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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第4章 過ぎ去る日々を
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32 お化け見習い

 文化祭一日目。

 前日までの準備が終われば、当日の俺の仕事は案外少ない。


 七組クラス企画への参加は前日準備まででほとんど終えているし、当日の放送実務は他の委員が担当している。放送委員としての俺の出番は午後のラジオのみだ。


 暇つぶしにとりあえず校内をぶらつくことにする。各クラスの展示や店をひやかしながら歩いていると、誰かに名を呼ばれた。振り返ると高谷が大きく手を振りながら近付いてくる。その後ろには航一の姿もあった。


「矢口、今ちょっと時間あるか?」


 駆け寄ってきた高谷に両肩を掴まれる。


「午後までは暇だけど、なに?」

「悪いんだけど、少し手を貸してくれないか。図書委員でゴミ捨てを頼まれたんだけど量が多くってさ」


 高谷の肩越しに航一を見る。航一はポケットに手を入れたまま頷いた。


「たこ焼きで手をうった」


 なるほど。


「それなら、俺は焼きそばかな」

「まかせろ」


 あつい友情に涙が出るぜという高谷について図書室へ向かう。


「図書委員会でそんなに捨てるものがあるのか?」


 階段を下りながら訊ねる。


「文化祭で図書委員は毎年古本市をやるんだよ。校内で呼びかけて処分してもいい本を集めてさ。店に並べる前に状態を確認して値付けをするんだけど、さすがに売り物にならないようなものは捨ててる。今年は結構な量の古本が届いたんだけど、そのほとんどが売り物にならないんだ。それで、俺が処分係に任命されたわけ」

「そういうのって前日準備までに片付けるんじゃないのか?」

「もちろん片付けたよ。だけどさ、昨日追加で百冊届いたんだ。近所に住む保護者の人なんだけど、厚意でくれるもんだから断れなくって」


 頭をかきながら「一人だとゴミ捨て場まで何往復もしなきゃいけないからさ、助かったよ」と笑う。お人好しの高谷らしい。


 図書室で処分対象となった古本を受け取り、体育倉庫裏のゴミ捨て場に向かう。両手に本の束を二つずつ握っているので、かなり歩きづらい。


「本は可燃? 資源?」


 訊ねる俺に、航一が「資源」と即答した。


 古本を資源ゴミ置き場に並べる。その横の可燃ゴミを入れる箱の表には、黒の太字で〈燃えろゴミ!〉と書かれていた。


「ずいぶん気合の入ったゴミ箱だな」


 俺の感想に高谷も頷く。


「ロックだな。書いたヤツとは気が合いそうだ」

「高谷くんさ、前から聞いてみたかったんだけど、高谷くんがいうロックってどういう意味なの?」

「いいか、矢口。ロックってのは音楽のジャンルのひとつってだけじゃない」


 高谷が芝居がかった仕草で指を振る。


「ロックってのは、『超かっけえ!』ってことだ」


 聞くまでもなかった。


 ゴミ捨てを終え、中庭のベンチに腰掛けて焼きそばを食べる。隣で航一はたこ焼き、高谷はチョコバナナをかじっていた。


「いやいや助かった、遠慮なく食ってくれ」


 まだ午前中だが、中庭はだいぶ賑やかだった。明日二日目の一般開放ではもっと賑わうだろう。

 高谷が差し出したクッキーを食べる。袋には「二−四 スイーツカフェ」とあった。


「美味いな、これ」

「だろ?」

「なんで高谷がいばってんだ」


 ベンチに三人並んでチョコチップクッキーをかじる。あたりには看板を持って呼び込みをする者や、友人とイベントに参加して笑い合う者が大勢行き交っていた。


 しばらくの間、ぼんやりと人の流れを見つめる。


「なあ、あれ何だろうな」


 声をあげた高谷を振り返ると、指差す先には白いお化けがいた。

 中庭の隅のベンチで座ったり立ったりを繰り返し、まわりをぐるぐるとして落ち着かない。時々、はっとしたように手にしたチラシを確認して頷いているが、道行く人に手渡す前にまたすごすごとベンチに戻っていく。何度か同じことを繰り返していたが、ついにはベンチに座り込んだまま俯いてしまった。


