5.総括が雑すぎる
「ごめんね、電話終わったよ」
と言って那青さんが戻ってきた。
「……」
「……」
当人がいないところで話した内容は、那青さんが所属している分野について当人不在での好き勝手な話がほとんどだったので、ちょっと後ろめたい。
「何か2人で盛り上がってたでしょ?続きをどうぞ」
素人の私見ではあるけども、僕の考えを本職の人が聞いたらどんな反応をするのか少し興味があるけど、『哲学科の』試験に落ちて間もない時に触れられたくない話題かも知れないので自重する。
「みんなの学部について話をちょっと」
ぼんやりと先ほどの会話の概要を伝える。
「ヤタ君は理系だったっけ?」
那青さんは漫画家の卵の学部を大雑把にはご存じだったらしい。当然のようにMCツルさんが答える。
「うん、理工学部だよ。あたしには理学部と工学部と理工学部の違いがわかんないけどー」
「それはそうかも。ヤタ君は何をやってたの?」
あー、えぇ?踏み込んでくるのか?話の流れ次第では、今はあまり触れられたくないと思われる哲学またはその試験結果に話が及んでしまうかもしれないけれど、いいのかな?
「具体的には排水プラントで汚水をどういたしましょうかってすごく限定的な研究を……」
……する研究室に入るところだった。
「まさに実学って感じだね」
私のやってる哲学は虚学なんだけど……の裏返しに聞こえる。『哲学』はアンタッチャブルではないと解釈して、それではと元の話の流れを汲む。
「那青さんは哲学科なんだってね」
「うん、何をしてるかって聞かれたら、ヤタ君みたいに明確には答えにくいんだけど」
なるほど、真摯に向き合うからこそ単純化できないことがあるのは理解できる。
「哲学は言葉遊びだって、ヤタ君は言ってたけど、そんなの違うよねー?」
は?はー?はーー?だよ!
総括が雑すぎる!やっぱり飽きていやがったな⁉
僕はもっと丁寧に話をしていたはずなのに、ツルさんはたった一言で投げた。
「前段を飛ばしすぎだよ!!」
「……その心は?」
多分、那青さんは怒ってはいない気がする。もっともそれは『前段』次第というところだろうけど、僕には語る勇気はない。
「僕がちょっと哲学かじって感じた、素人のイメージです……」
この話はもう切ってしまおう。
「一生懸命な人に『遊び』ってのは、それは失礼だよ!ヤタ君は弁解しなよ⁉あたしはさっきの話理解できなかったから!」
ばかばかばかー!ツルさん、え?何蒸し返してんの、は?
「ううん、別に弁解は要らないよ。ただそんな見方を哲学に対して持ってるって聞いたのは初めてだから興味は湧いたけど」
那青さんの顔をちらりと見ると、微笑んでいるようには見える。ただコレはアレだ。漫画的表現の場合、笑顔のまま青筋立てて目の下辺りまで影がさしているやつだ……ったく勘弁してよ!……専門にしてる人がいない場で勝手なイメージを語ったわけだが、変な切り抜きすんなよ!前段飛ばすなよ!ていうかオフレコだと思ってたよ!とパニックになっていた僕は那青さんの威圧に負けてつい口走ってしまう。
「遊びって言うのは、ええと揚げ足を取り取られしなければならない研究のあり方が……」
まともな発言ができるわけがなかった。
「ちょーっと!またそんな悪口みたいなことを言わないー!」凶悪な動きとともにツルさんが僕を咎める。
「ごめんね那青ちゃん、ヤタ君表現がおかしくなることがよくあって、それが面白いんだけどー、ダメなことも多々あって……それで人付き合いもどんどん苦手になって、友達は少ないわ増やさないわ減るわで」
ツルさんのフォローに感謝の念が起きない。
那青さんは冷静に反応する。
「ううん、揚げ足取りね、うん、それは確かに私も感じることがあるよ。ふーん、言葉遊びか、なるほど、なるほど」
追及はない。哲学が僕の言葉選びで矮小化され、もうこの会合はお開きになっても止む無しの領域に入ってしまったとは思うけど。
ツルさんは人差し指を大きく振りながら僕を咎める。
「怒られなかったのは那青ちゃんが優しいからなんだから、ヤタ君はちゃんと反省しなよ!もー、この人心配だよー。必ず漫画家になりなよ!?会社勤めだったらそんなの通用しないんだからねー!」
まだ入社もしてないのにその立ち位置か。貴女の言葉のチョイスも通用しない気がするのは僕だけか……まあ社会で実際使えるスキルだの何だのは、普通に学生やってたらサークルやバイトでも覚えていくものだろうから、その経験もない僕は指摘に対し反発する気は起きない。僕はバイトや副業でもネット上でしかやり取りしてなかったしなぁ。