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4.ヒロインがそこに立っていた

「よかったー2人にちゃんと伝わってー」

空に向けて乾杯をし、背もたれに体を預け祝杯をあげている……ラテで。

いやいやツルさん、そんなシンプルな感想では済まない話だぞ、これは?

あとついでに言うなら、このブッキングで那青さんのことを僕がどう思うかが想定に入ってないっぽいんだけど……

そうか、ツルさんにとって、僕と那青さんはどちらも『大事な友達』だそうだが、その意味合いが違うのか。当たり前の話ではあるが。

例えば那青さんは庇護すべき友人で、僕は玩具的な役割で使える友人とか。もしかしてピエロとしての使いどころを窺ってたのかもしれない。……そうだ、僕を那青さんの『気晴らしに使えるんじゃないかって思ってー』とかハッキリと宣っていたな……。だったら僕が那青さんをどう思うかなんて勘定に入れないよな。

そこでブブ……ブブとバイブ音が鳴り始める。僕ではない。僕はスマホとスマートウォッチを連動させているので、スマホを確認する必要はない。

眼前の2人は各々スマホを確認して、『あっ』みたいな顔をしたのは那青さんだった。

「ごめん、ちょっと電話が、ごめんね?」

明確な意思表示がなされる場合には彼女も動きに情報を出すようだ。それは意外と激しく、ごめんの仕草はチョップと言って差し支えない。実は類友?

少し離れたところで電話を取るのだろうか、通路に出て立ち上がり背筋をピンと伸ばした那青さんは思ってたより背が高かった。

座高低いのか……羨ましいな……胸は控えめでジャケットの形がキレイに出るな……などと初めは外見の特徴を別個に切り出した感想を抱いたが、一瞬ののち、彼女の全身を一枚の絵として捉えた途端に平時の思考が強制的に停止する。


初めて目にするその立ち姿は

今現在の僕にとって特別なものだった

そのシルエットも

チェックの巻きスカートも

編み上げのブーツも

ジャケットと相まったトラディショナルな服装も

ついさっきまで凝視を避けていたその端正な顔立ちも

頭のてっぺんから足のつま先まで全身


まるで、オリヴィア……

僕の新作のヒロインがそこに立っていた


すぐに通路を歩き始め、比較的人気が少ないトイレ前辺りで通話を始めるオリヴィア。

重心をおよそ7対3に左右の脚に振り分け、何かのモデルのような立ち姿で控えめに談笑するオリヴィア。

理性的で綺麗な印象が強かった各パーツが形を変え、整った配置を崩すことなく可愛らしさを発現した笑顔を見せるオリヴィア。

挿絵(By みてみん)


「『可愛いなあー』って?」

ツルさんのその一言で、那青さんに完全に目を奪われていたことを自覚する。

ニヤニヤした目のツルさんの表情は、僕をいじりたいときのソレだ。

別にそんなわけじゃないとは言えない程度にうろたえている自覚もあるので正直に話す。

「……うん、まるで僕のヒロインそのものだったから……」

「ギャー!何そのすっごい大胆な言い回しー!聞いてて恥ずかしいわ。えっ、えっ、ヤタ君そういう人だっけー?」

思考がまだうまく回ってなかったようだ。さっきの僕の言い方は確かに……『ギャー!』に値する。

「あ、いや、違う、誤解だ。単に僕が今書いている作品のヒロインに似てるって意味で」

「でも可愛くないヒロインなんて描かないでしょー?」

僕の場合はそうだ。僕は僕がかわいいと思えるヒロインを描く。

でもそれを認めると、那青さんに見惚れていたことへの追撃が加速しそうなので……

「そんなことはないけど」

敢えてぶっきらぼうにそう答えた。

「応援なら、するよ!」

「今朝、狙っても無駄だとか聞いたんだが?」

少しだけ追撃が逸れたので、思考がクリアになってきた。

「友達と友達がくっついたらちょっと嬉しいかもしれないけど、うーん、ごめん、無責任なこと言って」

やっぱりいじりたかっただけか。

「気にしないよ」

毎度会う度にツルさんにはいじられるのだから、いちいち真に受けていては心がもたない。

僕はコーヒーをすすり、カフェイン摂取で気分をフラットにするよう試みる。

ツルさんもラテに口をつけ、改めてという同意のもと会話が再開する。


「でも可愛くて、性格も良くて、芯もしっかり持ってて、実際モテてたんだけど、告白されたのだってあたしが知ってるだけでも半年に1回はあったぐらいじゃないかな……なんだけど、彼氏だなんだって話は全然聞いたことないんだよねー。興味がないってのは言い過ぎかもだけど、うーん、よっぽど勉強に打ち込んでいたのかなーって」

