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57.私という飼い主

15時から那青さんのお母さんの休憩時間ということだったが(店から車で割とすぐらしい)、早めに那青さんの家に向かった。時間に余裕を持たせてゆっくりと心を落ち着かせないといけない。

「ヤタ君、カブキをケージから出してもいいかな?」

「も、もちろん大丈夫だよ」

ガチャンと扉が開くとカブキ君はなぜかまっしぐらに僕のところへ来た。1mほど手前でローリングし足元で腹を出した。尻尾をぶんぶん振っている。口を開いて笑っているように見える。

「なんか……腹出してるんだけど、お腹って触っても大丈夫かな?」

「大丈夫大丈夫、むしろお腹なでろーって言ってるんだよ」

しゃがみこみ恐る恐る腹を撫でた。

カブキ君はお腹を撫でられながら絶えず尻尾を振っている。ほんのりとあったかい。

「な……何だかとっても仲良しになった気がする!」

生まれて初めてそこに在る生物をかわいらしいと思った。

「そりゃそうだよ、お腹は急所だから心を許した人にしか見せないんだもん。ね、カブキ?」

カブキ君は返答の代わりだと言わんばかりに尻尾を振り続けている。

「それは嬉しいけど、僕はなんかカブキ君に気に入られるようなことしたっけ?」

強制的に背中を撫でさせられた覚えしかない。

「犬は雰囲気を読むからね。私という飼い主にとってヤタ君が良い人だと感じたのかもしれないし、シンプルにヤタ君が優しそうだから気に入ったのかもしれない」

そう言われると悪い気がしないわけがない。

カブキ君というフィルターを通した那青さんの僕への評価がそこには含まれている気がするからだ。

加えて今後カブキ君に気に入られれば気に入られるほど、那青さんから見た僕の評価も高まる期待が持てるのではないか?カブキ君、仲良くしような。


「あっ、そういえば、さっきもらったオモチャをカブキにあげてもいい?」

カブキ君への献上品だ。

「ヤタ君から渡してあげて。ヤタ君からのプレゼントだよって」

パッケージからオモチャを取り外してもらい、一旦受け取る。

カブキ君はこの後何が起こるのかピンときたらしく、三つ指ついてシャンと座りなおした。

「カブキ君、これ要るかなー?」

片膝をついてオモチャを見せつけると、なぜかオモチャを持っていない方の手を猫パンチしてくる(犬なのに)。

「えっと、カブキ君が僕の手をパンチしてくるんだけど……早くよこせって怒ってる?」

「それ『お手』だよ。カブキのお手の押し売り。」

「これ、お手?」

「お手したら貰えると知ってるから、ヤタ君、ちゃんとしたお手をさせてあげて?」

左手で受け皿を作ると……お手がバチッと決まった。

ビビッとカブキ君がお手に込めた意思が僕に伝わる。

「わかったわかった、じゃこれあげようか」

「『ヨシ』って言ってからあげてね?」

「カブキ君……ヨシッ!」

カブキ君はその刹那オモチャを口で受け取り、さっそくペフペフ鳴らしながら歩き回り始めた。

「き、気に入ってくれたかな?」

「見たまんまだよ?早くも超お気に入りみたいだよ」

カブキ君は那青さんの近くで止まり、オモチャを床に落とした。

「あー、これヤタ君に貰ったの?よかったね!」

と那青さんは言いながらオモチャを一旦手に取り、すぐにカブキ君に返すと、カブキ君はまたペフペフ鳴らしながら歩き始めた。カブキ君、今のあれ、那青さんに報告してたのか。そんなのなんともまぁ……いよいよかわいらしいじゃないか。

僕のセレクトは、ホワイトデーのお返しとしては一等の正解だったかどうかはわからないけど、カブキ君の行動を見てオモチャをあげたことには満足できた。那青さんに形あるモノを贈りたかったというのは正直あるが、それにはまだリサーチが足りなかった。これからそういう機会はきっとあるだろうと、若干楽観的な思考を自分に許す。


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