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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第4章 過ぎ去る日々を
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35 赤い鳥の悲劇

「アンタ、どういうつもり?」


 突然、階下から声が響いた。咄嗟に三人で視線を交わし、手すりから下をのぞく。北棟下、体育館の出入口の前に数人の女子が集まっている。口論している様子を見ると何か揉めているらしい。


「なんかいいなさいよ、アンタがやったんでしょ」


 どうやら一人が責められているらしいが、声がよく聞こえてこない。航一が「四対一か」と呟いた。


「矢口、あれ」


 俺の肩を揺すった高谷が責められている一人の女子を指差した。その先には表情を強張らせたままうつむく高森がいる。


「高森だろ?」


 高谷の声に頷く間もなく階段を駆け下りる。本部の方から、腕章をつけた生徒が走ってくるのが視界の端にうつった。


「何かあったのか?」


 地面に下りて、集まっていた女子に声をかける。一番背の高い女子が睨みつけてきた。


「なによ、関係ないでしょ」


 その迫力に思わず怯んでしまう。


「関係ないが、それだけ騒がしいと気になるな。一人を相手に何やってんだ」


 航一が隣に立つ。後ろには高谷の姿もあった。

 女子の一人が高森を指差した。


「この子がうちのクラスの応援旗を切り裂いたのよ。これから表彰式だってのに」

「応援旗を?」


 高森を見る。俺と目が合うとふるふると力なく首を振った。


「私、やっていません」

「じゃあなんでこんなところでカッター持ってうろついてるわけ?」

「それは……」

「何の騒ぎだ」


 駆け付けてきた生徒の一人が声をあげた。右腕には生徒会の腕章をつけている。


「誰だ?」

「生徒会副会長の塚田先輩だよ。隣が会長の鈴川先輩、奥にいるのが書記の高坂先輩だ」


 小声で訊ねる航一に、高谷が耳打ちする。塚田の隣にいた男――鈴川が、へらりと笑って一歩前に出た。


「どうしたどうした、なんかあったん?」

「会長、この子が私たちの応援旗をカッターで切り裂いたんです」

「あらら、ほんとに?」


 鈴川が高森を見て、「ん?」と首を傾げた。


「あれ、君はどこかで……」


 高森が会釈する。


「会長、さっき会長が使い走りを頼んだ二年生ですよ」


 高坂が鈴川に耳打ちする。無表情のせいか、かなり冷たい印象の美人だ。鈴川がぽんと手を打った。


「ああ、そうか。文房具を取ってきてくれって頼んだ子か」


 高森が頷く。


「それじゃ、そのカッターナイフは運んでいる途中だったのか?」

「はい」


 俺の質問に蚊の鳴くような声で答えると、高森は手にしていた紙箱を差し出した。中にはカッターナイフ以外に鉛筆やペンも入っている。


「ここにいた事情はわかったわけだから、高森が応援旗を切ったってのは違うんじゃない?」


 高谷が女子を振り返って笑う。集まっていた女子たちは不満そうな顔で口をつぐんだ。さっき俺を睨んだ背の高い女子が鈴川に向き直る。


「でも、私たちの応援旗が切られているのは事実なんです。会長、ちょっと見て頂けますか?」


 全員で体育館へ入る。

 午前の競技を終えた後、各クラスの応援旗は体育館に展示されていた。体育館の壁いっぱいに、個性的な旗がずらりと並べられている。


 舞台の上、二年八組のプレートの前で立ち止まる。舞台の中心に吊り下げられていた応援旗は見事に真ん中から切り裂かれていた。


 さっきは慌てていて気付かなかったが、高森と女子たちは同じクラスらしく、全員同じTシャツを着ている。


「舞台上に展示されてるってことは、やっぱ八組が大賞か」と高谷が呟いた。


 応援席の中でも一際目立っていた赤い鳥の美しい絵は、無惨に裂かれたまま端の方が垂れ下がっている。切り裂かれてもなお、他の応援旗よりも美しい色をしていた。


 女子の一人が顔を覆って泣き出した。「沙織、大丈夫?」と他の女子がそれを慰める。


「私たちが来た時にはこの状態だったんです。高森さんがやっていないのなら、誰がやったんですか?」


 背の高い女子が会長に詰め寄った。


「あらら、こりゃひどいね」


 鈴川は頭をかくと高坂を振り返った。


「状況は?」

「午前の競技終了後、応援旗はすぐに回収されて体育館に展示されました。大賞の投票は午前中に集計が終了していますので、その結果で展示場所が決定しています。今年は二年八組が大賞でしたので、舞台上に展示されることに決まりました。展示が終わった後は体育館の扉を閉じてありますが、鍵がかけられているわけではありませんので、誰でも出入りは可能です」

「展示後のチェック時に変わったことは?」

「ありません。昼の休憩時間前までは何も異常はありませんでした」

「すると、切り裂かれたのは昼休みの間で、犯行は誰でも可能だったわけね」


 困ったねえと鈴川が頭をかく。女子の啜り泣く声が体育館に響き、あたりには気まずい空気が流れた。


「おい、これは何だ」


 突然、塚田が声を上げた。二年八組のプレートの前に屈んで何かを拾い上げる。

 塚田が手にしたのは八組のクラスカラーの鉢巻だった。鉢巻の端に小さく〈高森〉の記名がある。女子の一人が目をつり上げて高森に食ってかかった。


「ほら、やっぱりアンタなんじゃない」

「違います。私、舞台に上がっていません」

「じゃあなんでアンタの鉢巻が落ちてんのよ」


 小さな声で高森が否定するが、追及が止むことはない。


「この応援旗はね、沙織が一所懸命デザインしたのよ。何日も遅くまで学校に残って、ぎりぎりまで泣きながら作ったの。一度失敗して全部描き直したりしたんだから。それを切っちゃうとか、何考えてんのよ」

