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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第4章 過ぎ去る日々を
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34 体育祭開幕

 祭りは続く。

 二日間の文化祭振替休暇をはさみ、昨日の予行と準備を終えて今日は体育祭当日。金烏祭最終日だ。

 文化祭の片付けを終えた後も、祭りの熱気は校内を包んでいた。


 烏山高校の体育祭は一年から三年の全二十四組が、それぞれの競技で獲得した点を競い合い、総合点の最も高いクラスが今年の体育祭の優勝旗を手にすることとなっている。競技結果の得点以外にも、各クラスで制作したTシャツと応援旗のデザイン、それに応援団のパフォーマンスも加点対象となる。七組はTシャツのデザインで若干揉める場面もあったが、無事に当日を迎えることができた。


 胸に派手な文字で〈ぶっ壊せアイデンティティ!〉と書かれたTシャツを着てグラウンドに下りる。高谷と航一は先に来ていた。あくびをしている航一の隣に腰を下ろして靴紐を結び直す。


「Tシャツのデザインって高谷くんも担当してたよね」


 ストレッチをしていた高谷が背中をそらせながら振り返った。


「ああ、実行委員だからな。リーダーは小野だけど」

「壊しちゃうんだ」


 ……アイデンティティ。


 高谷が芝居がかった仕草で頷く。


「破壊からしか創造は生まれないんだよ。わかるか、矢口。この文字に込められた、新たに誕生する息吹の力強さを」

「まあいいんだけどね」


 なんでも。


「しかし、今回のクラスTシャツ大賞は間違いなく八組だろうな」


 高谷が笑い、航一と顔を見合わせる。航一が苦笑した。


「ああ、あれには勝てない」

「そんなにすごいデザインなのか」


 二人は同時に頷いた。


「見りゃわかるよ」




 本部テント端に設けられた放送席で機器の操作を担当しながら、競技の進行を確認する。ここまでで特にトラブルは起きていない。体育祭は順調に進んでいた。


 本部正面の応援席では、各クラスの応援団が交代でパフォーマンスを披露している。七組は小野が応援団長として〈小野援団〉を率いていた。鉢巻と手袋に学生服というスタイルで先頭に立つ小野は、ふざけている普段の姿とは違ってかなりかっこいい。近くを通り過ぎた女子が「小野せんぱーい」と歓声を上げていたが、確かにあれはモテるだろう。


 応援席の後ろでは各クラスの応援旗が掲げられ、風をうけてはためいていた。流水紋や七宝つなぎなどの和風なものから、海外の有名な絵画をモチーフにしたもの、漫画のキャラクターのイラストまで、そのデザインは様々だ。なかでも大きな赤い鳥が描かれた応援旗は、絵の迫力と上手さで遠目からでも目をひいた。おそらく今年の応援旗大賞の最有力候補だろう。


 突然、黄色い声が上がりグラウンドが歓声に包まれる。何事かと目を向けると、応援席ではチアリーダーの衣装に着替えた小野がダンスを披露しているところだった。ミニスカートをひるがえしてウインクをするたびに、観客から歓声が上がる。どうやら笑いをとりに行かずにはいられない性分らしい。


 競技の途中で放送担当を交代し、四百メートル代表の待機場所へ向かう。もう一度靴紐を結び直していると、どこからか「矢口さん」という声が聞こえた。顔を上げると体育館の方から高森が駆け寄ってくる。着ているクラスTシャツには白い兎が描かれていた。


「矢口さんも選抜に出るんですか?」

「うん、四百。短距離の方がよかったんだけど、ジャンケンに負けちゃって」


 ふふと高森が笑う。


「八組は兎なんだね。絵がすごくきれいだ」


 Tシャツを指すと、嬉しそうに広げて見せた。


「はい。美術部の山中さん渾身の作品です。後ろも素敵ですよ。文章はクラスのみんなで考えました」


 振り向いた高森の背中には、達筆な文字で〈今日も明日もぜろ時限〉と書かれていた。墨のかすれ具合まで忠実に表現されたデザインの文字が、毎朝七時三十分から授業が始まる特選科の日々の哀愁を物語る。


