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8.大学なら辞めるから

「それでよくまた二人、東京で会おうってなったね。余計に疎遠になるパターンみたいに聞こえたよ」

那青さんの指摘に首肯する。僕もそこのところはよくわかってない。

「あーそうだ、LIMEがねー良かったんだよ、ヤタ君は」

「ヤタ君ってLIMEでは別人格な人?」

「ううん、割と一緒。普段やり取りしててもそっけないのー。でも何かしらスイッチが入ると急に多弁になってー、そうなると急に内容が濃くなるの!それに気づいたらさー、会って話したくもなるじゃん?」

そう解説された人物像は、いかにも陰キャの行動のテンプレのようで恥ずかしい。

自身に多弁を許すと後悔することが多くなる傾向はあるのだけれど、スイッチは意識的にコントロールしないようにしている。そうすることで普段引き摺り出しづらい自分の本音が垣間見えることを経験しているからだ。それは表現者としてはちゃんとネタに昇華するべきだ。

「で、会ってもスイッチが入るとやっぱり多弁になってさー、LIMEと一緒!面白くってさー、あー、人の言動への批判が飛び散らかして、流れ弾に当たることもあったけどね。『こういうヤツがさ~』とか言って、いやいやそれあたしも当てはまるじゃんみたいな」

「自覚はないけど反省はしとく。ごめん」

「そのうちにねー漫画家を目指してる!とか言い出して。そんなことまで打ち明けてくれるようになったんだーみたいな喜び?」

「なるほど。でも私はヤタ君、そんなにそっけないとも思わないけど?」

那青さんは僕の方をちらりと見ながら言う。

「そう、不思議と今日はヤタ君らしくないんだよねー。いい傾向だとは思うけど」

実は僕もそこは不思議に思っていた。

初対面の人もいる状況なのに割と喋れている。僕基準では。

「今日のヤタ君はあたしの期待以上で良かったよー。あー、あたしもう一杯頼もうと思ってるんだけど2人はー?」


『らしくない』で『期待以上』はただの結果オーライだ。見込みが甘い。

だってそれは『らしい』僕だったら発生しなかった事象だ。

……なぜ僕は今日こんなに喋れる?

那青さんと波長が合うなどと楽観はしたくない。楽観は心を削る。

「……僕はコーヒーで」

ツルさんはまだ喋り足りないようなので、義理堅い僕はおかわりを所望した。

挿絵(By みてみん)


2杯目の飲み物が行き渡り、それぞれが一口飲み終わるや否やツルさんは話し始める。

「ヤタ君これから苦労しないか心配だよ。じっくり喋ったら面白いったって誰もそれを知らないんだから。そこまでほとんどの人は辿り着けないでしょー?きっと人と関係築くの大変だよー?出会いが増えようがあたしみたいにヤタ君のこと理解するまで根気よく付き合ってくれる人なんか相当少ないと思うよ。まぁ母数が増えれば確率は上がるかも知れないけど、母数もろくに増やせないでしょ、きっとー」

べらべらべらべらと心を穿つ言葉の礫が続々と……給弾したマシンガンか⁉真面目に返す。

「ん……その必要性は感じていない」

「いやだって、研究室入ったらそうも言ってられないじゃん。他人と接しないとか無理でしょー」

意外と理系の進級の仕組みには詳しいんだな。……そういえばツルさん、2、3歳上の人と付き合ってたことあったっけか……

「大学なら辞めるから」

「えー⁉やめちゃうのー?」

「うん」

その時が来たらそうしようと入学前から決めていたことだ。

那青さんは目を少し見開いている。びっくりするとそういう風な表情になるんだ?……やはりオリヴィアのイメージと重なる。

オリヴィアは口を開く。

「本当に退路を断つ人、初めて見た……」

個人的には文系で院に進むのも退路を断つとまでは言わないが、かなり進路を狭めてる気がする。那青さんも相当の覚悟を持っているはずだ。僕は全く芽が出なかった場合にツブシが効く道ってやつを閉じただけだ。

「親は?親は何て言ってんの?」

大学を辞めるとまでは予測していなかったのか、ツルさんは身を乗り出して訊いてきた。

「三十路までに見切りをつけたら何とかしてやるって」

「もー、ヤタ君の親は甘いんだからー!」

僕の親の何を知っているのか……とは言い切れない程度に親同士も知り合いだ。何せ小2からの付き合いだからな……

「さすがにさ、さすがに仕送りが続くってわけはないよねー?」

「さすがにね」

「じゃー生活費は大丈夫なのー?」

「副業にもう少し時間を割けば、なんとか」

「え?動画編集ってそんなに儲かるのー?」

MCは会話の割り振りを手放したようだ。

「あの……繰り返し言うようだけど、僕の話……生活費なんて特にどうでもいいじゃん。那青さん興味ないよ?」

「うん?興味あるよ。退路を断つ以上避けては通れない話でしょ?」

那青さんの表情はすっかりニュートラルに戻っていて、サラリと言ってのけて紅茶に口を付けた。


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