へぇ、友人であっても詳細な恋愛事情はおろか、恋人の有無もハッキリとは知らないものなんだな……。

違うな。

どこまで深い友人関係なのかはわからないが、ツルさんと那青さんは、恋バナを拒むほど浅い関係のようには僕には見えなかった。

いっぽうで、ツルさんと僕は恋バナを(ツルさんが一方的に)する程度には仲が熟れている。もう腐ってるかもしれない。ちなみに僕に『恋人』がいないのは漫画に打ち込むためであるとツルさんには了解してもらっている。決して恋愛に興味がないわけではなく、まあいずれは、そりゃあ、うん、欲しいさそりゃ。

でも、ツルさんと那青さんはバイトで知り合って仲良くなったというのなら……

「那青さんって勉強ばかりじゃなくて、バイトしたり遊んだりはしてたんでしょ?」

ツルさんは両の掌を肩の高さで上に向け、ぶんぶんと頭を左右に振った。

「それはそうだけど、やっぱり恋人できると時間の削られ方が違ってくるもんよ」

それは、ツルさんが言うと説得力あるなぁ。

大事なことなのでこれはちゃんと伝えておこう。

「ツルさんが言うと説得力あるなぁ」

ツルさんの恋の始まりと恋の終わりに会うことが多かったので、必然的に僕は彼女のことを恋多き女として認識している。

それはさておき。


「那青さんは何学んでんの?」

「哲学……那青ちゃんは哲学科だから」

なるほど、哲学を道として選んだならば、だったら個人的には少しは理解ができる。

「それは大変だ」

「なんでよ?」

ツルさんは頭の良い人だが、興味のないことにはとことん無知・無関心なところがある。

しかし今この時点では僕の『哲学は大変説』には興味を示しているようだ。

「僕は理工学部なわけだが」

「うん?知ってるけどー」

ちなみにツルさんが知ってるのは僕の学部名だけで、内容に突っ込まれたことはない。

「科学では『ここまでは正しいことにしよう』という前提で研究をすることが多いんだけど……」

理学と工学ではその程度は大分違うが、哲学との対比に於いてはそこを厳密にする必要はない。

「うんー?」

ウワッツハプン?みたいなジェスチャーをいただく。ツルさんは英米文学専攻だが、そこの人は皆こんななのだろうか……?

「なにか話や研究を進める際には『ここまでに不確かなものがあるにはあるのだけれど、ほとんど影響ないから一旦無視してスタートしてしまいましょう』みたいな、何らかの線引きをするんだよ、研究内容によって基準は色々だけど」

「あー『ただし摩擦はないものとする』みたいな?」

失礼だがちゃんと興味を持って、ちゃんと理解してくれてたようだ。

「そうそう、極端だけどそんな感じ。よく知ってるね?物理やってたっけ?」

褒められたのに気を良くしたのか、ツルさんは自慢げに

「かじって諦めた」

……まぁ表情と発言の乖離は気にすまい。

「なるほど。それであくまで私見なんだけど、哲学はそれを許しにくい。許しちゃうと真理にたどり着けなくなる……はず。前提を仮定で済ませて放置できないのはとても大変なんじゃないかって、理工学部生としては感じるわけで」

「それ合ってんの?」

『それ』の対象がピンポイントではなくなり広範囲になるのはツルさんが話に飽きてきたサインだ。話を途中で止めるのは気持ち悪いのでササッとまとめに入ることにする。

「だから私見だよ。哲学ってのは『真理らしいもっともらしいことを言っている人はなぜもっともらしいのか追究、その追究はちゃんともっともらしいか更に追究』。そんなことを延々とやらなければならないイメージ。だから1人の哲学者の文献に対して研究が幾多に枝分かれしていて、それぞれの枝の先で、そこ限定で論理的に、真剣に、もっともらしさを皆で確認しあうために言葉遊びをしているように見える。僕にはね」

これは僕の見立てとしては本音だ。

「言葉遊びって?」

「論理の乱れは一切許されないから微かな乱れを指摘しあう、そんな様がね、僕にはそう見えたのかな」

「よくそんな私見が出るね、いきなりー」

ちょっと褒められた気がした僕は自慢げな笑顔を作り……

「かじって諦めたからね」

そう言って〆た。

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