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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第5章 箱庭の中の僕ら
42/103

41 噂

 高森とともに保健室へ戻る。野次馬は消え、部屋には八組担任の神谷と養護教諭の新川だけが残っていた。


 お辞儀をして部屋に入る高森を見送り、片手を上げた神谷に一礼して保健室を出る。

 昇降口まで戻ると、高谷と航一が靴箱の横に立っていた。高谷が俺の鞄を持ち上げる。


「お疲れ、どうだった?」

「騒ぎはひとまずおさまったみたいだ。後は神谷先生に任せてきた」

「かみやんがいるなら大丈夫だろ、頼りになるからな」


 ありがとう、といって高谷から鞄を受け取る。


「で、結局なんの騒ぎだったんだ?」


 航一がもたれていた靴箱から身を起こした。


「詳しくはわからないけど、今日の試験の中止となにか関係があるのかもしれない。野崎先生の口振りだと、高森さんが何かを疑われているように見えたけど」

「疑われてるっていうか、がっつり犯人扱いしてるからね、野崎女史は」


 突然、背後で声がした。驚いて振り返ると、鈴川がへらへら笑いながら手を振っている。


「どういうことですか、犯人って」

「その説明も含めて話がしたい。ちょっと時間あるかい?」


 鈴川が上の階を指差す。


「俺は構いませんが、高森さんの件と鈴川先輩がどう関係あるんですか?」

「俺っていうより生徒会だよ。今回の事件は生徒会と新聞部にとっても、ちょっと厄介な話なんだ」

「新聞部もですか?」


 聞き返した高谷に、鈴川が頷く。


「明日の試験勉強がしたいってんなら無理にとはいわないけどさ。君らは直接的には関わりのない、いわば部外者だから」


 挑発するような鈴川の軽口に少しだけかちんとくる。意地で無表情を装ってみたが、鈴川がにやりと笑ったところを見るとしっかり顔に出ているらしい。


「矢口、悪いが俺もついていっていいか? 気になることがある」

「俺も。ちょっと心配だ」


 高谷と航一の申し出に頷く。


「鈴川先輩。二人も同席して構いませんか?」

「あちこち口外しないと約束してくれるなら、頭は多い方が助かるよ」


 そういうと鈴川はくるりと踵を返した。


「それじゃ、ついてきてくれ」


 鈴川が向かったのは東棟五階にある三年八組の教室だった。


「生徒会室が使えればよかったんだけど、試験期間中はダメだと断られちゃってね」


 教室のドアを開けながら鈴川が肩をすくめる。教室には生徒会の塚田と高坂の他に三人の生徒がいた。鈴川が順に紹介していく。


「何人かは顔を合わせたことがあると思うけど、この機会に改めて紹介しておくよ。俺が生徒会長の鈴川すずかわ真一郎しんいちろう。そっちが副会長の塚田つかだ輝美てるよし。書記の高坂こうさかまりあと、会計の杉本すぎもと健斗けんと。そちらは新聞部部長の笹山ささやまあかねさんと副部長の真木まきしおりさん」


 俺と目が合うと笹山は肩をすくめて見せた。口元に堪えきれない笑みが浮かんでいる。多分、楽しくて仕方ないのだろう。物好きな奴だ。


「さて、みなに集まって頂いたのは他でもない。現在、我が烏山高校にはある事件が起こっている」


 鈴川が大きく両手を広げた。


「中間試験初日の今日、二学年一時間目の世界史で、二年八組の試験問題が突如として白紙となってしまったのだ。問題用紙は一体どこへ消えてしまったのか? その手がかりを探すべく、今ここに一人の名探偵が立ち上がった。名付けて〈名探偵鈴川真一郎・烏山高校消えた試験問題の謎〉!」

「それでは、新聞部のお二人にお訊ねします。普段の活動で印刷室を使用することがありますね?」


 鈴川の口上を完全に無視しつつ、高坂が淡々と話を進める。質問された笹山と真木も、会長を無視したまま高坂の質問に答えていった。


「そうですね。新聞を印刷する時に使います。大体、月に二、三回程度かしら」

「印刷の担当者は決まっていますか?」

「校了確認後にすぐ印刷することが多いから、部長の私か副部長の真木ちゃんが印刷を担当することがほとんどです。他の部員が印刷することは滅多にないんじゃないかしら。多分、今年に入ってからは一回もないわ。真木ちゃん、どう?」


