87.君が僕を知ってる
87.君が僕を知ってる
王太子から虐待を受け続けていた王太子妃ステラを
俺たちは無事に国外に逃すことに成功した。
これで王族周辺に、”正当な光の魔力”を持つ者はいなくなった。
俺たちは次の作戦を開始する。
国王たちのさまざまな罪を明らかにするのは簡単だ。
しかし王妃の”強大な力”に対抗しなくては、
いざ戦いとなったらあっけなく負けてしまうだろう。
彼女はあのローマンエヤール公爵家も、天才魔導士キースも
なかなか手が出せなかった怪物だ。
「国民全員を人質にするが、命を奪うわけではない。
国外に出たら無効……。
それ以外は、何も分かってないからなあ」
俺はそう言いながら両手を頭の後ろに組んで考え込んだ。
するとエリザベートが、思い出したように俺に尋ねた。
「そう言えば叔父様はあなたに
”国を離れるな”っておっしゃったんでしょう?」
「え? ああ、確かに言っていたな」
キースは去り際、俺に言ったのだ。
”お前はあの国から離れるな。……早く戻れ”、と。
「俺がこの国にいないとマズイことでもあるのか?」
俺がつぶやくと、ジェラルドが首をかしげながら言う。
「……そういえばチュリーナ国王が言っていたとおり、
この国の荒廃が最近進んでいましたね」
「本当に、戻ってきてビックリしました。
王子がいない間、どんどん悪化したみたいです」
フィオナも同意するが、俺は苦笑いで答えた。
「いや関係ないだろ。俺、何もしてないから」
エリザベートが緑板を見ながらつぶやいた。
「叔父様が潜伏しながらしていたのは、
王妃の行動を”監視する”ではなくて”抑制する”、だったわね。
なるべく行動できないように、
何かをコントロールしていたってことかしら」
「そうだな。”バランスを維持する”ってのや
”闇魔法の力を増加しておく”ってやつもあったな。
……闇魔法の、増加?」
俺たちは顔を見合わせた。
キースはもしや、闇魔法を増加してバランスを維持していた?
それはつまり。
ジェラルドが厳しい顔つきで言う。
「”世界の果て”と呼ばれる、フリュンベルグ国の北側にある大渓谷。
そこから”光の魔力”が溢れて来ているんでしたっけ……」
フィオナも不安そうにつぶやく。
「……チュリーナ国で助祭さんが暴走したのも、
不可思議な”光の魔力”を得たためでした」
そして王妃が国王に注いでいた、あの”清冽なる光明”。
俺は戦慄する。
人々の救いとなってきた”光魔法”。
それがじわじわと、恐ろしいものに変化している可能性があるのだ。
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今日、俺たちは王都から遠く離れたカデルタウンを訪れていた。
なぜなら緑板で”この国で最も危険な場所”と検索した際に、
出たのはこの片田舎の町カデルタウンだったのだ。
「……この、のどかな田舎が危険な場所だって?」
馬車を降りて見渡しながら、俺はあっけにとられた。
「魔獣が溢れる場所なのだろうと思ったんですが……」
ジェラルドも困惑している。
「もしかするとグエルみたいに、”実は魔属性”って人がいるとか」
エリザベートが言うと、フィオナが首を横に振る。
「馬車の中でもずっと気配を探っていましたが、
”魔族”の気配はまったくありませんでした」
俺たちはのんびりとした田園風景を見渡し、ふたたび馬車に乗った。
そして今度は、人が多い場所へと連れていってもらう。
「……ここが、この村一番の繁華街か」
「繁華街って……まあ、お店が並んでいるから
そう言えなくもないけど」
俺がそう言うと、エリザベートも見渡して言う。
魔物除けのゲートを抜けると、
両側に八百屋、肉屋、靴屋、花屋……といった
小さなお店が点々と並んでいた。
人通りも多く、みんなが楽しそうに買い物している。
念の為、なるべく地味な格好をしてきたが
この国一番の美形である俺とエリザベートは
どうしても目立ってしまう。
子どもが口をあけたままガン見しており、
立ち話をしている女性が小さな歓声をあげていた。
参ったな、話が聞けるかなあ……そう思っていたら。
「レオナルド……殿下? だよな?」
真横からそう声をかけられ、そちらを向くと
きちんとした身なりの若い男が立っていた。
見覚えのある風貌に戸惑っていると。
「覚えてるかな……いや、同じクラスの」
ああ! そうだ! 学生の頃の知り合いだ!
