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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第2章 てのひらの理由
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22 盗難未遂事件

 小学生の頃に宿題を忘れて居残りをくらったことは何度かあるが、まさか高校生にもなって居残りさせられるとは思わなかった。


 放課後の放送室。今月の放送委員企画会議で音楽教諭の横溝セレクションクラシック特集を提案したところ、全員から冷たい視線を浴びる羽目になった。ついでに副委員長の笹山からは、企画案を再提出するまで帰るなと命じられ、今に至る。


「せんぱーい、お先に失礼しまーす」


 一年の木村が帰り支度を済ませて手を振るのを睨みつける。


「先輩より先に帰るとはいい度胸だ」

「だって俺、ちゃんと企画案出しましたからね」


 木村が胸を張って答える。確か、文化祭でアイドル声優の握手会をしようという企画だったはずだ。


「なんであの企画が通って俺のはダメなんだよ」

「やる気の問題すかね。それじゃ、お先です」


 鞄を担ぎ部屋を出ようとした木村がドアの前で立ち止まる。


「矢口先輩、東棟の階段ってもう通れるんでしたっけ?」

「さあ? 俺は四階の渡り廊下からまっすぐ来たから、今日は階段を使ってない」


 東棟の西階段は今朝から工事のために通行止めになっていた。なんでも踊り場の壁にかかっている掲示板の立て付けが悪く、生徒の安全に配慮するために至急の工事が必要ということらしい。安全が確約できるまでは通行禁止にすべきとの要請が一部の保護者からあったと聞いた。


「朝からずっと通れないし、三時間目くらいからは工事でがりがりうっさいし、今日は最悪でしたよ」


 工事の対象となった掲示板は二階から三階へと上がる踊り場にある。午前中は壁に穴を開けるような音が四階の二年七組の教室まで響いていた。木村の一年四組は二階にあるから、授業中はさぞうるさかっただろう。


「なんか、去年うちの生徒が死んだせいで保護者からめちゃくちゃクレームが入るようになったらしいじゃないですか。去年のことなんて俺たち関係ないのに。まだ入学してなかったし」


 ぶつぶつと不満をこぼす木村に苦笑していると、ドアから笹山が顔を出した。


「あら、木村くん帰るの? お疲れ様」

「お疲れです」


 木村が律儀にお辞儀付きの挨拶を返す。


「笹山先輩、東棟の階段って、もう使えます?」

「校長とPTAの確認も終わって、もう撤収作業してたわ。私、今ちょうど通ってきたから」

「ラッキー。それじゃ先輩、お疲れ様っした」

「お疲れ」


 片手で挨拶する。駆け足で去っていく足音が廊下の向こうに消えていった。

 イスの背にもたれ天井を見上げながら、本日何度目かになるため息をつく。


「情けないわね。さっさと書いてさっさと帰りなさいよ」


 長机の端に座った笹山が呆れた目を向けた。


「俺だって早く終わらせたいよ」


 何が悲しくてこの歳で居残り課題をしなきゃならんのだ。

 笹山が机に紙束を広げる。手持ち無沙汰に一枚取り上げると《烏山新報》とあった。紙面の右上に三本足の鴉のイラストがある。どうやら新聞部が発行している校内新聞らしい。


 見出しに〈階段スケッチ月間はじまる〉とあった。新聞をめくり記事を読み進める。




〈階段スケッチ月間はじまる〉

 烏山高校の名物授業である美術選択一年の階段スケッチ。

 七月の火曜日は、朝から校舎のあちこちでスケッチブックを手にした一年生を見かけます。

 一番人気の階段は新校舎東棟の東側階段。美術科ブラッド先生もおすすめするスケッチ場所です。なんでも「朝から昼下がりにかけての光の当たり具合と角度が美しい」んだとか。

 階段踊り場のまわりにずらりと並んだイーゼルは、烏山の毎年恒例の風景となっています。

 完成した作品は美術室前の廊下に展示される予定です。

 情熱あふれる一年生の力作をぜひご覧ください。


 一年生へ ―美術部部長・檜山先輩からのアドバイス―

 階段スケッチは奥が深い。あの独特の立体を平面で表現するのが難しいからと、階段を写真に撮って描き写す者が毎年いるが、実物を見ながらのスケッチと写真を描いたものの違いは、ブラッド先生はひと目で見抜いてしまう。

 後輩たちよ、芸術とは愛と情熱だ。

 愛ある眼で世界を見通し、情熱を持って体現するのだ。

 LOVE & PASSION!


