98.良い菌・悪い菌
98.良い菌・悪い菌
母上は、俺の中身が異世界の者だと気付いていた。
いや、俺だけではなくエリザベートも。
あぜんとして声も出ない俺に、母上は笑う。
「イヤだわ、忘れてしまったの?
……でもまあ、ずいぶんと久しぶりだったものね。
10歳を過ぎることは”出てこなく”なったから
消えてしまったのかと思ったわ」
俺はかすれた声で尋ねる。
「……そんな昔から?」
母上はうなずき、昔を思い出しながら語った。
「ずいぶん幼い頃から、時々”出て来た”じゃない。
最初はビックリしたわよ。いきなり、
”ここは、どこ? なんでお目目が青いの?”
なんて言いながら泣き出したんですもの。
”何色のはずなの?”って聞いたら”髪も目も黒”だって」
そして苦笑いしながら俺を見た。
「そのあと話せる年頃になったら、いろいろ教えてくれたわ。
住んでいたのは……なんだったかしら?……トーウキョ?」
住んでいた町や名前、家族、習い事や学校。
その後出てくる単語は、俺の個人情報ばかりだった。
では俺はあの日、青いイナズマが当たった瞬間に
この体に転生した、というわけではなく。
「……異世界は前世の記憶で
この世界に転生したということでしょうか」
俺のつぶやきに、母上は考え込み、うなずいた。
「だって幼子なのに”テストが”とか”仕事が”とか言うのよ?
おまけにあなたの時には、すごくしっかり者になって
怖がりでも泣き虫でもなくなるんですもの。
教えてもいない知識を使って問題を解決するからビックリしたわ」
俺は片手で目を覆い、泣き笑いになる。
今までずっと、元の世界に戻れるかどうかを気にしていた。
俺たちが消え去った後の、オリジナルたちの行く末も。
でも、そうじゃなかった。
自分たちは元々”オリジナル”だったのだ。
俺は、いや、俺もレオナルドであり、
ただ前世かどうかわからないが、
元・世界の記憶を引き出せる人間だったのだ。
ソファーに座り込む俺を母上が不思議そうに見ているので、
「先に食堂へどうぞ。ここの料理は絶品ですよ」
と、言ってうながした。
母上はうなずき、こちらを気にしながらも出て行く。
それを見送った後、俺は考え込んだ。
”どうやって戻るか”などの検索結果が出ないわけだ。
今まで正直、この状況はどこか他人事だった。
客観視できたから対処できた面もある。
そこでふと気が付いた。
俺は懐から緑板を取り出す。
これは無かったはずだ。
あの青いイナズマが俺にもたらしたのは前世の記憶ではなく
このエメラルド・タブレットだったということか。
俺は緑板をじっと見つめる。そして。
「まあ、二人三脚で頑張ろうや」
俺は俺の中のレオにそう言い、立ち上がった。
************
「本当に美味しかったわ。
世界のどのレストランにも負けないわね」
母上はそう言って、隣に座るメアリーに笑いかける。
メアリーは頬を赤く染め、母上を見上げてうなずいた。
母上を最初に見た時から、メアリーは母に夢中だった。
陰で話した時、彼女が言うには
「エリザベートさんもフィオナさんも綺麗で可愛いけど。
あなたのお母様って……私が小さなころに見た女神様ソックリなの」
「すごいな、女神を見た事あるのか」
俺が驚くと、メアリーは口を尖らせて言う。
「これでも元・聖女よ。幼いころは見えたわ
……聖職者に引き取られてからは全然だったけど」
そして今も隣に座って、
目が乾燥するんじゃないかってくらい凝視している。
そんなメアリーに母上が今日の料理について質問をした。
「あのチキンソテーって、何のソースで漬けたものかしら?
ただの塩味ではなくて旨味が強くて……食べたことのない味で。
とにかく美味しかったわ」
それを聞いたとたん、メアリーはソファーで跳ねて。
「嬉しいっ! あれを気に入ってもらえるなんてっ!」
そう叫んだ後、フィオナに笑顔を向けた。
フィオナも激しくうんうん! とうなずいている。
「まだ試行錯誤しているところだけど……あれ、”ミソ”なんです!」
「ええっ!? いつの間に?」
「ああ、そういえば新しい麹を何種類か作っていたわね」
ジェラルドとエリザベートも口々に言う。
彼らの会話を聞き、母上はハッ!
と何か思い出したような顔になり
そして俺の横に来てささやいた。
「……もしかして”ミソシル”の”ミソ”、かしら?
