81.今回の成果
81.今回の成果
わめき続けるグエルを収めた檻は馬車に運び込まれ、
ローマンエヤール公爵家の保有する施設へと送られていった。
グエル大司教が魔物だったことを一般市民にさらす。
他国の司祭は使者を走らせ、記者は伝令を飛ばした。
この事実はものすごい速さで国内外に広まっていく。
そうでなければ、王家に揉み消されるのは間違いないから。
今回の件に”王族も関わっている”と暴露しなかったのは
やり取りを国民が見ている中、混乱を避けるためだ。
圧政を強いる王族に対し、国民の不満は高まる一方だが、
爆発させるのは被害が大きい。改革には段階が必要だ。
今はまず、強い疑念を持ってもらうのみとする。
さあ、場所を移して作戦会議だ。
俺はシュバイツ公爵令息のディランと目が合う。
彼はフィオナを包み込むように立ちながら、俺を見ていた。
「……俺たちと動くのは、リスクが高いぞ?」
警告する俺に、ディランは呆れたような顔で言い返す。
「今さらかい? 誰が人を集めたと思ってる?」
もともと教会に目を付けられていたのだ。
グエルの仲間には裏切者としてとらえられても仕方ないだろう。
フィオナは彼にお辞儀をしながら言う。
「ありがとうございます!」
そんな彼女を温かい目で見ながら、
ディランは幸せそうに笑う。
……仕方ないな。
中途半端に知るのが一番良くないし。
「とにかくエリザベートを休ませよう」
「もう、大丈夫よ」
俺の腕から降りて立ち上がるエリザベート。
「お前の”大丈夫”は信用ならない」
そう言って俺は、側に控えていた兵に合図を送る。
彼はうなずき、馬車を呼んできた。
そのローマンエヤール公爵家の兵に送られ、
俺たちは宮殿に戻った。
部屋に戻ると、送ってくれた兵は真っ先に室内に入り、
慌ただしくカウチ・ソファーをしつらえる。
そしてエリザベートに向いて言う。
「こちらでお休みください。
すぐに軽食と飲み物をお持ちします」
「……ありがとう、ジェラルド」
エリザベートは優雅な仕草でそこに腰掛け、
積み上げられたクッションに体重をあずける。
彼は目深にかぶっていた帽子を取り、
笑顔で部屋を出て行った。
それはいつもの兵服ではなく、
ローマンエヤール公爵家の上級兵が着る
真っ黒な軍服をまとったジェラルドだった。
それを見送りながら、驚いた顔でディランが尋ねてくる。
「彼は今、ロンデルシア国へ出征していると聞いたが?!」
「ああ、行ったよ。んで、さっき戻ったんだろ。
別に帰国を報告する義務なんてないからな」
グエルがどのような魔族で、仲間がどのくらい居て、
どんな風に暴れるか分からなかった。
この作戦を安全に遂行するには、
彼のような超一流剣士に待機していてもらう必要があったのだ。
結果はまあ、あっさり仲間に見捨てられたのか、
大きな動きは見られなかったが。
とりあえず今は、市中の様子や教会の動きは、
ローマンエヤール公爵家の軍兵に任せておいたのだ。
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ジェラルドが戻ってきて、
彼に続いてメイドたちがサンドウィッチやマフィン、
いろんな種類の焼き菓子や色とりどりのケーキ、
チョコレートやキャンディが並べられていく。
そして紅茶などの飲み物を俺たちの前に置き、
一礼して部屋を出て行く。
エリザベートは上体を起こし、
フィオナと顔を見合わせ、嬉しそうに手を伸ばした。
二人でどれから食べるか相談を始める。
……どんな時でも食うよな。野戦の兵士もビックリだぞ。
俺は彼女たちに敬意を表する。あくまでも、心の中だけで。
とりあえず、話を進めよう。俺はみんなを見渡して言う。
「グエルから引き出せた情報をまとめるぞ。
まずは”黒幕は王妃”ってことで間違いないだろう」
「なんでですか?」
焼き菓子をモグモグしながらフィオナが聞いてくる。
「俺が”セレモニーで見た力”といった時に
グエルは”儀式で見せる力など”、と答えたんだ。
国王が力を見せるのは儀式ではなく、
慶事などの祝祭だけだからな。
逆に王妃は儀式の際に必ず、”聖女の力”を披露する」
フルーツがこんもりと乗った小さなタルトを持ったまま
エリザベートがうなずく。
まずは見て楽しんでいるらしい。
俺は続ける。
「それから王妃の力は、国外には及ばないということ。
俺が”国外に逃げる”と言ったらグエルは、
”そんなことをしても無駄だ”とは言わなかった。
国民を見捨てるのか、と俺を責めたんだ」
自分だけ助かるつもりか!、ということは、
国外逃亡すれば俺は助かるのだろう。
「ガウールまで行けば、間違いなく平気ですね」
フィオナはフロランタンをつまんで言う。
アーモンドをキャラメルで固めたそのクッキーを
宝石を楽しむように掲げて眺めている。
「でも逆に国内なら、全域に通用する威力を持つってことですよね?
