94.天才魔導士との再会
94.天才魔導士との再会
王妃は聖女でも、魔族でもない。
ただの自己中で傲慢なクズだ。
フィオナはそう言って、激しく憤っている。
いつもマイペースで温厚な彼女が、本気で怒る姿は珍しかった。
嫌なことをされても、怒るより悲しくなってしまうタイプなのだが。
見ると、彼女の手の中には緑板があった。
俺の視線に気づき、フィオナは緑板を掲げてみせる。
そこに書いてあったのは。
”王妃が王太子を主犯にすることにしたのは
シュニエンダール国の存続と安定のために必要だと考えたから”
「……まあ、王妃が考えそうなこった。
自分が王妃になったのは、”この国に安穏をもたらすため”だったし
勇者と弓手を引き離した理由も”世界の秩序を守るため”。
王妃が自分を誤魔化す時はいつもそうだろ。
自分の個人的な”要望”を、世の中全体の”必然”であるように思い込むんだ」
俺が呆れながら言うのを聞き、
フィオナは紫色の大きな瞳に、怒りの感情をたぎらせて言う。
「全ての母親が我が子に愛情を持つわけではありません。
それは私にもわかっています。
でも彼女は”これが正しい”と言い切るなんて
……自己欺瞞にもほどがあります!」
おかしい事だとはわかっているが、王家存続のために泣く泣く……
それならば、まだ旧態依然とする我が国ではあり得なくもない話だが。
王妃はただ、自分の保身を正論だと誤魔化しているだけだ。
「自分にとっての正義や価値観で、我が子を含め
他人の人生に干渉するのは止めて頂きたいですね」
ジェラルドもうなずく。
フィオナは立ち上がり、俺たちに向かって言い放った。
「もう、あの人を放っておくわけにはいきません!
またあのとんでもない光魔法を放つ前に、
みんなでぶっとばしに行きましょう!」
俺たち三人が彼女の握りこぶしを、あ然とした顔で見つめていると。
「さすがだね。本物の聖女の判断は間違いないね」
室内に突然、あり得ない人物の声が響いた。
ジェラルドは反射的に剣に手をつけ、俺は立ち上がる。
フィオナは小さく叫んで俺たちに結界を張った。
しかし、エリザベートは。
彼女は駆け出していた。
そして、声の主に飛びついていく。
驚きのあまり声も出ない俺は、それを見つめるだけだった。
エリザベートが涙声でつぶやく。
「……叔父様!」
誰も気付くことはなかった。
しかし部屋の片隅にいつの間にか、
天才魔導士キース・ローマンエヤールが立っていたのだ。
************
キースは俺たちに目もくれず、
信じられないくらい優しいまなざしで
自分の腕の中のエリザベートを見つめている。
そしてゆっくりとエリザベートが身を離し、
ハンカチで涙を拭った後、美しいカーテシーをみせて挨拶した。
「ご無事で何よりです、キース叔父様」
キースはそれを目を細めながら眺め、ゆっくりとうなずいた。
そして感極まった様子でつぶやく。
「……なんと美しく、気高く、強く、育ったことか。
兄上は”暗黒の魔女”などと謙遜するが、
これはもう、エリザベート、君は”聖闇の女神”だな」
昔からキースはエリザベートを”叔父馬鹿”で溺愛していたが
それはどうやら現在進行形だったらしい。
あごに手を当て、美術品を眺めるように言う。
「濡烏の髪、炎を閉じ込めた紅玉の瞳。
まさに黒の女王ではないか!」
「まあ叔父様ったら! 嫌ですわ。
私なんて、そこまで黒くはありませんもの」
そう言ってエリザベートは両手で頬をおおい恥じらう。
”黒・至上主義”の一族が理解できない俺たちは
ただ、そんな彼らを見守るだけだったが、
やっと彼に問いかけることができた。
「……今まで、どこにいたんだ?」
俺は”どこに潜んでいた?”という意味で聞いたのだが。
彼の返事は、死を偽装してからの経緯だった。
「体の再生に時間がかかっていたからね。
……兄上、本気でやるんだから。
まあそうでもしないと、王族を欺くことなんてできなかったけど」
”キース死亡”を偽装するのに
ローマンエヤール公爵は中途半端なことをしなかったのだ。
それは弟の実力を信じていた、とも言えるのだろう。
「身体を動かせるようになったらすぐ、ダンのところに行ったよ。
この国より、あっちのほうが切羽詰まっていたからね。
こっちはほら、ある程度はほおっておいても大丈夫だから」
俺を見ながら笑うキースの物言いに、
エリザベートが悲し気に抗議する。
「まあ、叔父様。生きる上では問題なくとも、
レオナルドはとても辛く、大変な思いをしたのよ?
