83.関係の変化
83.関係の変化
俺はつい先ほどまで、グエルが魔人と化した時の状況を
国王と王妃から厳しく尋問されていたのだ。
「グエル元・大司教に乞われ、聖歌を歌ったのですが……
それをきっかけに、彼の体が変化していったのです」
俺は淡々と事実を述べるが、王妃はさらに追及してくる。
「なぜあの場に”真実の鏡”があったの?
ずいぶんと都合が良いお話だこと!」
国に潜んでいた魔物を見つけて捕らえたというのに
責めるような口調で俺をにらみつける王妃。
さすがに大臣たちも不思議そうな顔をしていた。
「あれを持ってきたのはチュリーナ国の司祭です。
教会の間では”世界中に魔族が潜伏しているらしい”と
問題になっていたそうです。
”まさか大司教が”、と驚いていましたが」
王妃はどこか不満そうな顔で横を向く。
「……お前は、グエルが怪しいと知っていたのか」
黙って話を聞いていた国王が、俺に言う。
問いかけではなく、事実の確認だ。
俺は素直にうなずいた。
「……はい。もちろん彼にはほとんど会ったことがなく、
最初に聞いた時には、何のことかわかりませんでしたが」
「誰に聞いたのよ!? その者は何と言ったの?!
なんでその者は、グエルが魔物だと知っていたの!」
ものすごい早口で、矢継ぎ早に質問を浴びせる王妃。
俺は充分に間を取った後、
苦し気な表情を作ってつぶやいた。
「……その者は毎夜現れ、俺にささやいたのです。
”この国に魔物が巣くっている”と」
「なんですって?! どこかの国の間者が……」
情報を漏らした犯人の手がかりを見つけたと思い、
興奮気味に叫ぶ王妃に、俺は首を横に振る。
「違うのです! それは人間ではありませんでした!
真夜中、息苦しくて目覚めると、
壁からスウっと人影がすべるように現れて……
青白い顔で俺を見下ろし、繰り返すのです。
”この国に魔物が巣くっている”、と」
そうしてさっきの、”何を言い出す、レオナルド”
という国王の言葉につながっていくのだ。
その幽霊が俺の母上、つまり自分の第三王妃だと知り、
国王は衝撃を受け、王妃は不快感を感じていた。
さらに俺が母上の残した”光の守護”を持つ弓を出すと
案の定、国王は激しく動揺し、
王妃の制止を振り切り、俺のところまで歩いてくる。
「騙されてはなりませぬ! どうせ偽物です!」
後ろで王妃が叫んだが、振り返りもせずに国王は言い返した。
「儂が見間違うわけないだろう。
これは……ブリュンヒルデの弓だ!」
俺は悲し気な顔で、手に持った弓を見つめながら言った。
「母上はいつも悲しそうで、何かを案じているようでした。
でもあの前夜は、いつもと違うことを言ったのです。
”明日、あなたは金の衣をまとった魔物に会うでしょう”と。
だからあの日教会に行き、グエルに会った時、
まさかこの者のことか? と考えたのですが……」
それを聞き、侍従たちはうなずいて、コソコソと会話を始める。
「本当にその通りだった、ということか……なるほど」
「使者からの伝言の話は、昔から聞くからな」
「ああ、そうだ。私の祖母も昔、
”戦死した夫が会いに来た”と言っていたよ」
さすがは異世界。魔物や精霊がごく普通に存在するのだ。
”幽霊の証言”も元世界ほど、拒否反応を見せる者はいないようだ。
特に国王に対する効果は想定以上だった。
”母上の霊”に説得力を持たせるために見せたのだが、
もはや国王は”疑う姿勢”すらみせていなかった。
俺は両手で、弓を国王に差し出した。
ビクッと体を震わせた後、伺うように俺を見て、
「触れても……」
といいかけて黙った後、やや乱暴に弓を手に取った。
触れても良いのか? と聞きたかったのだろうが
さすがにプライドが許さなかったのだろう。
国王は弓を両手で握りしめ、
泣き出す寸前の表情で眺めていた。
「本物ならば尚更、そのようなものお捨てくださいっ!」
王妃が立ち上がり、金切り声をあげながらこちらに来る。
「それはあんまりではありませんか!