それは計り知れない莫大な魔力ということになりますよ」
ジェラルドが眉をひそめて言う。
「まあ世界最強のローマンエヤール公爵家や
桁外れの魔力を持つ天才魔導士キースが
すぐに手を出さず、”時期を待つ”ことを選んだんだ。
尋常な力ではないことは、百も承知だよ」
俺は苦笑いで言う。
国民全員を人質にしているとすれば、
それはどのような攻撃を見せるのだろうか。
その名が出た時、ディランが目を見張ってこちらを向く。
王家とローマンエヤール公爵家が敵対する可能性など
考えたことも無かったのだろう。
それくらいあの公爵家は、王家に対し従順な姿勢を示していたのだから。
俺はもう一つ、グエルから得た情報を思い出す。
「あいつ、”この国の全ての者に地獄を見せ”って言ったんだ。
”この国の全ての者の命と引き換えに”じゃねえんだよ。
つまり王妃の攻撃は、
生命を奪うようなもんじゃないってことだ」
「強制的な労働力として搾取されるのかしら?」
エリザベートが手に持った紅茶のカップを眺めて言う。
「”赤子から老人まで”って言いましたよね?
さすがにそれは難しいかも……」
フィオナが可愛いピンク色のマカロンを前に首を振る。
「攻撃内容がわからなければ、対策のしようがないな」
俺はため息交じりにつぶやいた。
緑板での検索などとっくにしたが、
”王妃はどんな攻撃方法を持つ?”という質問には
ありふれた聖なる魔法ばかりだった。
”王妃は何を企んでいる?”は、”この国を光で満たす”。
こちらも教会がよく掲げているスローガンだ。
”王妃が隠していること”というのはまあ、
私的な理由での人事や侍女への虐待、
国の財産を勝手に使っていることや、
国王に隠れて数人の若く美しい侍従と遊んでいること、などた。
こんなのただの、”ダメな王族”ってくらいの悪事だろう。
それに、フィオナの言葉を聞いた時のグエルの反応もおかしい。
彼女なりの”救済”を、ただ馬鹿にするだけかと思いきや
最後までワアワアと喚き続けていたのだ。
「誰も、偽聖女の言うことなど聞かぬ!」
「そのようなまやかし、騙されてはいけない!」
……なんであんなに、必死だったのだ?
それに、気がかりがもう一つ。
今回、俺たちがたくさんの証拠を持ち、
グエルに嫌疑をかけていたことを知りながら、
イライザ王妃は何も邪魔をして来なかった。
それはグエルは正体を隠しきれる、と思っていたのか、
……それとも。
一瞬ゾッとして身震いをする。
しかし頭をふって、その不安感を振り払う。
教会や王妃の動きに、後れを取るわけにはいかない。
もはや、俺たちは始めてしまったのだ。
「……早めに動かないとな」
つぶやく俺の横で、ディランがうなづく。
「……そうだよ。早く予約しなくては!」
「予約?」
聞き返す俺をちらりとも見ないでディランは
ハムスターのように両手でビスケットを食べるフィオナをガン見しながら
焦るような声で早口に語り出す。
「ル・シャトランの厚焼きクッキーは予約が必要なんだ!
クリーム・ブリュレで有名なマダム・ルーサは半年待ちだし、
待てよ? オレンジショコラは姉上が予約していたな?」
そしてあぜんとする俺に振り返り、興奮気味に言った。
「いつもレストランで食事ばかりだったからな!
彼女がこんなに、甘いものが好きだとは知らなかったよ。
なんて可愛いんだ! なんて幸せそうなんだ!
ああ、早く予約して、たくさん食べさせてあげよう!」
……うるせえな、さっさと帰れよ溺愛野郎。




