階の総合科クラスの教室だけだ。


 静まり返った廊下を進み教室へ入る。この時間、西棟あたりは部活動で賑やかだが、その喧騒はここまでは届かないらしい。


 机から文庫を取り出しポケットにしまう。

 今度こそ帰ろうと階段に足を下ろしたところで、何かの気配を感じた。


 耳をすませると上の階から微かな物音が聞こえる。わずかに好奇心がうずいた。


 違和感をたどって五階への階段を上り廊下を進む。五階まである校舎は珍しいと聞くけれど、それは多分、このあたりの地価のせいもあるのだろう。


 五階には特進科三年と特選科の教室がある。同じ校舎だというのに、よその学年や学科の教室というのは妙に居心地が悪い。

 若干の気まずさを感じつつ、教室を端から順にのぞいていく。特に変わったものは見当たらない。


 廊下を半分進んだところで、何かがぶつかったような低い音が背後から聞こえた。

 振り返るが、廊下に人影はない。


 ふと昼休みに聞いた高谷の怪談が頭をよぎる。


 最悪だ。このタイミングで思い出すべきじゃなかった。

 ほんの少し背筋が寒くなった気がする。

 お化けを怖がる歳じゃないが、静かな校舎に一人きりというのは、さすがに少し気味が悪い。


 もう一度、教室の中から音がした。今度ははっきりと、何かが落ちるような音だ。


 音を頼りに二年八組の教室に近付く。取っ手を引くとドアは施錠されていなかった。

 少し迷って「お邪魔します」といいながら教室へ入る。


 教室には誰もいなかった。


 あたりをぐるりと見回す。レイアウトは四階の教室と同じだ。

 教室の後ろに掃除用具入れがあった。おそらく人が一人くらいは入れるだろう。


「ホラー映画だったら一番最初に犠牲になるクラスメイトAだな」


 声に出したのは少しでも恐怖を和らげるためだった。

 取っ手に両手をかけて小さく息をはく。躊躇わないように両手を左右に思い切り開いた。


 小さく声がして、掃除用具入れの中の二つの目がこちらを見る。

 口元を両手で押さえて怯えたように震えていたのは、高森千咲だった。




「えーっと」


 言葉が出てこない。


「ごめん」


 とりあえず謝る。


 高森が首を大袈裟に左右に振った。

 謝らなくていいということだろうか。それとも、早くどこかへ行けということか。


 とりあえず、これからどうしよう。選択肢が浮かばない。兄貴が遊んでいた恋愛シミュレーションゲームだったら、テロップか何か出てくれるのに。

 固まってしまいそうな口を無理やり動かす。


「何、してるの?」


 何でもいい。とにかく何かいわなくては。この沈黙はきつい。


「かくれんぼの練習とか? だったら、お邪魔しちゃって」


 悪かったねと続けようとしたところで、それまで震えていた高森が突然立ち上がった。

 勢いのあまりバランスを崩して前に倒れ込む。


 支えようと腕を伸ばしかけて慌てて引っ込めた。朝と同じ過ちを繰り返してはいけない。

 高森はそのまま箒やモップと一緒に掃除用具入れから転がり出てきた。派手な音を立てて床に倒れる。

 からからとかわいた音とともに転がったバケツが止まると、教室は静かになった。


 沈黙が、苦しい。


 助け起こすべきか。それとも明るく笑い飛ばすべきか。


 俺がぐるぐると悩んでいるうちに、高森はゆっくりと起き上がった。


「もういや」


 俯いたまま、喉の奥からしぼり出すような声がする。

 涙が落ちるのが見えた。


「ふざけないで」


 高森が声を上げた。

 髪を振り乱して強く首を横に振る。勢いよく立ち上がると走って教室から出て行ってしまった。

 階段を駆け降りていく音が廊下の向こうから響き、それもやがて静かになった。

 残された俺は教室の隅に立ち尽くしたまま、呆然と高森が消えた先を見つめる。


 視線を床に落とすと、高森と一緒に放り出された掃除用具があたりに散らばっていた。


「なんなの」


 思わず声が出る。


 今のは一体なんだったんだろう。

 理解不能な状況に頭がついていかない。

 わかっているのは、俺はまた何かを間違えたらしいということだけだった。

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