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テンダーブルーの箱庭  作者: 伏目しい
第1章 いつかの少年
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13 ヒーローごっこ

 子どもの頃、世界はヒーローであふれていた。


 漫画にアニメ、ドラマや映画の登場人物たち。

 剣士や魔法使い、警察官、弁護士、医者、消防士、救急隊員、侍に陰陽師に超能力者。


 変身してもしなくても、特別な力があってもなくても。誰かのために持てる力の全てで立ち向かう、強くて優しくてカッコいいヒーロー。


 そんなヒーローに憧れて、兄と二人でおもちゃの剣を振り回したり、水鉄砲を向け合ったりした。

 決め台詞は「俺にかまわず先にいけ」。

 他人のために自己犠牲すら厭わない。誰かのために、みんなのために。その選択は常に揺るぎなく他者貢献。それがヒーローの生き方だと思っていたし、それこそ俺が目指すヒーロー像だった。




 中学一年の時に国内で大きな地震があった。

 俺が住むあたりも停電や物流停滞の影響を受けたが、幸運なことに直接的な被害はほとんどなく、連日のニュースで流れてくる被害の大きさは、どこか他人事のように現実感が希薄だった。

 それでも、毎日増え続ける死者数に焦りと無力感が蓄積する。教室で祖父母の死を嘆くクラスメイトを見た時に、助けを求めている人はテレビの中だけの存在ではないことを知った。


 学校では防災訓練が行われ、災害時の心得について授業や活動の中で頻繁に取り上げられるようになった。枕元には靴を用意しておいた方がいいとか、間食用のお菓子が非常食になったとか、実際に命が助かった人たちがどんなことをして生き延びることができたのかを様々な形で学ぶ機会が増えた。


 もし、また大きな災害が起きたとしたら。今度こそ、俺が住む街も被害を受けるかもしれない。

 被災時に靴が手元にあったおかげで瓦礫の中を逃げ切ることができたという人の話を聞いて、何が起きてもすぐに駆けつけられるようにいつでもスニーカーを履くことにした。

 運動は特別できるわけでもないが、足の速さだけは自信があった。


 困っている人を助けるのがヒーローだ。


 もし目の前で誰かが助けを呼んでいたら、俺がきっと駆けつけてやるんだと固く誓った。日が経つにつれてその決意も次第に薄くなってはきたが、それでもスニーカーは変わらず履き続けていた。




 中学三年の秋にクラスでいじめが起きた。


 きっかけは些細な軽口だったと思う。

 悪ふざけの延長のような言葉はいつの間にか拡大し、まわりも巻き込んで悪口から陰湿な陰口、誹謗中傷、人格否定へと膨れ上がっていった。


 運悪く標的にされたクラスメイトはあらゆる言葉と態度で存在を否定されていた。

 彼は痛みに耐えながら助けを待つ哀れな弱者で、そんな彼を救うヒーローが必要だった。


 いじめられているクラスメイトに手を差し伸べるのは正しいことで、それは間違いなくヒーローだ。

 俺は彼に声をかけた。


 そこから先のことは思い出したくない。

 けれど、どんなにきつく蓋をしていてもふいに溢れ出てくる記憶に脳の奥がじんと痺れる。



「お前、自分が気持ちいいだけだろ」



 流れる後悔と羞恥を無理やり噛み締めると口の中に苦みが広がって、すすいでもすすいでも不快さが舌に残る。


 人間の想像力は自分たちが思うより貧しくて、言葉は感情を全て表せるほどには足りない。

 謙虚の裏の優越感も、勇気に滲む承認欲求も、思いやりに隠れた自己顕示欲も。


 結局、人はいつだって自分のためにしか生きていなくて、誰かのためとか、他者貢献とか、そんなものはお為ごかしの偽善なんだと気付いたあの日。


 俺のヒーローごっこは終わったのだ。

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