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55.それを踏まえて

席に着くとメニューを渡され、

「お、お決まりになりましたら、お呼びください。」

店内をぐるりと見渡す。

調度品は主張が激しくなく控えめだが良いセンスをしている。例えば照明はすごくシンプルなデザインのシャンデリアで、骨組みが真鍮、電球の傘がすりガラスなのが泣かせる。飾られている絵画は印象派かな、綺麗だがうるさくはない。フローリングもニスをまめにかけているのだろう、剝げてカサついている箇所など無くぬるりと光っている。椅子やテーブルはダークブラウンを基調としていて、レトロな造りで年季も感じられる。那青さんの部屋の椅子と同じウィンザーチェアだ。店内のインテリアが絶妙に調和しており、まさにちょうどいい塩梅だ。店員さんは街の定食屋にありがちなTシャツにエプロンのような恰好ではなく(それはそれで気軽さが増して悪くは無いが)落ち着いたメイド服風のスタイルでこの素晴らしい店に完全に溶け込んでいる。

「クラシカルな感じで品のある、いい感じの店だよね?」

僕はすっかり気に入ってしまい、那青さんに若干興奮気味に第一印象を伝えた。

「そ、そうだね」

「メニューどうぞ。何やらデミソースが逸品らしいけど……って那青さん知ってるんだっけ」

あまり調子に乗りすぎないように気を付ける。

「ま、まあ、そこそこ。私はデミオムライスにしようかな」

メニューを吟味することなく、那青さんは注文を決めた。

「あ、僕もそれにしようかと思ってたんだけどいいかな?」

「え?なにが?」

「いや、別のもの頼んで”一口ちょうだい”するのが好きなのかなって思って」

パンケーキとザッハトルテを一口分交換したことが大分昔のような気がした。

「し、しないよ、今日は」

「じゃ、頼んじゃおっか。スイマセーン」

レトロな銀色のトレイにお冷を乗せて店員さんがやってくる。

靴は黒だが革のラウンドシューズではなくスニーカーか。惜しいが立ち仕事は腰がやられると聞くから、身体を守るためのセレクトとしてそれはそれで尊重できる。

「ご、ご注文、お決まりですか?」

「デミオムライスのランチセットを2つお願いします」

『デ……デミ』ではない。『デミ』だ。

「デミオムライスセット、2つですね。以上でよろしいでしょうか」

「はい」

「それではしばらくお待ちください。」

今日は同一メニュー×2だったが、ここにあれやこれや追加しても、今の僕なら処理しきれただろうか。堂々と……と自分に言い聞かせている時点でお察しだ。

あ、そうだ。『お察し』と言えば、だ。

「えっと、お察しだとは思うんだけど……」

「え?なんだろう?」

「今日ホワイトデーでしょ?お返しがあるんだ。お客さんが増える前に渡せればって思うんだけど」

「あ、うん。楽しみ!」

リュックの中から紙袋を出してテーブルに置く。

「あ?えー、何て言って渡すんだ?こういう時」

おめでとうでもご査収くださいでも、プレゼント・フォー・ユーでもないな。

ホワイトデーどうぞ?変じゃないか?

「バレンタインありがとう、かな?ごめん分からないや。とにかく、えーと、どうぞ」

と両手で丁寧に差し出す。

受け取ろうと両手を伸ばす那青さんの笑顔が今日はひときわ綺麗に見える。ホワイトデーという名の偽薬のプラシーボ効果だろうか。

「うん、ありがとう!えっと開けても?」

「大丈夫だよ、どうぞ」

那青さんはまず、袋から缶を出して開けた。

「お菓子!わ!おいしそう!」

カブキ君のオモチャだけってわけにはいかないだろうと思い、いまいち腑に落ちない『世間』の陳列から選んだ菓子だったが、判断基準が無かったので一番行列が長かった店のものを買った。何て言うか……小さなブーケみたいな形をした焼き菓子だった。どうせ迎合するならばと、この点に関しては徹底的に迎合した。喜んでもらえて一安心だ。

「こっちの包みは何だろう?え?ホントに何だろう?このサイズの球体?」

そちらが本命だ。たのむ。正解であってくれ。

「あ!オモチャじゃん!カブキのだよね?」

首肯する。

「コレ喜ぶと思う!音鳴るおもちゃだよね?」

ペフ

「うわ~ありがとう!」

やっぱり一回は鳴らすよねー。

だから店が混み合う前に渡したかったのだ。こちらとしては確信のあるセレクトではなかったのだが、喜んでくれているようには見えたのでコンセプトも伝える。

「那青さんが大切にしているカブキ君が喜ぶものはどうかなって思って選んだんだけど。那青さんもさ、多分僕の愛用しているペンを見てそれをより大事に扱うための物をくれたでしょ?」

「ふふ、ペンケースを選んだ意図が伝わってて嬉しいし、それを踏まえて私へのプレゼント選んでくれてとっても嬉しい」

おお、コンセプトも伝えておいて良かった。

モノそのものも大事だが、それを選んで渡すまでの過程がとても大事だと僕らの共通認識があるように感じていたのだが、プレゼントを外してなくて心底ほっとした。那青さんはオモチャの紐の厚みを確かめたり引っ張ってみたり、球体の反発力でも確認しているのだろうか、ペフと鳴る直前辺りまで押し込んだりしてモノの品定めをしている。

カブキ君の嗜好を熟知しているのだろうか。

「これはかなり遊び甲斐があるなぁ」

とカブキ君目線で評価してくれた。那青さんはペフとオモチャをもう一回鳴らし、

「これウチにあるカブキの骨と一緒の音だ、やっぱり」

と鋭い指摘をくれた。

いちいち気付いてくれる、なんて嬉しいことだ。僕は嬉々として選考基準を明かした。


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