78.正体をあばく
78.正体をあばく
とりあえず王妃を牽制しておいた俺は
フィオナたちのいる”聖セドレク教会”を目指した。
馬車の中、過ぎゆく風景を見ながら考える。
シュニエンダール国王はすでに、
元の”光属性”を完全に失い、”魔族”と化していた。
見た目に変わりはなく、その気配も抑えられているが、
いったいどのような手を使っているのだろう。
聖職者でも、公爵家のように高い魔力を持った者でも
今までそのことを見抜けなかったのだ。
”王太子妃を光属性の娘にする”と絶対に譲らなかったのは
自分が属性を失っていることを隠すためだろう。
祭事などで側に立たせておくつもりで。
自分の側に、光属性のものを置いておかねばならないのだ。
俺は昔を思い出す。
母上と俺の住まう宮殿に来て、
見上げるほど高く積まれた贈り物を披露しながら、
必死に母の関心を引こうとする国王の姿を。
「ブリュンヒルデよ、望むものはなんでもやろう。
ゆえに第三王妃としての務めを果たせ」
「お引き取り願います」
国王や贈り物に一瞥もくれず、母は単調な口調で言い放った。
怒った国王は顔をゆがめ、母を怒鳴りつけた。
「調子に乗るのもたいがいにせよ!
お前次第でレオナルドが奈落に落ちるのだぞ?!」
すると母上は真正面から国王を見据え、強い口調で言ったのだ。
「……誓いを破るおつもりですか? ご自分の命と引き換えに」
そこで国王はぐっと押し黙り、背を向けて去って行った。
「間違いなく、”神に対する誓約、だな」
それを聖職者や魔力の高い者の前で行うと、
その誓いは絶対的となり、
何人たりとも反することができない強制力を持つのだ。
国王は俺を殺したり、殺すことを命じたら死ぬんだろう。
だから出来るだけ俺を、凶悪な魔獣を出現した場所や
争いが激化した場所に兵として送りたがっていたのだが。
あいにく、わが国にはローマンエヤール一族がいる。
彼らがいる限り、全ての災いは瞬時に過去のものとなるのだ。
今まで何度も出撃命令が出たが、俺が向かう前には
”討伐完了”、”抗争終結”といった伝令が入ってきた。
喜ぶべきその知らせを、いつも国王は
俺の顔を見ながら苦々しく聞いていたっけ。
だから、作戦を変えたのだろう。
俺の評判をできるだけ落としておき、
あげく全ての罪をなすりつけ、
その結果、国民から恨まれ、
彼らの手によって殺されるように仕向けたのだ。
ずいぶんとまあ、憎まれたもんだな。
最初から俺を、我が子だと思っていなかったんじゃないか?
馬車が教会に着いた。
あちこちに飾られたバラの花が見える。
国王はいつも、母に山ほどのバラを贈っていた。
アイツが母上に異常な執着をみせていたのは、
光属性だったから、だろうか。
母に言い返され、泣きそうな顔で戻っていく国王の顔は
それだけではなかったような気がしたのだ。
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教会に入った俺が見た光景は、予想に反したものだった。
グエル大司教を中心に、各国から集まった聖職者たちが
穏やかな笑顔で談笑している。
その輪からちょっと離れて、フィオナとエリザベートも
淡い微笑を浮かべて彼らを見守っていた。
教会のステンドグラスから差し込む光も美しく、
それは荘厳でいながら平和な風景だった。
グエル大司教がふと顔をあげて俺を見つけた。
おや? と驚いた顔をした後、満面の笑みを浮かべて言う。
「これはこれは。レオナルド殿下がいらっしゃるとは驚きだ」
他の人々も、おお、という顔で俺を見ている。
……まあ、世界中で討伐の貢献人として有名だからな。
俺は彼らに礼をし、思いっきり笑顔を作って答える。
「ええ、もちろん参加させていただきます」
なんでお前が来るんだよ、とは言えないグエル大司教は
優し気な笑みを浮かべてフィオナを見ながら言う。
「そうですか、やはりフィオナの力を戻したいと、
殿下も願っておられるのでしょうなあ」
俺は即座に否定した。
「いえ、それは割とどうでも良いです」
その答えに、グエル大司教ではなく、
他の聖職者たちが顔をしかめる。
聖女復活は大切なことなんだぞ、という顔で。
俺は彼らに言い放つ。
「フィオナは力が有る、無しに関わらず”聖女”ですから。
どのような能力、どのような環境だろうと、
”聖女”としての役目を果たすでしょう」
意味が判らず困惑する人々に対し、
グエル大司教だけが一瞬、目に力をこめて俺を見た。
”なぜ、お前がそれを知っている?”と言わんばかりに。
