《☆》どこかの幸せなクリスマス
☆さらっと読めるショートショートです。
異世界転生した俺は、前世ではサンタクロースだった。
あの、赤い服を着たでっぷりしたおひげのおじさんでは無い。どこにでもいる記憶にも残らない普通の若い男性だった。
サンタクロースである俺がしたのは、人にプレゼントを贈る事ではなく、人に「プレゼントを贈りたい」と思わせる事。
いつも厳しくて大嫌いな親だけど、クリスマスくらいは感謝を伝えよう。
いつも子供の事は放ったらかしだけど、クリスマスだけは家でパーティーをしよう。
クリスマスは優しくしたい。
そう思わせるのが仕事だ。
多分、「クリスマスは皆が幸せでありますように」との人々の祈りの受け皿として、俺が生まれたのだろう。
もちろん、他の人の心や体を動かすには代償が必要だ。
俺の場合は、「生命力」。
仕事をするたびに生命力が削られ、祈りの力で補充され、を続けていたが、やがて生命力を使い果たして俺は死んだ。いや、肉体は無いから消えたのだろう。
長年戦争をしていた、支援物資や医療団の派遣すら攻撃しあう二か国に、「クリスマスだけは攻撃を止めよう」と思わせるのは、さすがにいつもとは比べ物にならない量の生命力が持っていかれたみたいだ。
なので、正直転生先がクリスマスの無い異世界で嬉しかった。
生まれ落ちたのは、小さな村の農家。俺は、自分のために笑ったり怒ったりできる普通の人生を楽しんだ。
しかし、異世界の現実は甘く無かった。
俺が15歳の時、森に魔獣のスタンピードが起こった。
大小さまざまな魔獣の進むコースが、この村を通過する。
逃げても人間の足じゃあ追いつかれるだろう。
女子供と年寄りを逃がし、男たちはそれぞれ武器(と言っても狩猟用や農耕具)を持って、皆が逃げるための時間稼ぎをする事になった。
幼い頃から一緒だった女の子たちは「自分たちも残る」と言い張ったが、「年寄りが疲れた時、背負って逃げる人が必要だ」と逃げさせた。
年寄りの最期を魔獣の腹の中で迎えさせたりしたら、俺たちの名折れだ。
騎士団の応援は明日着くらしいが、その時俺たちは生きてはいないだろう。近づく魔獣の群れの姿が、遠くでも小山のようなシルエットに見える。百匹以上はいそうだ……。
迎え撃つこちらは百人足らず。どう考えても多勢に無勢。時間稼ぎにすらなるかどうか……。
「今世でも命日は12月24日かぁ」
ふと呟いた言葉に、今日が前世で言うクリスマスイブだと気付いた。
なら、クリスマスの力が使えるのでは。
祈りと言うのは世界や宗教を越えるらしく、クリスマスの無い異世界に転生しても前の世界からの祈りが自分に届いているのを感じていた。
きっと今日なら魔獣に使える。前世で「クリスマスに戦うのは止めよう」と心を動かせたように。
でも、「人を襲うのは止めよう」じゃあ、クリスマスが終わったら奴らはまたやって来る。もしかしたら、方向を変えて無防備な他の村を襲ってしまうかも。
どうすれば……。
気付けば魔獣の群れは姿が判別できる距離まで近付き、地を這うような唸り声や甲高い鳴き声まで聞こえる。反対に、ざわついていた男たちが恐怖で沈黙していた。
俺は男たちの前に走り出て
「これから、魔獣を眠らせます!」
と、叫んだ。
男たちから「何言ってんだ」「どうやって」などの声が飛んで来る。
「魔法です! 使うのは初めてだから、俺にも説明できない!」
『魔法』で説明が済む世界で良かった。
「大事なことは、俺が魔獣を眠らせる事が出来るのは12月24日と25日だけという事! 26日になったら起きるから! だから……」
碌な武器も無い村人百人弱で数百匹の魔獣の息の根を止めなくてはならない。
俺のために人員も時間も使わせるわけにはいかないんだ。
「だから、魔獣が眠ったら俺にかまわず大急ぎで魔獣の息の根を止めてくれ!!」
皆は俺に何かが起こると察したが、何も言う者はいなかった。
心配そうな父さんの視線を振り切って魔獣へ向かって立ち、指を組んで精神を集中する。
「眠れ……眠ってくれ」
ただそれだけを願い、流れ出て行く生命力を魔獣に纏わせる。
空を飛んでいた魔獣が墜落していく。
自信を持って更に「眠れ!」と生命力を放出する。
やがて頭の中身が引っ張り出されるような感覚になり、立っていられなくなるが、膝をついても祈り続ける。身体中が空っぽになっても、最後の一滴まで搾り出す。
冷たくなった身体を地に伏せた時、背後から沢山の叫び声と足音が聞こえた。
ああ、全部眠らせる事が出来…た…んだ……。
俺を追い越して行く男たちから
「よくやった!」
「すぐに終わらせるから待ってろよ!」
などの声がかけられて、足音が遠ざかって行く。
消えゆく意識の中、これは自分が初めて貰ったクリスマスプレゼントじゃないかと気付いた。
ありがとう。他の人のクリスマスの幸せを願っている人たち。
おかげで村が救われたよ。
メリークリスマス。