同じクラスで、比較的話したことがあるヤツだが。
いつものように名前が出てこない。
こればかりはエリザベートにも助けてはもらえない。
「レポート課題を一緒にやったことがあるし
学校の池の魚を釣って怒られたこともあるな。
覚えているが、名前が出てこない」
俺が正直にいうと、相手は笑って言った。
「相変わらずだなあ。ハンスだよ。
ここの領主の息子、ハンス・エバンス」
「あああ、思い出した」
彼はジェラルドたちを見て、あっ! という顔をし
「申し訳ございません、殿下。失礼いたし……」
「敬語はやめてくれって言っただろ? 昔から」
俺がそう言うと、ほっとしたように彼は言う。
「良かった。こんな田舎にいると、
貴族も平民も大差なくってさ」
そう言って朗らかに笑う。
彼とは結構、会話もしたし親しくもなった。
しかし定期的に入る王族からの監視により
彼は進級と共にクラスが離され、
俺との接近禁止令まで出されたようだった。
それも、俺が望んだこととして。
「レオナルド殿下が、”お前など口も聞きたくない、
二度と話しかけるな”、そうおっしゃったのだ」
そう命じられたと、他の生徒たちが話すのを陰で聞いたのだ。
何が何でも俺を孤独にしようとする王族のやり口に
悲しみや怒りよりも呆れた気持ちが強かったが。
でもハンスは今日、普通に話しかけてくれたのだ。
俺の戸惑いに気が付いたのか、彼はおどけたように言う。
「……知ってるよ。接近禁止を出したのは殿下じゃないって」
俺は驚いた。気付いていたのか!
「レオナルドはそんなこと言わない。
……他の奴らも、みんな内心ではわかっていたんだよ。
でも、それを表に出して一番困るのは殿下だ」
その通りだ。みんながそれを無視したなら、
学校を追い出されるのは俺の方だったろう。
俺の立場を慮ってくれたのだ。
なんだか堪らない気持ちになり、黙ってしまった俺に
ハンスは優しい笑顔をみせた。
「先生も、他の生徒も、みんな分かってたよ。
殿下は悪い人間でもダメな人間でもないって」
そう言ったあと、慌てて付け加える。
「まあ先生は、別の意味で悪い奴って思ってただろうね。
殿下はかなりの問題児だったし」
その言葉にうなずきながら、俺たちは笑った。
そしてハンスが嬉しそうにたずねてくる。
「もう、大丈夫なんだろう?
ロンデルシアやチュリーナ国で、すごく活躍したんだね。
国内の評価は爆上がりじゃないか」
俺がレオナルドになってから以前よりも
国内のさまざまな人と話す機会が増えたり、
また他国での華々しい活躍もあったりで
かなり悪評は払拭されたようだった。
すると今度は、人気が出てきたのだ。
まあ外見が良いせいだろうが、現金なものだな。
俺は肩をすくめて言う。
「いやー、マイナス評価がゼロになったくらいじゃないか?」
しかしハンスは強く首を横に振る。
そして一生懸命に言うのだ。
「そんなことはないよ。僕もここに来て、
”レオナルド殿下は昔からいつも、
貴族にも平民にもフラットで良いヤツだった”って
いろんな人に話してるんだ。
口は悪いけど、誠実で思いやりがある人物だったって」
彼の好意が照れくさくて、俺は冗談で誤魔化した。
「いやいや、やめておいてくれ。
クズ王子と呼ばれるほうがラクだからな」
するとハンスは真顔で俺に、ハッキリといったのだ。
「レオナルドはクズ王子じゃないよ」
「……。」
「そうですわ。よくご存じですのね」
エリザベートがぐいっと俺の前に出て、ハンスに言った。
俺が言葉に詰まったのに気付いた彼女が
無理やり会話に割り込んでくれたのだ。
「……これは! ローマンエヤール公爵令嬢!」
ハンスは顔を真っ赤にしてエリザベートを見ている。
シンプルな街着のドレスでも、エリザベートは輝くように美しい。
視線が離せないまま、彼女を見つめているハンス。
俺はその隙に息を整え、ハンスに彼女を紹介した。
「ああ、俺の婚約者エリザベートだ、ハンス」
ハンスはぎこちなく礼をし、
エリザベートも綺麗なカーテシーを見せた。
エリザベートが彼に告げる。
「こちらは素敵なところですわね。
風光明媚で、それでいて暮らしに必要なものが揃っていて」
領地を褒められ、いっそう顔を上気させてハンスが言う。
「ありがとうございます。
父と一緒に、この地の良さを活かして
シュニエンダール国でも有数のリゾート地にしたいと思っています」
それを聞き、俺はおおいに同意する。
「良いアイディアだな。旅行は、国民の余暇活動の充実や
地域の活性化につながるから」
「おお、為政者っぽいこと言うんだ。さすがは王子」
俺たちはふたたび笑い合った。
しかし。
楽しく幸せな時間は束の間のものだった。
俺たちはまもなく、緑板にこのカデルタウンが
”この国で最も危険な場所”、と出ていた意味を知ったのだ。