これは母上の、数少ない遺品なのですよ?
私たちにとっては大切なものなのです!」
そう言って、国王を見た。さあ、どうする?
しかし国王は話が聞こえていないのか、
微動だにせず弓を見つめている。
「それをお渡しください! こんなものっ……ぎゃっ!」
王妃は国王からそれを奪おうとするが、
その瞬間、後ろに吹っ飛び、尻もちを着いていた。
国王が裏拳で、王妃を横殴りしたのだ。
「国王様!」
「ああっ、王妃様、大丈夫でございますか?!」
こんなこと結婚以来、初めての事だろう。
一度たりも仲睦まじかったことなど無い夫婦だが、
国王は聖女である王妃にずっと、
頭が上がらなかったはずなのだ。
侍従たちに助け起こされながら、
怒りで真っ赤になった王妃はぶるぶると震えている。
しかし国王は殴った体制のまま、弓を見つめていた。
「この溢れ出る光の魔力……ブリュンヒルデのものだ」
俺は急遽、作戦を変更する。
「もしよろしければ、お持ちください。
この光の力、俺が持っていても仕方ありませんし」
「良いのか?! レオナルドよ!」
そう叫んだ国王の顔が、ぱあああっと明るくなる。
俺がおとなしくこれを捧げてくれるとは思わなかったろう。
怒り顔の王妃が”信じられない”、といった顔でこちらを見ている。
俺は国王にささやく。
「これは始終、光の魔力を放出しています。
祭事の時などにも、役に立つかもしれません」
国王はピクっと、何かに気付いたような顔をする。
そうだよ、これさえあれば。
国王がもはや、”光の属性”を完全に失っている事はバレないし、
光属性の王太子妃も必要ない、ってことだ。
「……そうだな。その通りだ」
国王は初めて、俺の言葉を肯定する。
そしてくるりと向きを変え、弓を両腕で抱え歩き出す。
「……私は許しませんよ」
王妃がやっと声をあげた。
国王はそれを無視し、そのまま王座を通り過ぎ、
部屋を出て行こうとする。
「後でお話がありますわ! 必ず私の部屋に……」
王妃は命令口調で叫んだ。
国王はゆっくり歩きながら、前を見たまま言う。
「言いたいことがあるならこの場で言ってみろ。
……言えるものなら、な」
ひゅっと王妃が息を呑む音が聞こえた。
これは国王と王妃の主従関係が崩れた、ということだ。
硬直する王妃をそのままに国王は出て行こうとしたが
開かれたドアの直前でピタッと立ち止まる。
そしてゆっくりと振り返った。
詫びの言葉が出るか、と待ち構えている王妃を素通りし、
その視線は俺に注がれていた。
国王は俺に言う。まるで、父親のような口調で。
「レオナルドは諸国での討伐で大きく成長したようだな。
お前の王位継承権を、復活させることにする」
沈黙の後。奇声が部屋に響き渡った。
「ギエエエエエーーー!」
ビックリして見ると、その音の発生源は王妃だった。
「ギィヤアアアアアー! ギエエエエエッ!」
両手をこぶしにし、全身をこわばらせて叫んでいる。
俺以外は驚くというよりも、
ひどく困惑しているようだった。
その理由は、彼らのつぶやきによってすぐ明らかになる。
「ああ、また王妃様の発作が……」
「ここのとこ、頻度が増しているからなあ」
国王はそんな状態を無視し、
「宰相、手続きはまかせる」
そう言って部屋から出て行った。
御意に……と、頭をさげて見送る一同。
俺は彼らに混ざって頭をさげたまま、
思いもよらぬ展開に驚いていた。
王妃のお気に入りと思われる美形の侍従たちが
バタバタと駆けこんでくる。
「ああ王妃様! すぐにお部屋にお連れいたします!」
そうして暴れる王妃が運び出されていく光景を
上目遣いに見ながら、気付いたのだ。
ギエエエエエーーー!
ギュアアアアーーー!
遠ざかっていく、怪鳥のような、この奇声。
チュリーナ国で、助祭が異常な魔力を得て暴走した時、
激昂した瞬間に出した叫び声に、よく似ているではないか。