貴方が小さい頃、スープを出すと
”これミソシルじゃない”って言ってたわ。
それがどんなものか聞いても全然わからなくって」
それはまったく記憶にないので、かなり幼い頃だろう。
そんなに前から、ということはやはり、
”生まれ変わった”という線が濃厚になるな。
母のいた場所にエリザベートが座り、メアリーの手を取る。
「がんばっているのね、メアリー。
本当に美味しかったわ」
エリザベートに褒められ、メアリーは照れ臭そうにうなずく。
そして感無量、というようにつぶやいた。
「美味しいものを食べるだけじゃなくて、
美味しいものを作る生活……本当に夢みたいだわ」
俺は、彼女が”生贄”にされた過去から少しずつ脱却し
新たな人生を進んでいることを嬉しく思い、目を細める。
俺の視線を感じ、メアリーはおどけたように言う。
「最初はね、カビだの腐食だの聞いて、
信じられない気持ちだったわ。
でも、あの時……ジェラルドさんが言った言葉がショックだったの」
確かにあの時、ジェラルドは言ったのだ。
”腐らせて作る”と聞き、ドン引きするフィオナに
発酵と腐敗の違いは”人間にとって有益な状態になるか”、
”有害な状態になるか”、の違いだと。
メアリーは屈託のない笑顔で笑いながら言う。
「ほんっと人間って、身勝手よね。
善と悪の基準は自分にとって有益か有害か、
それだけなんですもの」
話を聞いていたキースが、いきなり割り込んでくる。
「敵の正体はまさにそれ、それなんだよ」
俺たちは食後のほんわかムードから、
一気に現実へと引き戻された。
************
「それは”迫り来る光明”と呼ばれているわ」
母上がつぶやく。親父たちはあの死の断層で
その”迫り来る光明”と戦っているのだ。
強制的に全てを画一化し、あいまいなものも消し去り、
支配者が”不浄”と判断したものを”清める”、新種の光魔法と。
「支配者が”悪い”と思った菌は、全部除菌されるわけだ」
俺がいうと、フィオナが難しい顔でつぶやく。
「生のニンニクみたいですね。
あれを食べると腸内細菌が激減するみたいですし」
彼女の言葉をスルーし、キースは説明を続ける。
「”浄化”という名目で”粛清”を繰り返すこの光は
死の断層から、不定期にゆっくりと沸き上がってくる。
それは王妃がシュニエンダール国王城にある”祈りの塔”から
決まった信号を送ることで、
具現化したり、操っているんだ」
俺の友人が住むカデルタウンを一瞬で廃村にした時のように。
王妃はこの世界で唯一の支配者なのだ。
「あの町に王妃が攻撃を仕掛けている間、
北の断層では異常に静かだったのよ。
……まさか、あんなことになっているなんて。
後から知って、みんな衝撃を受けたわ。
王妃がいよいよ動き始めたんだと知って」
「あの方の最終的な目的は、何でしょうか」
ジェラルドが苦し気に言う。
以前、”王妃は何を企んでいる?”と
緑板で検索した時に出た結果は、
”この国を光で満たす”だった。
これは各国の教会がよく掲げているスローガンであるため
全然気にも留めていなかったが、
これを本気で実行しようとしているなら、
恐ろしいよりも笑いがこみあげるだろう。
母上がポツンとつぶやいた。
「イライザはね、決して悪人では無かったわ。
もちろん利己的でも無かった。
ただ異常なまでに自分の正義にこだわって、
単純な”悪”や理解しにくい”闇”を
異常に否定して嫌悪する性格だった……」
「闇イコール悪ではないのにさ。
頭の悪い人間はその区別をつけるのが苦手だからな。
世界は、そんなに単純ではないのに。」
キースはフン、と鼻をならして言い切る。
俺たちは沈黙する。
巨大な力を持った王妃と、どうやって戦うか、だ。
「このままでは、カデルタウンのような悲劇がまた起こるかもしれません。
ぜひ、お力添えさせてください」
ジェラルドがそう言うと、意外にも首を横に振ったのだ。
キースだけでなく、母上も。
「いや、君たちは国に戻らないとね」
キースは腕を組んで言い、母上も同意する。
「あの北の渓谷から湧き出る力を抑えるのは私たちの仕事よ。
今回みたいに、別の場所に漏れ出るケースも含めて、ね」
「シュニエンダール国を救うのはお前の仕事だ、レオナルド」
確かに親父たちがそれの侵攻を抑えている間、
俺がイライザを倒せば良いのだろうが。
おそらく俺は、困った顔をしていたのだろう。
キースが鼻で笑いながら言う。
「情けないな。ダンなら……」
「失礼します! 公爵から急ぎの伝令が届きました!」
その時、ドアの向こうで執事の切羽詰まったような声が聞こえた。
ジェラルドがドアを開けると、
そこには肩に連絡用のガルーダ鳥をとまらせた執事が立っていた。
彼は両手で文書を差し出しながら、不安そうな顔で俺を見た。
俺はそれを受け取って目を走らせる。
顔から血の気が引いていくのが、自分でも感じる。
俺は文書から顔をあげ、皆に言った。
「聖女べリアが民衆を相手にやらかしたらしい」
まあ想像つくわね、と肩をすくめるエリザベート。
「そのため彼女は教会から追放された……偽の聖女として」
結局それですか、と露骨に顔を歪めるフィオナ。
「そして今後教会は……聖騎士団の管轄となり……」
何ですかそれ! と眉をひそめるジェラルド。
「新たな聖女として選ばれたのは……王妃イライザだ」




