61.シュニエンダール王家
61.シュニエンダール王家
今、俺は、王の間の中央で片膝をつき、
帰国の挨拶を終えたところだ。
目の前にはずらりと、
シュニエンダール王家の面々が並んでいる。
以前から気に食わない奴らだったが、
どんどん真実が明るみになった今となっては
さらに不快な存在へと変わっていた。
目の前に座るのはシュニエンダール国王。
淡い金髪に緑の目の、整った容貌をしている。
片肘をつき、汚物を見るような目で俺を見ているが、
どこか落ち着きがなく、イライラしている様子だった。
選民意識が強いのは良い。
王様なんてそうでなくちゃ、やってられねーからな。
だがそのために臣下を理不尽に虐げたり、
国民に過剰な圧政を強いるのはマズイだろう。
帰国して驚いたが、俺たちが不在の間に
この国の治安は悪化し、行政も混乱しているようだった。
異常に罰則が厳しくなっており、
監視の目が厳しいわりに犯罪が増加し、
一般市民は不安を抱えつつ無気力になっているそうだ。
その横にはイライザ王妃が座っている。
骨ばった顔に吊り上がったやぶ睨みの目。
思い切り口角が下がった薄い唇から出る言葉は
威圧的でかつ、意地の悪いものばかりだ。
彼女は昔、聖女として勇者に同行していたが、
片思いしていた勇者が弓手と結ばれたとたん
参加をとりやめて帰国。
”世界で最も力を持った聖女”ということをアピールし、
王妃へと成り上がり、国王を脅迫して
自分を振った勇者を殺させ、弓手を妾にしろと勧めた女だ。
そこまでは彼女の思惑通りに進んだが、
シュニエンダール国王が母を第三王妃として迎え
いろいろなものを貢ぎ、誰よりも厚遇したことにより
結局、嫉妬と劣等感に苛まれる日々を送ることになったのだ。
その横には王太子カーロスが立っている。
体はデカいが、母親によく似た風貌で、
えらの張った顔は頬骨が目立ち、
三白眼の吊り上がった目は爬虫類のようだ。
コイツの魔力は、次兄と違って本物なんだよな。
水属性の攻撃を、実際に俺は何度も食らわせられたからな。
子どもの頃、大事な式典の直前に、
後ろから下半身めがけて
”アクア・ショット”を打ち込まれ
まるでその場で漏らしたかのような姿にされたのだ。
すぐに離れた場所からエリザベートが
弱めの”炎の風”で乾かしてくれたが
登場に遅れたことを国王からネチネチと怒られる始末だった。
中庭で偶然に会った時など
俺の頭を水球で覆い、
呼吸が出来ずに苦しみ暴れる俺を見ながら
自分の臣下と大笑いしていたのだ。
その時は母上が彼の真横に弓を撃ち
鬼の形相で術の解除を迫り、事なきを得たのだが。
それはさすがに母上が強く抗議し、
公爵家が”正当な魔力の扱いに反する”とたしなめたため
同じことをされることはなかったのだが。
成長するにつれ、彼の攻撃は狡猾になった。
俺に友人が出来ると、権力を使って引き離したり
軍の戦闘訓練の最中に、俺の相手だけハイクラスの者にされたり。
なぜか実弾が飛んできたりもした。
まあ友人はもともと滅多にできなかった上、
浅い付き合いが多かったし
戦闘訓練や軍の任務は、
ローマンエヤール公爵の臣下が厳しく管理していたため
なんとか生き延びることはできたのだが。
どうにか俺に死んでほしいって気持ちは充分伝わっているが
その理由はなんだろうな。
母親の恋敵の息子だと知っているからだろうか。
この最悪な長兄の横には、
彼の妻である王太子妃ステラが立っている。
白いうりざね顔に淡いストレートの金髪。
大きな瞳は淡い青で、伏し目がちに視線を床へと落としている。
美しいといって良い外見だが、いかんせん弱々しい。
まあ、ビクビク・オドオドせざるを得ないわな。
”光属性”というだけで王太子妃に選ばれた彼女は
王太子カーロスに苛め抜かれ、粗雑に扱われているのだ。
……好き好んでこんな男の妻になったのではないだろうに。
次兄フィリップや、その婚約者レティシアは
まだロンデルシアに滞在しているようだ。