 真木がこくりと頷いた。


「では、新聞部で印刷室の鍵を使うのは、お二人だけだと考えて間違いないですか?」

「ええ、問題ないと思います」


 笹山が深く頷いた。


「……高坂、俺も話に混ぜてもらっていいかな?」


 無視されていた鈴川が弱々しく声をかける。


「放置プレイもあまりに長いとボケ殺しなのよ」

「真面目な話をしようという時に悪ふざけをしているからです。時と場合と立場を考えてください」


 鈴川が項垂れる。どうやら力関係は高坂が上らしい。

 鈴川が軽く咳払いをした。


「では、気を取り直して。つまりだ。学校側は今回の試験問題の紛失は印刷室で起こったものと考えている。うちの試験準備の流れから見ても、問題用紙を紛失するのは確かに印刷室くらいしか考えられない。普段から印刷室を使う団体は、生徒会運営に関する広報資料を配布する俺たち生徒会と、定期的に《烏山新報》を発行する新聞部の二つ。ということで、俺たちに学校から聞き取りが入ったというわけだ」


 すらすらと説明する鈴川に、高坂が冷めた視線を向ける。はじめからそうしろと表情が語っていた。


「ではここまでで何か質問はあるかな?」


 笹山が手を上げる。


「高坂先輩の質問と先ほど学校から呼び出しを受けた内容から考えると、つまり生徒側の鍵の管理に問題があると先生方は考えているんですか?」

「鍵?」


 思わず声を上げた俺に、笹山が頷く。


「ええ。普段、新聞部で印刷室の鍵を使うのは誰か聞かれたわ。先週の水曜に使ったかどうかもね」

「使ったのか?」

「いいえ。翌日から試験前の自習期間だもの。どの部活も活動禁止で自習以外は居残り不可なのに、そのタイミングで校内新聞を発行したって仕方ないじゃない」


 確かに。その時期に配ったとしても、まともに読んではもらえないかもしれない。

 笹山が補足する。


「新聞部が印刷室を使ったのは、確か金烏祭が終わってすぐの特集号の時が最後よ」

「先週の水曜について訊かれたのはなぜ?」


 確か、高森が印刷室の鍵を拾ったのも先週の水曜だ。


「知らないわ。心当たりもない」


 首を振った笹山に代わり、鈴川が答える。


「野崎女史が試験問題を印刷したのがその日だからだよ」

「どうしてわかるんです?」

「野崎女史は生徒会の顧問なんだ。先週の水曜は生徒総会の打ち合わせのために生徒会室を訪れた。野崎が持っていたカゴに試験問題を入れた封筒が入っていたのは俺も確認している。もちろん中を見ちゃいないし、触ってもいない。野崎女史自身も、打ち合わせが終わったら試験の印刷にいくといっていたし、まず間違いない」


 なんとまあ、無用心な。


「打ち合わせの途中で試験問題に近付いた人はいないんですか?」

「おい、俺たちを疑ってんのか」


 塚田が凄んだ。さすが先輩、なかなかに迫力がある。


「打ち合わせは大体三十分くらいで終わったけど、正直、試験問題のことに注意を払ってはいなかったな。高坂、杉ちゃん、どう?」


 高坂と杉本が同時に首を振った。鈴川が肩をすくめる。


「だってさ。悪いね、誰も気にしてなかったみたいだ。でも、生徒会で試験に手を出すやつはいないよ。だって俺たち、勉強はできるからね。わざわざ問題を盗む必要はない」


 左様で。

 鈴川が教卓の前に立ち、芝居がかった仕草で指を振った。


「笹山さんのいう通り、学校側は生徒の誰かが印刷室の鍵を紛失したと思っている。持ち出した誰かが鍵を失くし、その落ちていた鍵を高森さんが拾った。で、職員室へ届けるついでに印刷室から試験問題を盗んでいった」


 鈴川がちらりと俺を見る。


「……と、野崎女史は考えている」


 なるほど。それで「犯人扱い」ね。


「問題用紙を紛失するのは印刷室くらいしか考えられないというのはなぜですか?」


 もう一度手を上げた笹山に鈴川が嬉しそうに指を鳴らす。


「よき質問だ。試験問題を用意する手順を知っている者は?」


 高谷が手を上げた。


「試験の一週間くらい前までを目安として、各教科担当の教師が問題を作成。管理職が内容に不備がないか確認する。管理職ってのは校長か副校長だね。形式的なものだから確認を省く学校もあるらしいけど、大抵は管理職のチェックが入るはずだ。試験問題として適当であると許可が下りたものから、担当教師の手によって順次印刷される。印刷部数はクラス人数分と予備に二部。印刷後は封筒に仕分けて教務部の管理下に置かれるはずだ。試験までに一度は教務部のチェックが入る学校も少なくない。印刷ミスとかがあるかもしれないから。その後は試験実施日まで厳重保管。学校によって細かな違いはあるだろうけど、大体の流れはこんな感じだと思う。少なくとも一般の生徒が簡単に手出しできるようなものじゃない」


