21.僕に友達がいないのは
僕が2人分の追加の飲み物を頼んだ、僕がだ。もしかしてポジな展開がこれからもあるかもしれないと、そんな可能性に期待をするのならば、僕は成人として恥ずかしくない程度には成長するべきだ。今のスキルの程度ではせっかくの展開をそのうち潰してしまう。まあ意気込みだけで成長できたら世話ない。拙い部分はせめて実直な姿勢を買ってもらえないかと期待をする。
「そ……そうなると、正直に言うと困ったことがあって……」
「困ったこと?」
「盛り上がる話題とかよくわからないんだ。こういう場ってあんまり経験ないから……」
「ふふっ、こういう場って?」
「えと……新しい人とお知り合いになる場?」
僕はこの会合について例えるにしても、合コンとかそういう軽々しい言葉は選びたくなかった。
「コンパとか、そういう?」
除外した単語が那青さんからサラリと飛び出た。僕の方が意識しているだけなんだな……。
「そういうのも含めたあらゆる出会いの……」
「私たち昨日出会ったじゃん。出会いも何も、もう友達でしょ?」
そうなのか、もう友達と言っても差支えないもんなのか。
ここで僕にアメリカンコーヒー、那青さんにアールグレイが届いた。
会話の展開ががちょうどよく収まっていたので、2人ともとりあえずカップに口をつける。
「あっ、違うか……『友達だからこそ見せられない』漫画を、ヤタ君、私に見せてくれたんだから。ごめん、私まだ知り合いじゃんね……昨日会ったばかりで」
那青さんが先の展開からネガに派生させた。その派生は全く望んでいない。
「い、いやっ、そういうわけじゃ、そういうわけじゃないよっ」
卑屈になることで相手が困ることもあるんだな……気を付けなきゃ……。
「僕はその、友達になりたいなって、いやもう那青さんが迷惑じゃなきゃ、ほとんど友達みたいなモンだって思ってるよ」
でも完全に友達とは僕からは言い切れない。
「でも僕は那青さんのことをあまり知らないし、那青さんも僕のことを知らないでしょ。だからつい、友達未満なのかなって、そう、思って……」
どの程度の深さなのかは相手の主観に任せざるを得ない。
「……ヤタ君の『友達』のハードルは高いなあ」
那青さんは微笑んではいたが、その発言にちょっと非難のニュアンスが感じられた。
めんどくさいと思われている可能性に思考が辿り着き、比喩ではなく視界の彩度が下がった。
「ご、ごめん。めんどくさいよね?」
「そこまでは言ってないし感じてもいないよ。えっとね、お互いの色々は少しずつ見せ合うのでもいいんじゃないかなって思って。友達になってから」
その意見には賛同しかねる。保険をかけるまではいかなくても根拠は欲しくないか?
「でもそれで気が合わないことがわかったらさ……」
「そうだね、疎遠になっちゃうかも」
「ぐっ、そうなるよね……」
それが普通の流れならば、今まで僕は誰に対してもリスクを取らず『友達』の判定を避け続けていたと言うことになる。それがハードルが高いってことか?その上『知人』に踏み込む・踏み込まれることも避けていたから、結果僕は誰に対しても『友達』の認定ができなかった、と。知人と友達の境目はわからないが普通に考えれば、知人に対し友達になるための関りを許してなければ、友達なんてできるはずがない。仲を深める過程は人それぞれで違うことは当然だとは思うが、少なくとも僕のやり方じゃ知人から友達への道筋がそもそも無かったことになる。僕に友達がいないのは、そういうことだったのか⁉リスクが恐いという感情が原因だったのか。
短くない時間、現実から五感が切り離されていたことに気付き、失態だったか?と那青さんの顔を窺うと、
「それでも改めて、友達になってみませんか?」
そう那青さんは笑って、仕切り直してくれた。
「う、うん!よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
今手の平で転がされたような気がするが、むしろ、それは救いの手だと感じた。
知人歴数時間で得た友達と疎遠にならないよう、この出会いは大切にしたいと強く思った。
那青さんは微笑んでくれている。友達になると真顔率が減るのだろうか。
那青さんは「じゃあさ、じゃあさ」と身を乗り出してきた。友達になるとアクションが大きくなるのだろうか。
「明日香ちゃんにも、ヤタ君と正式に友達になれたよって言っておくね?」
突然の予想外の宣言にはツルさんが巻き込まれていた。
「ほ、報告なんて別にしなくていいんじゃ?」
ツルさんに後日からかわれるシーンが頭に浮かぶ。でもツルさん視点だと、友達と友達が友達になったわけで……そう考えると報告するのが筋か。
「明日香ちゃんはきっと、ヤタ君に友達ができたことを喜んでくれると思うよ」
「なんで?」
「ヤタ君が東京で孤独にならずに済むから」
「そんなもんなのかな?」
「そんなもんだと思うよ。明日香ちゃんは本当にヤタ君のことを心配しているよ」
「……ツルさんが帰郷する前に、また3人で会えるかな」
那青さんから改めてツルさんの想いを伝えられ、少し感傷的になった。
ツルさんはサッパリした性格だとは思うが、今まで僕に愛想をつかさなかった点だけ見ても、縁を大事にする人と評価できる。そんな彼女なら、確かに……喜んでくれるかも知れない。
「うん。それもきっとすごく喜ぶよ!」
きっとからかいもセットで付いてくるだろうけど、それは必要経費だ。