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49.本音を言わせてもらうね

「まぁ、これはそんなにあちこちにあるって訳じゃないんだけどさ……」

那青さんはカーディガンを脱ぎ、ワンピースのボタンを3つ外し、左肩をはだける。

左肩の下着の紐を肩から落とし本体を少しずらす。

控えめに膨らんだ胸の上半分を露わにする。一連の動作に恥じらいは見られなかった。


そこには金平糖のような形の赤茶色い、波打つように爛れた握りこぶし大の跡があった。


「引くよね……これはきっと、暗がりでも目に入る」

漫画の表現に落とし込むなら、あれは火傷の跡だ。『真っ暗にすればいい』という話で済まない、実際視覚で捉えられるかどうかの問題ではない、そんな話を那青さんがしていることにはさすがに僕でも気付いた。また実際に僕がどう思おうとも『気にしない』で済む話でもない。那青さんはそれを求めていない。傷跡そのものより、傷跡を悲観しているその心情に訴えかけなければ、那青さんがネガを手放すことは難しいだろう。そこでついに那青さんは化粧を『美しくなるための手段』でなく『見せたくないものを隠す手段』だと捉える気持ちが強かったから、僕の化粧の際に様子がおかしくなったんだと穿つ。しかしここまでの跡だときっと化粧は役に立たないのだ。

そこまで一気に思考を巡らせたが、


導き出すべき答えがわからない。

慰めの言葉も持ち合わせていない。

心情に優しくアプローチする手段がわからない。

でも沈黙が続くのもきっとよくない。


黙っていられないので気持ちをまとめられないまま、僕はベストな回答の検索を一旦放棄した。

「僕は那青さんの肌を見る立場の人じゃあ、まだ、ない」

那青さんが何らかの覚悟を決めたのだから、僕も応えて悲観的立場で物を言うのは止す。

「もしかしての未来が前倒しになって露わになったわけだけど、現状そこに興味はない。見せられても那青さんと僕は別に何も変わらない。」

一応確認をとる。

「それ、火傷の跡……だよね?」

「……そうです」

那青さんは空いている右手で跡をなぞる。逆に艶めかしく映る。

「それを目にする形で那青さんと過ごす予定は今の所無い。そこに対する所感が必要になった時にまた訊いてくれればいい。今は関係ないんだ」

それを見た所で、僕から那青さんとの未来を閉じるようなことはないと、表明した。

「気にしないって言ってるの……?気になっても我慢するって言ってるの……?土壇場で道が途切れるかもって思いながら一緒に過ごすのは、辛いよ……!」

残念ながら僕の口から出た言葉は問題の先送りでしかなかった。

「私も今は関係ないことにする、とはならないんだね……」

「気にするよ……気にするに決まってるじゃん……」


僕の覚悟は全然足りなかったようだ。

いよいよもう一歩踏み込まないといけない、自分を晒さないといけないステージに来たんだと、改めて覚悟を決める。

リミッターを外せ!これを超えられなければきっと本当に希望している未来には至れないんだ。

そうならば、僕の言葉は極めて『僕らしく』あるべきだ。

空気を読めず、本音を言ってしまう僕が必要だ。問題を矮小化したり再度先送りになんてしたら、きっともう友達の資格すら失う……友達未満になってしまう。


「ちょっと怒られるかもしれないけど……本音を言わせてもらうね」

那青さんの身体がピクリと跳ねる。改まって『本音』とか言われたらそうなるよな。リミッターを外した僕はもうそういった小さなことへの配慮に頭が回らない。

火傷の跡をしっかり見据えて言葉を紡ぐ。

「僕は実は、今それを見てラッキーだったなとすら思っているよ」

なんだかんだと言ってきたが実際はこの一文に集約される。

「……意味がわからないよ」

「だって、だから那青さんは今まで恋人を作らなかったんだよね?傷跡を晒して引かれるくらいなら初めから……って」

「……」

この無言は肯定と取る。

「それがなかったら今僕はノーチャンスだったはずなんだ。何なら出会ってさえいなかった」

「でもそれは、明日香ちゃんが誘ってくれたから……」

「そんなことは、ないね。僕はさっき恋人がいる人の優先順位の特異性を見たばっかりだ。恋人がいるならまず恋人にすがったはずだよ。当のツルさんだって言ってたよ、『男ができると女は変わる』って」

僕が言われたのは男女逆だったけど、同じだ。

「僕はここに至れた原因の全てをラッキーだったと断じるよ」

「院試失敗したのも?」

そのツッコミは……心が解けてきた兆候のように見えた。

「悪いけどラッキーだったね。とは言えラッキーという言葉はやっぱり酷いかな?じゃあ、そうだなぁ……」

「待って。そう、そうだよ、この跡のことをラッキーって言うのだって酷いよ?」

那青さんの調子が戻りつつある気配が確かに感じられるようになってきた。

「本来僕はこういう人なんだ。知らなかった?だから友人も少ない」

「……ヤタ君の、言いにくいことをハッキリ言える所は、私は長所だと思う」

「そう言ってくれてありがたいけど、でもいつかきっと、そんな物言いに那青さんがイラつくこともあると思うよ。でも」

「でも?」

「こんな僕でよければこれからも一緒に、話したり、映画行ったり、本屋行ったり、遊んだりして欲しいです」


僕はデメリットを無視して精一杯『僕らしく』やりきった。バトンは那青さんに渡した。

ダメだったら、この1ヶ月少々は良い夢を見させてもらったんだと大切に心にしまって、また独りで生きていくだけ。

それは物凄く辛いけど、そういう覚悟で対峙したのが僕にとっての那青さんへの誠意だ。


「……」

「……」


無言が続く。正直逃げ出したいくらい怖い無言だ。

でも、待つ。

バトンが返ってくるのを。

いつまでも待つ。

那青さんから目を背けずに。

待つ。

「私も……」

待つ。

「私も今は関係ないことに、する」


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