64.新しい聖女
64.新しい聖女
フィオナに会ったのは一週間ぶりだった。
新しく任命された聖女に、仕事の引継ぎを行っていたのだ。
フィオナが”劇的な”退任をして以来、
次の聖女はなかなか決まらず難航していた。
俺たちがロンダルシアに滞在中はもちろん、
ガウールに移動した後も、候補の中から絞れずにいたらしい。
理由は簡単だ。
そのうちに”教会の生贄”にするためには
さまざまな条件があったからだ。
緑板で調べて知ったのだが、教会の決めた”聖女”の条件は3つ。
まずは、”聖なる力”を多少は持っていること。
次に家族がいないこと。
そして最後に、対人関係が苦手であること……だったのだ。
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「とりあえず、美味しいものをたくさんください!」
フィオナは俺の宮殿に来るなり、そう叫んでいた。
白身魚のカルパッチョ、バター醤油のソテーや
濃厚なポタージュをもくもくと食べるフィオナに問いかける。
「やっと決まった新しい聖女、どんな奴だ?」
フィオナがビクッと肩を震わせ、
ジェラルドは焦ったように俺を見て、
エリザベートは俺を横目で睨んで言う。
「せめてゆっくり食事を取らせてあげましょう」
”今は触れてはいけないことだったらしい”、
と俺が気が付くのは、いつも地雷を踏みぬいてからだ。
どうやら俺以外の二人は、
彼女が疲れ果て、苛立った様子を見るなり、
新しい聖女はかなりの曲者だと見抜いたらしい。
……すごいよな、俺以外みんな超能力者か。
それでもしっかりデザートのケーキまで食し、
ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら
フィオナはゆっくりと語り出した。
「新しい聖女様は……
転生前の……元世界の職場を思い出せる方です」
「……なんだよ、それ」
俺の問いに、フィオナは視線を落として言う。
「身近にいませんでしたが?
……謝ったら死ぬ病気の人」
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「はじめまして、聖女べリア様。
私、元・聖女のフィオナと申します」
「知ってます」
べリアは即答し、”だから何?”という顔で見て来たそうだ。
フィオナは出合い頭からいきなり、先制パンチを受けたのだ。
”え? 私だってあなたの事知ってるけど、
挨拶ってそういうこととは別ですよね?”
そう思いながらも、動揺を隠しつつ、
フィオナは笑顔をキープして尋ねたそうだ。
「任務の引継ぎで呼ばれました。
他国に遠征していたため、遅くなり申し訳ございません」
「私が呼んだわけではありませんから。
別に全然いなくても問題ありませんでした」
初対面の人にここまで挑める、その心意気に感服しつつ
フィオナは側に立っている司祭に助けを求めたそうだ。
「あ、それなら良かったです。
では私はもう不要ということで……」
と帰ろうとしたら、司祭が慌てて引き留めた。
「とんでもない! 新しい聖女様は、
まだ一度も任務をこなされていません!
何もご存じないのです!」
「ええっ? 教会の務めや、皆さんへの奉仕活動は……」
思わずフィオナが驚くと、べリアは遮るように強い口調で言った。
「仕事ができなかったのは、私のせいではありません。
教えていただけなかったからです」
いや、教会関係者なら誰でも教えられるよね?
そもそも全然、問題なかったって、今言ったのに。
フィオナがあぜんとしていると、
司祭がすがるように言った。
「ですから、ぜひともご一緒に、
一通りの職務をこなしていただきます」
フィオナは察していた。
教会はなんとか、彼女を聖女として選び出したが、
この性格に手こずっており、扱いに困り、
元・聖女であるフィオナに押し付けることにしたのだ、と。
そうして、魔の一週間が始まったそうだ。
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「……ですので、ここで神に祈りを捧げます。
聖句はもう、暗記しましたか?」
「当然です。そんなの7歳の時には全て覚えていました」
「ああ、それは安心ですね!」
そう言ってフィオナは彼女を祭壇へと導き、
「それでは初仕事ですね。お願いいたします」
と、うながすと。彼女は黙り込んだままだった。
「……どうしました?」
フィオナが尋ねると、聖女べリアは不快そうに答えた。
「いきなり仕事をさせる気ですか? それも貴女が?」
フィオナがビックリして、首を横に振った。
「私の依頼ではありません。
これって教会が定めた、聖女の仕事ですよ」
それを聞いてもべリアは祈りを捧げることを拒否した。
「私より上の階級……少なくとも大司教からの命でないとお断りです」
フィオナはため息をつき、代わりに聖句を唱えたそうだ。
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久々の奉仕活動で集まった人々の前でも
べリアは態度を変えなかった。
「フィオナ様! お元気でしたか!」
「ええ、ありがとう」
「もはや力を失ってしまったとか。
あんなに数多くの人々を癒してこられた貴女が……」
そう嘆く人々に、”あの頃は軽い治癒しか出来なくて、
数で頑張るしかなかったのです~”と心で土下座しながら
「皆様をお守りしたいという気持ちに変わりはありませんわ。
今でも、あの程度の治癒なら出来ます。
ぜひ、お任せくださいね」
とフィオナは笑顔を振りまいた。
そしてみんなにべリアを紹介する。
「この方が、新しい聖女べリア様です。
私よりもずっと”聖なる力”をお持ちなので
皆の力になってくださることでし……」
「私はこの国の新しい聖女べリア。
皆の者、身をわきまえて仕えるが良い。
さすれば汝らに清らかな力と平安をもたらすであろう」
いきなりフィオナの言葉を遮り、
前にしゃしゃり出て来たのにも驚いたが、
その言葉の内容に、その場にいた全員がドン引きしていた。
沈黙の後、人々がざわざわし始める。
べリアはその様子を憮然とした表情で見ながらつぶやいた。
「……あなた方は、聖女を敬う気持ちも、
褒めたたえる気持ちもないのですね」
どうやら誰もひざまづいたり、
歓声をあげないことにイライラしたべリアは
プイっと後ろを向き、馬車へと帰っていく。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
フィオナが追いかけるが、べリアはどんどん進んで行く。
「きゃあ!」
そしてその途中、花屋のバケツに錫杖がぶつかり
中身の切り花ごとひっくり返してしまったのだ。
べリアは散乱する花を見て、さすがに慌てた様子を見せた。
しかし、それを拾い集めるフィオナと花屋に対し
「私は悪くありません!