 携帯電話を取り出して時間を確認する。十時十五分。そろそろ二回目の校内ラジオが流れる時間だった。


「ごめん、高谷くん。これありがとう」


 立ち上がり、クッキーの袋を高谷に渡す。


「どうした。腹痛か?」

「うん、ちょっと。急用を思いついて」


 ここで抜けるよといい残し走り出す。


「速いな」

「青春は常に全力疾走なんすよ」


 背後で二人が交わしていた会話は、俺には聞こえなかった。




 ◆◆◆




 ポケットに手を入れて原稿があることを確認する。ノックと同時に放送室のドアを開けると、中にいた笹山が驚いて振り返ったのが見えた。


「なによ、矢口くん。びっくりするじゃない」


 放送中だったらどうするのよ、と叱られる。しまった。急いでいてそこまで考えていなかった。


「ごめん、笹山さん。頼みがあるんだけど」


 息を整えながら放送室に入る。


「校内ラジオの順番を代わってもらえないかな。二回目と四回目、今日だけでいいんだ」


 笹山がふふと笑った。


「訳ありね。いいわよ、午後の四回目と交代してあげる」

「ありがとう」


 お礼をいうと「この貸しは高くつくわよ?」と不適な笑みが返ってきた。


 席についてマイクを確認する。

 原稿を広げて、一つ深呼吸。


 約五分。事前に生徒から募集した短いメッセージと、放送委員がそれぞれ選んだ一曲を流すだけの校内ラジオだ。文化祭で開催される各イベント放送の隙間に入っているので、時間のズレは許されない。


 机上のデジタル時計を見つめる。数字が十時二十五分に変わったと同時に、マイクのスイッチを入れた。


「こんにちは。放送委員会です。金烏祭一日目、みなさん楽しんでいるでしょうか。本日二回目の校内ラジオをお届けします」


 緊張に震えそうになる声を必死で抑える。


「メッセージを紹介します。二年、お化け見習いさん。『お祭りをとても楽しみにしています。いつも助けてくれる人たちへ感謝を込めて、精一杯頑張りたいです』とのことです。お化け見習いさん、ありがとうございます。文化祭を自由に思いきり楽しんでください。今日も頑張っているみなさんへ、この曲をお届けします」


 曲名をいい終えると同時にマイクのスイッチを切る。大きく息をはいて机に突っ伏した。たった一分にも満たない時間なのに、ものすごい疲労を感じる。


 気合いを入れて立ち上がると、放送室のドアが開いた。両手を腰にあてた笹山が不敵に笑っている。


「いい放送だったわ、矢口くん」

「そりゃどうも」


 精神的な疲れに軽口を叩く余裕もない。


「笹山さん、毎回こんなことやってんのか、すごいな」

「矢口くんもアナウンス担当になればいいのに。せっかくいい声をしているのにもったいないわ」

「勘弁してくれ」


 踊るのは祭りの時だけで十分だ。




「あとは私がやっておくから」という笹山に放送室を追い出される。手持ち無沙汰のまま廊下の窓から中庭を見下ろすと、白いお化け見習いがチラシを手に空を見上げて立っているのが見えた。


 廊下のスピーカーからは、たった今、校内ラジオでかけた曲が流れている。八月に買ったばかりのアルバムに入っていた最後の曲だ。きっと、中庭のお化け見習いにも届いているだろう。


 曲が終わり、白いお化けが動き出す。


 そうだ、負けるな。


 心の中だけでエールを送った。


 特にやることもなくなってしまったので、とりあえず北棟のいつもの場所へ向かう。外階段に座って空を見上げると、曇り空の隙間から少しずつ陽が差し込んでいた。


 階下から足音が聞こえ、航一が顔を出す。手にはクッキーの袋とお化け屋敷のチラシを持っていた。


「見習いから昇格したらしい」


 チラシをひらひらと振る航一に笑みを返す。


「高谷くんは?」

「図書委員の相棒に引っ張られていった」


 航一が笑い、階段の手すりから中庭を見下ろす。


「いいのか、あれ、矢口を探してるんじゃないのか」

「いいんだ」


 目を閉じて天を仰ぐ。


 大丈夫。君は一人でもちゃんと自分で進んでいける。


 振り返った航一が穏やかに笑った。


「いい曲だったな」

「うん、そうだね」


 好きなものを口にするのは気恥ずかしい。あまり知らないことならなおさら。


 俺は音楽のことを知らないし、曲の良し悪しもよくわからないから。


 わからない、けれど。


 それでも、今くらいは胸を張っていおう。


「俺の、一番好きなロックバンドなんだ」

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