「……力を回復させることにご興味が無いのでしたら
なぜこちらにいらっしゃったのです?」
グエル大司教は俺の目的を探ろうとする。
俺は彼に笑いながら言った。
「そりゃあ教会に来ますよ。
……だって俺、聖職者ですから」
「「「……えええええええ?!」」」
一瞬の沈黙ののち、全員が驚きの声をあげた。
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以前俺は、フィオナが新しい聖女の補佐として任命された際、
グエル大司教に命じられ、
彼女を陥れようとしたイザベル伯爵夫人を返り討ちにした。
その際、彼女と取引をしたのだ。
”夫の愛人を大切にする”という”神に対する誓約”を
しばらく休止状態にする代わりに3つの条件を提示して。
無視はして良いから、伯爵とその愛人を攻撃しないこと。
グエル大司教に関する情報を横流しにしてもらうこと。
そしてもう一つ、俺は彼女に条件を付けたのだ。
それは俺に、”召命を受けさせてくれ”、というものだった。
”召命を受ける”とは、つまり聖職者になる、ということだ。
クズで出来損ないと言われる王子がそんなことを言い出したのだから、
イザベル伯爵夫人が困惑したのも無理はないだろう。
彼女の実家であるシュバイツ公爵家は教会と繋がりが深く
イザベルは結婚した今でも、教会においてその権力を行使している。
彼女に頼めば、グエル大司教にバレることなく
”召命を受けた”という手続きを済ませることが可能だった。
もちろんシュバイツ公爵令息であるディランに頼んでも良いのだが
彼はすでにフィオナのことで教会と反発しており、
グエル大司教の監視下にいるのだ。
俺が”聖職者(仮)”になったのは、
教会の悪事を暴いていく際に、
”お前は無関係だ”などと言わせないためだったが。
とりあえず今日は、グエル大司祭の”討伐”が目的だ。
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「これは驚きだ。王子が聖職者としての道を選ばれるとは。
大司祭の地位など、いつでもお譲りいたしますぞ」
豪快にカラ笑いするグエル大司教に、
俺はにこやかに首を横に振った。
「別に上を目指そうとは思ってはいないよ。
一生、助祭以下でも良いくらいだ」
「……まあ、そうですな。殿下には厳しい道のりかと」
グエル大司教はそれを鼻で笑い、
あごを上げて俺を見下した。
ちょっとずつ、化けの皮が剥がれ出しているぞ?
まあこれから、一気にむいてやるけどな。
俺は全員から少し離れ、パイプオルガンの前に立つ。
そして大きな声で彼らに言った。
「今は”聖歌”の練習ばかりしていますよ。
なんせ入りたての見習い聖職者ですからね」
グエル大司教は馬鹿にしたような顔で大仰に驚き
「ほぉ~! 殿下が聖歌とは。
これは女性の信者が増えそうですなあ。
ぜひ、お聞かせ願えますか?」
「いやー、どうでしょう?
皆様の御耳にかなえば良いのですが……」
俺はそう言って振り返り、咳ばらいをしているフリで
緑板をすばやく操作した。
離れたこの場で、俺は歌い出した。
といっても、口パクだ。
流れ出した歌声は、緑板から流れ出るものだった。
男性の歌声だが、どこか中性的で、
穏やかだが、芯の強さを感じさせる。
歌詞は古代語らしく、俺にはまったく分からない。
何かの呪文のようにも聞こえるが……
まあ、これは呪文の一種なんだろうな。
その効果はさっそく現れたようだ。
最初フィオナは、
”えええスゴイ王子、歌上手かったんですねえ!”
などとつぶやいて大喜びしていたが、
曲が進むにつれて黙り込み、静かに涙を流していた。
エリザベートは最初から音源が緑板だと気付いたようで
悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見ていたが、
それは次第に熱の入った視線となり、やがて頬を赤らめていた。
他国から来た司祭たちは、おおお!と感嘆の声をもらし
徐々に手を組み合わせて祈る者や、
目を閉じて聞きほれる者もいた。
そして皆が感激する中、グエル大司教が絶叫したのだ。
「やめろ!! やめるんだあああああ!」
あぜんとするみんなの前で、
顔を真っ赤にしたグエル大司教は
歌を止めない俺に掴みかかってくる。
「うるさいいいい! 耳障りな音を出すなあああああ!」
グエル大司教の中の”魔属性”が、
勇者パーティーの僧侶ユリウスの
”かつて披露した歌声”に反応し、拒否反応を示したのだ。