 よどみない口調で答えた高谷に、鈴川が笑みを向けた。


「詳しいね。知り合いに学校関係者がいるのかい?」

「……親が教師なんですよ。中学の」


 高谷がつまらなさそうに呟いた。

 鈴川が全員に向き直る。


「烏山高校の試験問題の保管場所は印刷室なんだ。印刷後は部屋から持ち出さずにそのまま試験用の金庫に保管することになっている。手順通りなら野崎女史もそうしたはずだ、部屋の外に持ち出す理由がないからね。つまり、問題用紙の紛失は印刷室内で起きたことになる」


 鈴川の説明に気になる点があった。俺以外にも、何人か引っかかったらしい。

 笹山が手を上げる。


「待ってください。問題用紙は金庫に保管されていたんですか?」

「そ、厳重にね」


 鈴川が指を鳴らした。


「その金庫の鍵は?」


 高谷が訊ねる。


「副校長が管理してる。例え教師といえど、必要がなければ簡単には持ち出せない」


 鈴川が肩をすくめた。笹山が呆れたようにため息をつく。


「それなら、私たち生徒にはどうすることもできないじゃないですか。印刷室の鍵を持ち出せたところで、金庫に手を出せないなら意味がないでしょう。先生たちは何を疑っているのかしら?」


 鈴川が苦笑する。


「仰る通り。まさにそこなんだ、俺が気になっているのは。学校は、少なくとも野崎女史は何かを隠している。でなければ、高森さんを犯人だと決めつける理由がない」


 鈴川は改めて全員を見回した。


「生徒の印刷室の使用は試験の一週間前からは禁止されている。生徒会も新聞部もね。今日は十月二十三日だから、一週間前の木曜、つまり十月十六日からは、生徒は誰も印刷室に入っていないはずだ。この期間、印刷室に出入りした、もしくは印刷室の鍵を借りたという者がいれば今のうちに名乗り出てくれ」


 誰の手も上がらなかった。鈴川が頷く。


「オッケー。それじゃ、生徒の中で最後に印刷室の鍵を手にしたのは、十五日の水曜に落ちていた鍵を届けた高森さんということだね」


 高坂が手を上げる。


「今回の件とあまり関係ないかもしれませんが、念のため補足します。さきほど新聞部は十五日には印刷室を使用していないといいましたが、生徒会は十五日の朝に印刷室を使用しています。金烏祭のアンケート結果に関する広報資料を全校生徒分印刷しました。印刷は私と塚田くんと杉本くんで担当しています。作業後、印刷室の鍵は私が職員室の生徒貸出用キーボックスへ返却しました。生徒会が印刷室を使用したのはその日が最後です」


 よどみなく過不足もない説明、有能秘書というイメージにぴったりだ。眼鏡だし。


「つまり、この中に試験問題を持ち出せたやつはいないってことだ」


 塚田がイスにふんぞり返った。男子の平均よりもずいぶん小柄だが、態度がでかいぶん身体も大きく見える。


「結局、容疑者は高森一人ってことだな」


 塚田の言葉に笹山が反論した。


「高森さんも容疑者からは外れるでしょう。金庫の件をどう説明するんですか?」

「知らん。何か事情があったんだろ。もしかしたら金庫の鍵も高森が盗んだのかもな」

「それなら騒ぎはもっと大きくなっているはずです」

「だから知らんよ。どうして高森が疑われているかは、直接野崎に聞けばいいんじゃないか?」


 塚田が鼻で笑う。


「なんせ〈人殺し〉の噂があるくらいだからな。信用に値する人間じゃないのは間違いない。病弱というわりには、放課後も長いこと保健室に居残っているようだしな」


 教室が静まり返った。誰も疑問を口にしないところを見ると、高森の噂は周知の事実ということらしい。

 笹山が冷めた目で塚田を睨んだ。


「高森さんは特選科の学年トップです。彼女がわざわざ試験を盗む必要があるとは思えません」

「学年トップだからこそかもしれんだろう。一位の座を誰にも譲りたくないとかな」


 笹山の視線をものともせずに塚田が笑う。

 鈴川が手を叩いた。


「はい、そこまで。議論はいいけど喧嘩になっちゃダメよ。特にこの場にいない人の批判はダーメ」


 鈴川が塚田を見て微笑む。


「俺、陰湿なの嫌いなんだよね」


 杉本がため息をついた。


「アンタそういうところですよ」

「なあに、杉ちゃん」

「別に」


 杉本がそっぽを向く。


「それじゃ、今日の件はここまでとしておこう。学校の動きは気になるが、とりあえずお互いの事情は共有できたしね」


 鈴川がやや声を落とす。


「ここだけの話にして欲しいんだけど、実は去年の十二月あたりから校内で盗難が増えているんだ。生徒会としても、これ以上の不祥事は起こしたくない。何かわかったことがあれば報告して欲しい」