 ……確かに、これには勝てない。


「私、女子のハードル走に出るんです」


 すごいものをお見せしますねというと、高森はクラスカラーの水色の鉢巻をなびかせながらスタート地点へ駆けて行った。


 高森が運動ができるとは意外だ。グラウンドの側に移動してスタート地点に目を向ける。号砲が響き、女子が一斉に走り出す。予想以上の高森の走りに、驚いて思わず口が開いてしまった。


 走り終えた高森は息を切らしながら戻ると、満面の笑みを浮かべる。


「どうでしたか?」

「いや、予想以上だった」


 予想以上に、遅い。


 遅い上に全てのハードルを上手に蹴倒しながら走っていく。ある意味才能だ。


「練習で笹山さんがすごく笑ってくれたんですよ。爆笑必至だから、ぜひ矢口さんにも見てもらいなさいって」


 笹山め、余計なことを。


 堪えていた笑いをもらすと、高森がにこりとした。


「私、昔から運動も音楽も下手なんです。やってる本人は楽しんでいるのであまり気にならないんですが、まわりから見ると驚くくらいできていないらしくて」

「いや、ごめん。ちょっと、うん、なかなかすごかったね」


 八組はハードル走の得点は捨ててきたらしい。


「高森さん、鉢巻は?」

「え?」


 高森が額に手をあてて首を傾げた。


「走る前はつけていたはずなんですが」

「途中で落としたのかもね」


 なかなかの衝撃でハードルを蹴飛ばしていたし。


「では、落とし物がないか本部へ探しに行ってきます。矢口さんの四百メートルは体育館側から応援していますね」


 手を振りながら高森が嬉しそうに笑う。


「笑いを提供できてよかったです。歌もいつかお聞かせしますね。すごいですよ」

「そうか、楽しみにしておく」


 多分、全ての音を上手に外してくるんだろう。




 ◆◆◆




 午前の部を終えて昼の休憩時間となる。競技種目は全て終了し、午後は部活動のパフォーマンスを残すだけだ。毎年、和太鼓部やマーチングバンド部などが華やかな演技を披露していた。


 いつもの北棟外階段で弁当を広げる。高谷と航一に加えて、今日は小野もまじっていた。


「午後の競技ってなんだっけ?」


 弁当を食べる手を止めて高谷が訊ねる。小野が口いっぱいにいちご練乳パンを頬張りながら答えた。


「おふぉああふぉーあんうあっえあいあんふぁひっへふぁお」

「そっか。そんじゃ俺たちはあと表彰式だけだな」


 やれやれ、やっと終わったぜと高谷が伸びをする。


「あふぉおうへんひほうあういーあうおあひほおあっおおえ」

「そーな。まあ大賞は八組っぽいけどな」


 特別賞は狙えるかも、と高谷と小野が笑い合う。


「航一くん、あの二人の会話わかる?」

「午後はパフォーマンスだけだと神谷先生がいっていて、あとは応援旗とクラスTシャツの結果発表もあるそうだ」


 わかんのかい。


 パンを全部飲み込むと、小野が立ち上がった。


「そんじゃ、俺先に行くわ。応援団は早めに集合しろっていわれてるからさ」


 手を振って階段を駆け下りていく小野の背中を見て、航一が笑った。


「応援団のMVPは決まりだな」

「小野援団ね。確かに、すごい盛り上がりだったな。小野くんらしくてさ。去年もあんな感じだったっけ?」


 高谷を振り返ると、少し遠い目をして小さく笑った。


「うん。小野は人気者で、いいやつだからな」


 声に少し影が落ちているのは気のせいだろうか。もしかしたら暑さにやられて具合が悪いのかもしれない。

 メロンソーダを飲み干した高谷がぱっと明るい笑顔を見せた。


「よっしゃ、午後も気合い入れていきますか!」

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