7.輝く再会エピソード
ツルさんは話を途中で止めることに不満があるようで、
「暗い時代があったからこそ、そこからのあたしとの再会?再構築?が輝くんじゃん!」
と後の展開に太鼓判を押している。
いやでも、那青さんには……。ツルさんには楽しかったり懐かしかったりする話かもしれないけど、那青さんにはやっぱり退屈な話じゃないだろうか……。
「私が聞いてたらヤタ君が嫌なんじゃないかなって少し思うけど、今の私には興味のある話だよ」
顔に出てたのだろうか?思考に答えが返ってきた。
気を遣っているようにも見えない。もっとも場の空気への観察眼に関しては、僕は全く自信を持てないので見当外れかも知れないが。
……ならいいよ。この話は使えそうだから続けよう。恥はかき捨てだ。
続きをどうぞと手を差し出しジェスチャーする。
ツルさんは恭しく受け取る……もっと激しいリアクションを取るかとちょっと決め付けていたが、身振り手振りの選定基準がよくわからない。
「続き……高校も同じところ受験して2人とも受かったんだ。でもヤタ君は心がリセットされてなくて、高校の時もジュクジュクっていうか、そもそもほとんど絡みなかったよね」
正直なところ、ツルさんを視界に認めたら避けていた。ツルさんだけでなく同じ中学の人に対してそうだった。
「この人さ、廊下とかで私と会っても気まずそーに『や、やあ』みたいな感じでさー、感じって、本当、感じだけ。声、聞き取れなかったもん!あーこりゃー高校デビュー失敗したんだなーって結論に至ったもんよー」
……事実だ。分析というほど大した話ではなく、シンプルに事実だ。
「私も高校時代はあんまりだったかな……」
「那青ちゃんは勉強漬けだったって言ってたじゃん?」
「……僕だって勉強漬けだったかも知れないじゃん」
反論はしてみる。
しかしその仮定に全く関心を示さないまま探偵ツルさんは話を続ける。
「あたしはさ、少年の頃との落差を知っている人なわけだったでしょ?ヤタ君にとっては邪魔だったんじゃないかなって思ってた。高校デビューしようにもあたしみたいな、過去?を知っている人に、なんて言うか、色気?を見透かされるのが恥ずかしかったんじゃないかなーって思ってたんだけど、違う?」
違わない。マジで名探偵か。
「あーでも違うかー。それだと大学生のヤタ君の説明がつかないー。説明がー」
……大学デビューは普通に失敗したんだよ。
過去を突かれるのはもういい、さっさと早く我々を『再会』させていただきたい。
「どうやってまた仲良くなったの?」
「そりゃあもう、腐れ縁だからさ、あたしたちー」
「でも高校の時はそれが通用しなかったんでしょ?」
「大学1年の冬に帰った時にたまたま会ったんだけど、ん、あれー、どうしてあの時は喋れたの?」
たまたまターニングポイントを越えた後に再会できたのがラッキーだっただけ……と言ったらさすがに気を悪くするだろうか。
「んー、浪人時代を終えて浮かれてたからかもなぁ……」
なのでちょっとごまかした。
当時ツルさんと喋れたこと自体は自分でも驚きだったというのが本音だが、心当たりは、ある。浪人中に『漫画家を目指したい』と、そう決められたからだ。決めた瞬間それまでの手懐け難い僕を、少しだけ手放せたのだ。
でもそれはまだ言えない。
現在に続く行程は総括の対象外だ。
「でも結局大学デビューもできなか……してないんだよねー?浮かれ気分でやっちゃえばよかったのにー」
「実はそれなりに期待してたけど対人スキルが原子レベルで分解されてた」
これは本当だ。新しい街、新しい暮らし、新しい学校、新しいクラスメイトと、環境が一新される機会に期待しなかったわけがない。しかし心機一転したところでスキルがそれに併せて更新されることはない。
「いわゆるジュクジュクしてたってやつかな?」
首肯する。那青さんの中で『ジュクジュク』はある状態のニュアンスの表現として受け入れられたらしい。
「ヤタ君しゃべれば面白い人なのにーもったいないなー!」
「それはツルさんの性癖が特殊なだけだよ。そんなこと言うのツルさんくらいだ」
「あれれー?あたし今告白されてるー?」
「してない」
「2人はじゃあ、その冬に久しぶりに喋ったら気が合ったんだ?」
那青さんの問いかけに対し不満げな顔を作りながらツルさんは答えた。
「いや、ヤタ君は、なんかちょっとヤな奴だったよ?『すっかり東京に染まったな』みたいなことすーぐ言ってきたり。期待はしてなかったけど、それにしたってねじ曲がりすぎだろーとか、オブラートって知らない?とか思ったね、あたしはー」
そのまま返してやりたいセリフだ。僕も今日なんか、できれば色々オブラートに包んで欲しかった。
「でも、まあその日の最後に、2人とも東京だからこれからよろしくーみたいな感じだったよね。あれー、今考えてみると、全然『輝く再会』でもなかったわー!」
輝く再会エピソードとやらが、光を微塵も放つことなく終了した。