こんなところにバケツを置いておくのが悪いのです!」
「なんだと!? こんなところって、うちの敷地内じゃないか!」
花屋の男は思わず言い返す。
それはそうだ。べリアが最短を行こうとして
花屋の敷地内を歩いたため、ぶつかったのだ。
「プロの花屋が人通りの激しいところに置くわけないわよね」
「最低じゃない? 謝りもせず、人のせいにするなんて」
見ていた人々の口から、べリアに対する非難が飛んでくる。
べリアは彼らをキッと睨んだが、
何も言わずに馬車へと急ぎ、そのまま乗り込んでいった。
あわてて追いかけたが、馬車はそのまま走り出し、
フィオナはそれを黙って見送るしかなかったのだ。
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「……初日からブチかまされたな」
俺が呆れてそう言うと、フィオナは苦笑いで答えた。
「いえいえ、その日はマシなほうだったです。
それ以降の彼女は、誰も、どうにもできませんでした」
間違っても、絶対に自らの非を決して認めない。
「相手や周囲のせいだから、謝る必要は無い」と
自分勝手な理屈や理論を言い訳に、謝罪を拒否。
そうしてどんどん町の人々だけでなく、
教会で働く人々たちとも険悪な関係になっていった。
彼女はフィオナの代わりに、
教会が隠れて犯した罪を背負わせるための生贄になるのだろう。
なんとか助けなくては、と俺たちは話していたのだが。
「これなら、教会のほうが負けそうですね」
ジェラルドも苦笑いで言う。
「でも、来週からはどうするの?」
心配そうにエリザベートが言う。
フィオナはガバッと顔をあげ、うふふ、と笑った。
「今日で一週間なんです。
これで一通り、一緒にこなしたことになります」
「じゃあ、もう彼女は一人でこなせるのか?」
俺が尋ねると、フィオナは首を横に振って言う。
「全然ですよ。メモも取らないし。
すぐに”そんなの知ってる”とか”
一度言えばわかる”っていう割に全然できなくて、
あげく”説明の仕方が悪い!”だもの」
疲れた顔でそこまで言った後、フィオナは急に悪い顔になる。
「でも、他の方でも教えられることですからね。
もう御守りは御免です。
だから彼女の性格を逆手に取ったんです」
やっと一週間経ち、大勢の教会関係者が集まっている場で。
「その場にはね、グエル大司教もいたんです」
この国の教会は、隠れてたくさんの犯罪を犯している。
グエル大司教はその首謀者であり、
近い将来、”聖女”にその罪を全てなすりつけようと画策している男だ。
「私、みんなの前で彼女を褒めたんです。
”力もすごいが、覚えが良い”って。
彼女を良く知る人たちはそりゃ微妙な顔していたけど、
現場を知らない上層部は、満足そうな顔をしていました」
当然、べリアは謙遜するどころか肯定した。
「ええ。もう全ての任務を覚え、理解しましたわ。
もう何でも完璧にこなしてみせます。……前の聖女以上に」
なんて言ってのけたそうだ。
フィオナはそこですかさず確認する。
「では私はもう、いなくても大丈夫ですね?」
「もちろんです。あなたはもう必要ありません」
「もう聞くことなど、絶対にひとつもありませんね?
私、来週から忙しくなりますので」
ダメ押しをするフィオナを、
馬鹿にしたようにべリアは言い返す。
「しつこいですわ。もう不要ですから、
あなたに聞くことなんて何一つありません!」
ウンウンうなずきながら納得している様子の上層部と
御守りを押し付ける相手を失い、大慌ての教会関係者たちに
フィオナはきっぱりと退職の挨拶をしたそうだ。
「と、いうことで、引継ぎ終了です!
来週からこの国を離れますが、どうぞ皆様お元気で!」
「えっ?!」
もう頼ることが本当に出来ないと知り、
慌てたべリアが馬車まで追いかけて来たが、
さっさと乗り込んで出発してたやったそうだ。
「今度は彼女に見送っていただきました」
そう言ってフィオナは可愛く舌を出して笑った。
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