……それに、私もとても悲しかったのですわ」
キースは前半はどうでも良い、という顔で聞き、
付け加えた一言には申し訳なさそうな表情でエリザベートに詫びた。
「俺も可愛いエリーを泣かせたくなかったよ。
でもしばらくは王家からの監視が厳しかったからね。
すまなかったね、エリー」
俺の苦労は丸無視される。
まあ俺がこの国にいる限り、”神に対する誓約”により、
国王は俺に手出しが出来ず、誰にも殺させないから安全なのだが。
ジェラルドは尋ねた。
「どうしてダルカン大将軍とは合流されなかったんでしょうか?」
「そうだよ、あいつも絶望してたんだぞ」
俺が抗議すると、キースは口をまげて反論する。
「ダルカンはずっと、シュニエンダールから監視されてたからな。
勇者の剣を奪いたいのと、万が一、勇者が生きていたら
真っ先に向かうのは彼の元だろうし」
そして、やれやれという顔で続ける。
「ユリウスは最初、居場所がわからなかったんだよ。
自分の成した婚姻が隠ぺいされたからってイジケ過ぎだろ。
まあ、教会のやり口があまりにも酷かったからね、
気持ちはわからないでもないが」
そしてソファーにドカッと座って肩をすくめる。
「後はまあ、王妃が一生懸命、この国を浄化するのを阻止したり、
闇の魔力を増加させて、光の魔力とのバランスを取ったり。
忙しかったよ、ほんと」
そうだ。恨み言よりも、感謝の念の方がはるかに多い。
国王に”神に対する誓約”をさせることで、
母は自死することなく、実質わずか一か月足らずで
”第三王妃”としての責務から解放されたことや
俺を出産後も国王を拒否しつづけることが出来たのだ。
俺は彼に尋ねる。
「母上を逃がす計画のために、自分の死を偽装してくれたんですね。
あなたの持っていたものを全て失うことになってしまった」
頭を下げる俺に彼は、ああ、そんなこと、と呟いて笑う。
「欲しいものは別に、いつでも手に入れられるし。
それに、この国の爵位はもうじき意味が無くなるだろうからね」
その言葉の重みをかみしめ、俺は黙り込む。
「聞いたよ。兄上から。
そんな天啓が下されていたとはね」
第二王妃から聞いた、俺の秘密。
”もしこの者が国を去れば、シュニエンダールは滅び、
この者が国に留まれば、シュニエンダールは破壊される”
エリザベートはすぐに、伝令用のガルーダ鳥で
父である公爵に伝えたのだ。
そして公爵からそれを教えられ、
キースが俺のところまで来たのだろう。
「母上はあなたに、天啓のことは言わなかったのか……」
俺がつぶやくと、キースはうなずく。
「国王や王妃が、”天啓”自体を抹消すると言っていたそうだ。
それには口外厳守することが必須だからね。
普通、天啓は広く伝えられるものだがそれをせず、
なんとか王妃の聖なる力で封じ込め、
この天啓を無かったことにするつもりだったらしい」
その点では母上も合意したのだろう。
おちおち外国に遠征できないようでは、不自由で仕方ないし、
しかも居たら居たで破壊、だもんな。
キースはニヤッと笑って言う。
「でも、どうやら失敗だったようだね。
お前が出国後、この国は荒れに荒れたから」
フィオナがキースに向かって言う。
「王子を連れていかないことを、疑問に思わなかったんですか?」
キースは軽く首を横に振った。
「だいたいお前はこの国に居れば、簡単には殺されないし。
”二人同時に事故死”で、”二人とも遺体は見つからず”は、
どう考えても国外逃亡を疑われただろうからな。
……ブリュンヒルデはただ、
”この子のために、連れては行けない”、そう言っていたが」
「この国のために、ではなくて?」
エリザベートが問いかける。
するとキースがほんの少し笑みを浮かべて言った。
「レオナルドのため、だよ。
もしこの国が滅んだとしたら。
たとえ自分がこの国を出たせいだと知らなくても、
お前はひどく悲しんだだろう」
俺は反射的にエリザベートを見た。
この国が滅んだとしたら、彼女も無事ではいられなかったろう。
「……ああ、確かにそうだ」
キースは俺に言う。
「当然だ。お前は、勇者の子だからな。
どの国が滅ぶのも望まないし、
どの民が困難に面していても助けるだろう」
「……この国の王族が困っていても放っておくけどな」
俺の言葉に、キースは笑った。
「そんなこと言って、まだどこか躊躇してるだろ?」
いきなり図星を刺され、俺は絶句する。
さっきフィオナに”これから一緒に殴りに行こうか”宣言されて
とっさに思ったのは、俺に国王や王妃が倒せるか、だった。
……特に、途中までは俺の父親だった国王を。
キースは見透かしたように言う。
「いっとくけど国王には元々、
お前に対する愛情なんて無いよ?
たとえ君が実の息子で、光属性だったとしてもね」
「しかしブリュンヒルデ様が妊娠初期に意識不明になった時、
”絶対に死なせるな!”って命令を出したんですよね?」
フィオナの言葉に、キースは笑い出す。
「ははっ、あの妊娠期間を誤魔化したやつね?
国王が死なせるな、と言ったのはブリュンヒルデだけだよ。
それはもうハッキリと医師に言い放ったからね。
”後継はカーロスやフィリップがいるから、もう必要ない!
子どもはどうなってもかまわない”って」
俺はキースに言い返す。
「だから、だよ。国王は本当に、母上のことを……」
キースは冷たい口調で言う。
「愛していたわけではないよ。必要だっただけだ。
自分の中の光属性を保つのに、ね」
そうか、そういうことか。
母上への気持ちが、彼を人間たらしめる最後の繋がりだったのだ。
だから母が消えてから、彼は完全に魔属性へと変わったのだろう。
キースは、やりとりに飽きたように立ち上がる。
「まあ俺たちも、やーっと集合したけどね。
ダルカンもユリウスも大忙しさ。
毎日死にそうなくらいにさ」
俺は前のめりになって尋ねる。
「親父たちはどこにいる? 何をしている?」
その問いにキースは笑いながら答えた。
「何って……彼は勇者なんだよ?
勇者がやることといえば一つだろ」
勇者は、何か巨大な敵と戦い、世界を救おうとするものだ。
キースは帰り支度をしながら、俺に軽い調子で言う。
「国王の首を取ったらって言ってたよな?
でもまあ、もうちょっと先になりそうだし……会っておくか?」
今度は間違えないぞ。俺は力いっぱい答えた。
「お願いしますっ! 会わせてください!」