「盗難?」


 笹山が訝しげな顔を見せた。

 鈴川は俺を向いて真面目な表情を作る。


「高森さんの件も、ひとまず生徒会に預からせてくれ。高森さん自身が試験問題の紛失に関わっていなかったとしても、何かの事情で利用されていたという可能性もある。気付かずに悪意に巻き込まれていたとか、あるいは」


 鈴川は意味ありげに言葉を切った。


「誰かに脅迫されていた、とかね」


 脅迫という言葉に真木が反応した。眉を寄せて不快に耐えるような表情をする。


「それじゃ、解散」という鈴川の言葉に、それぞれが立ち上がる。鞄を手にした俺に、笹山が不満そうな顔で近付いてきた。


「矢口くん、高森さんの話、どう思う?」

「どうも何も、たいした情報もないのに何もいえないよ。笹山さんこそどう? 納得いかないようだけど」


 笹山が髪をかき上げた。


「あんまりしっくりこないわね。私、前に高森さんに世界史のプリントを届けたことがあるのよ。野崎先生の課題をね。三つの中から一つのテーマを選択して穴埋めと記述をする課題だったんだけど、私うっかり選択課題だってことを伝え忘れちゃって。次の休み時間に慌てて保健室に行ったら、もう全部解き終わっていたの。そんな子がわざわざ試験問題を持ち出したりするかしら」


 笹山がため息をついた。


「あの子、保健室でひたすら勉強してるのよ。休み時間もずっとね。そんなに勉強してて疲れないのって聞いたら、授業に参加できない私にはこれくらいしかできませんからって笑っていたわ。実際、高森さんの成績が上がったのは保健室に通うようになってからなのよ。余程頑張ったんだと思うわ。特選科でトップになるのは、そんなに簡単なことじゃないから。だから」


 笹山が教室を出ていく塚田を睨んだ。


「その努力を軽く見るような発言は不愉快だわ」

「そうか」


 少しだけ安心する。高森にもちゃんと味方はいるらしい。


「それと、さっきの話で気になったことがあるのよ」

「何?」

「会長がいっていた盗難の話。私も校内の事情には詳しい方だと思うけど、盗難が増えているなんて話は聞いていないわ」


 どういうことだ?

 新聞部として校内で起こる話題に近いところにいるということもあるが、笹山は元々、生徒からの信頼が厚い。何か困ったことやトラブルがあれば、笹山に相談する生徒は多いと聞く。その笹山が校内で頻発しているという盗難について何も知らないというのも、確かにちょっと気になる。


「まあたいしたことじゃないんでしょうけど。何かわかれば報告するわ」


 そういい残して笹山は教室を出ていった。

 笹山に続いて三年八組の教室を出る。ふと見上げると、隣の教室のプレートには二年八組、その先は一年八組とあった。以前オカルト研究部の心霊調査に同行した時にはあまり気にしていなかったが、特選科は教室がまとめられているらしい。


 特選科の教室の向こうには、特進科三年の教室が並んでいた。俺たちも来年にはこの教室で学ぶことになるのだろう。


 二年八組の教室を覗く。五月の終わりに高森と出会った掃除用具入れも変わらずにある。たった数ヶ月前なのに色々なことがあったような気がして、少しだけぼんやりと佇んでいた。


 背中の気配に振り返ると、高谷と航一が廊下に立っている。


「明日、高森さんと話をしてみるよ」


 苦笑して肩をすくめて見せる。


「聞いておきたいことがあるからね」


 高谷が何かいいたそうなそぶりを見せたが、結局は何もいわずにただ頷いた。


「俺も高森に確認したいことがある。明日の話は俺も同席していいか?」


 航一に頷き返すと、高谷も笑った。


「俺もいい? 乗りかかった船だしな。考える頭は多い方がいいかもしんないだろ?」


 頷いた俺の肩を高谷が少し力を込めて叩いた。

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