「違います、私じゃありません」


 高森がか細い声で訴える。


「私、山中さんが頑張って描いていたことを知っています。金烏祭に相応しい作品を作ろうと真剣に考えていらっしゃいました。その作品を切り裂くなんてことできるはずがありません」

「それじゃ、その鉢巻はどうしたのよ」


 背の高い女子が冷たくいい放つ。高森は視線を彷徨わせて俯いた。


「競技の途中で、どこかに落としてしまって……」

「話にならないわね」


 はっと鼻で笑う。


「本当です。信じてください」

「信じられるわけないでしょ。だってアンタ、ひとごろ――」

「結菜!」


 背の高い女子が鋭い声をあげる。


「バカなこというのはやめて。気分悪い」


 結菜と呼ばれた女子が唇を噛んで俯いた。


 女子の会話を横に、航一が応援旗に歩み寄る。切り裂かれて二つに別れた旗の一方を掴み、左右に広げる。隣で高谷がもう一方を同じように広げた。


 遠目にもきれいだと思ったが、近くで見るとさらに迫力がある。橙色の空を背に、赤い鳥が翼を広げて天を舞っている。裏を返すと細く流れるような筆致で〈匆匆そうそうの日を刻んで〉とあった。


 航一が「きれいな線だな」と呟き、高谷が「うん。すごく丁寧な絵だ」と頷く。


「当然でしょ、沙織は美術部なんだから」


 背後で女子の一人が鼻を鳴らす。


「山中さんだっけ? 八組のクラスTシャツのデザインも確か山中さんだったよね?」


 俺の質問に背の高い女子がどこか誇らしげに頷いた。


「そうよ」

「さっき、一度描き直したといっていたけど、何かあったの?」

「何? アンタになんか関係あるの?」

「いや、ないけど」


 思い切り睨まれてしまった。怖い。


「別に、鳥の足のところにちょっとミスがあっただけよ。修正が難しそうだったから、はじめから描き直したらって私が勧めたの」

「体育祭の一週間くらい前だったから、ほんと焦ったのよ。美和子がすぐに代わりの布を用意してくれなかったら間に合わなかったんだから」


 背の高い女子の言葉に、他の女子が付け加える。美和子と呼ばれているこの女子がどうやらこの中のリーダー格らしい。


 しかし、それはまた。


 高谷と航一と、三人で顔を見合わせる。


「ところで、昼休みの間はどこにいたか聞いてもいいかな?」

「何それ、私たちを疑ってるってこと?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「じゃあどういうわけよ」


 しまった。お怒りに触れてしまった。


「まあまあ、いいじゃない。どこにいたか確認するだけよ。別に犯人扱いしようってんじゃないんだからさ」


 へらりと笑いながら鈴川が間に入った。


「えーっと君は……」

「須賀です。須賀すが美和子みわこ

「須賀さんは昼休みどこで何してた?」


 須賀が腕組みをして不満そうな顔をする。


「教室でお昼を食べてました。そこにいる結菜ゆいな小花こはな沙織さおりの四人で」

「四人ともずっと一緒に?」


 須賀は少し考えるそぶりを見せたが、すぐに首を振った。


「沙織は応援旗が飾られているところを早く見たいからって、みんなより先に教室を出て行ったわ。切り裂かれていた応援旗を最初に見つけたのも沙織よ。可哀想に一人で泣いていたんだから」


 須賀の言葉に高坂が反応した。


「そういえば休憩時間の途中に美術室前であなたを見かけました。白い袋を抱えていたようでしたが、美術室に何か用事でも?」


 高坂の質問に山中がびくりと肩を震わせる。涙を拭いながら小さな声で「なんでもありません」と呟いた。

 須賀が小さく舌打ちをする。


「今その話は関係ないでしょう? 沙織は被害者なんだから。それより高森さんに話を聞くべきよ」


 高森が弱々しく声をあげる。


「あの、私はその時間は保健室に……」

「なに? こんな時まで〈保健室の高森さん〉なわけ? いい加減にしなさいよ!」

「まあまあ、そんな怒んないのよ。怖ーい顔になっちゃうからさあ」


 鈴川が須賀をなだめる。火に油を注いでいるように見えるのは俺だけだろうか。


「矢口」


 航一が手招きした。近付くと、舞台に置かれていたプレートの台を指差す。台の端に釘が飛び出している部分があった。


「展示の吊り下げは?」

「高谷が見てる」


 航一が答えたところでちょうど高谷が戻ってきた。


「上の機械室だな。鍵はかかってないし、ボタンひとつで上げ下ろし可能だ」


 両手の平を向ける高谷に頷き返す。


「それと袋があった。多分、前のやつ」

「そうか」


 もう一度、切り裂かれてしまった赤い鳥を見上げる。


 さて、どうしようか。

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