 二〇一四年七月十四日(月) 文・写真 真木




 記事は昨日の日付で写真も載っていた。

 階段の踊り場に並べられたイーゼルの前では、一年生が真剣な表情でキャンバスに向かっている。


 記事にあるように毎年恒例となっているこの授業の間は、東棟の東階段は一日中イーゼルでうめ尽くされている。熱心な生徒は休み時間もずっと描いているので、この期間はできるだけ東階段を使わないというのが烏山生の暗黙の了解だ。


 東棟には東と西の二箇所しか階段がないため、この時期は教室間の移動に若干の手間がかかるが、この件で生徒や保護者から苦情がでたという話は聞いていない。おそらく美術担当のブラッド先生の人徳なのだろう。


 新聞を置き、机に突っ伏す。

 小声で「らぶあーんどぱっしょん」と呟いてみるが今ひとつやる気が出ない。


「サボらない」


 笹山に睨まれた。呆れた目をしているがいつもより口調が柔らかい。どうやら機嫌は悪くないらしい。

 特によい企画も思い浮かばないため、とりあえず「手伝おうか」と申し出る。頭が働かないまま無為に過ごすのも落ち着かない。


「大丈夫、これ新聞部の仕事だから」


 笹山は手に持っていた紙をひらひらと振って答えた。「明日が発行日なのに今日になって誤植に気付くなんて」とこぼしながら、新聞をいくつかの束に仕分けている。

 我らが副委員長は新聞部の部長も兼務しているらしい。二足の草鞋、それも役職とは恐れ入る。


「手が暇なら放送委員の企画書のホチキス留めをやり直してくれる? ページの順番が間違ってるのよ」


 新たな仕事を仰せつかってしまった。


 のそのそと動いてホチキスと針を用意し、書類の針を引き抜きながらため息をつく。

 うんざりしている俺とは対照的に、笹山は妙に浮かれていた。鼻歌まじりに手にしたペンをくるくると回している。


「ご機嫌ですね、副委員長殿」


 思わず嫌味の一つも飛ばしてやりたくなる。

 笹山が俺をちらりと見て口元を緩めた。「まあね」と返し、こらえきれないというように笑みをこぼす。


「ちょっと面白いことがあったのよ」


 ふうんと気のない返事をした俺に、笹山は長机の向こうから身を乗り出した。


「聞きたい?」

「いや、別に」

「あちこち口外しないって約束できるなら教えてあげてもいいわ」


 つまりは誰かに聞かせたくて仕方ないのだろう。浮世の義理だ、暇つぶしに聞いてやることにする。


「うちのクラスで盗難事件があったのよ。正確には盗難未遂事件ね」


 笹山が嬉しそうに話し出した。笹山は特選科だから、高森と同じ八組だったはずだ。


「嬉しそうだな」

「だって楽しいじゃない。退屈な日常にちょうどいい刺激だわ」

「クラスの醜聞とかは気にしないのか?」

「醜聞を気にするよりエンターテイメントを欲しているのよ」


 笹山がきっぱりといい切る。


「それに私、犯人じゃないもの。恥ずかしいことは一つもないわ」


 確かに。

 探られても痛くない腹を持っている者にとっては、他人の犯罪は一種の娯楽なのかもしれない。被害にあった者は笑えないだろうけど。


「それで、犯人は捕まったのか?」

「犯人は捕まらなかったけど、盗られた物は返ってきたわ。ある人物の私物から見つかったの。今のところ、その子が事件の最有力容疑者ね」


 ペンを振りつつ笹山が説明する。


「それは容疑者というより犯人で確定しているんじゃないのか」

「普通ならそうなんだけど、事情がちょっと普通じゃないのよ。その子、ワケありでね。最近ちょっとよくない噂も聞くし」


 そこまで話して、一度口を閉じる。笹山がいい淀むとは珍しい。


「〈保健室の高森さん〉って知ってる? ほら、学年一位の」


 思いがけず聞いた高森の名にホチキスを持っていた手が止まる。その拍子に、書類を留めていた針がどこかへ飛んでいった。


「もう一度いってくれるか? 誰の私物から何が出てきたって?」

「八組の高森さんの私物からクラスの盗難品が出てきたの」


 急な話に言葉の意味がすぐに理解できない。頭が軽く混乱している。


「詳しく聞かせてくれ」

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