俺たちの活躍により、
ロンデルシアの魔獣襲撃に対する嫌疑が
表向きは晴れたことになっている。
しかし次兄は魔獣討伐の際、すぐさま逃走した罪を負っていた。
それに対する贖罪をすませなくてはならないのだ。
そのままあの国で鍛えられ、
あちらの婿になる、という話も出ていると緑板で知った。
今、ずらりと並ぶ宰相や大臣たちの中には、俺の味方はいない。
全員が侮蔑するような、冷たい目で俺を見ている。
四面楚歌。孤立無援。
なんとなく、そんな四字熟語が浮かんでくるが
それを頭の中でかき消し、別の熟語に書き換える。
孤軍奮闘、だ。
************
「向こうで何をしてきた。
誰と話し、何を聞いた」
ふんぞり返ったまま、シュニエンダール国王が俺に尋ねる。
ロンデルシアやガウールでの多大な功績を知りつつ、
褒めたたえることはおろか、労うことすらせずに。
「毎日、魔獣との闘いの日々でした。
ロンデルシアではすぐに大蛇グローツラングの討伐に赴き
なんとか撃退しましたが、今度は魔獣襲撃に巻き込まれ……。
正体不明の魔獣相手に苦戦を強いられました」
国王の口元が嬉しそうに歪む。
そうだよな、俺が苦しんだ話は嬉しいだろう。
ダルカン大将軍たちと相談し、表向きはそうなっているのだ。
俺たちが”勇者の剣”の奪取計画を阻止したと知られたら
怒りで卒倒するかもしれないからな。
俺は話を続けた。
「それらの魔獣はロンデルシアの兵が倒しましたが、
我が国への魔獣襲撃の嫌疑を晴らすため、
そのままガウールへと送られることになりました」
この国のためであり、自分たちのせいであるにも関わらず、
国王も大臣たちも”あ、そう”くらいの顔つきだ。
まあこの国の貴族は元々、下級兵や国民は、
”国の役に立って当たり前”といった感覚だからな。
「……行く前に、ロンデルシアの者と話したか?」
俺にはすぐわかった。緑板に出ていたからな。
国王は俺が、ダルカン大将軍と接触したか気にしている、と。
俺は顔を上げ、はっきりとうなずいた。
「はい。レティシア様の御父上や、宰相と。
討伐対象の決定時には、高名なダルカン大将軍ともお会いしました。
しかし最も困難な討伐対象に決められ、当惑しましたが」
「そうか。あの男がお前にそれを命じたか」
国王は片肘をつくのを止め、楽しそうに身を乗り出す。
ダルカン大将軍が俺に厳しい対応をしたと思い、
安心し、喜んでいるようだ。
緑板であらかじめ、どのくらいの情報を
この国が持っているか調べておいたのだが。
結果は驚くほど少ないものだった。
ロンデルシア、ガウール、チュリーナ。
全ての国での俺たちの行動や業績は、
各国が公的に発表した通りの情報のみだった。
詳細は全くといっていいほど知らないのだ。
これは、この国がいかに孤立しているかを表している。
俺は外交を任されるどころか、
国事にも不参加だったため知らなかったが
シュニエンダールは世界的において
水面下に断絶された状況にあるようだ。
やーい、嫌われてんの。
そういう気持ちが沸き起こり、俺も口元が緩む。
そして話をさっさと終わらせるため、続けて話す。
「ガウールでの討伐は、かなりの数を相手にすることになり
毎日が満身創痍でした。
ただ、そのおかげで、この国に多少なりとも
希少な品々を持ち帰ることができました」
魔獣から取った貴重な牙や爪など、
シュニエンダールに居ては得られない品の数々を、
俺たちは大量に持ち帰り、成果として納品したのだ。
「この国に役立てていただければ望外の喜びでございます」
俺は国王と、大臣たちを見据えて微笑む。
そして彼らの反応を待った。
今回、持ち帰った品々は、本当に希少で有益なものばかりだ。
宝飾品としてだけでなく、武器の製造や薬の生成など、
あらゆる分野で国に利益をもたらすものだった。
3つの大箱いっぱいに詰められた品々を見て
財務や資産を管理する大臣も鑑定士も
鼻血を吹き出さんばかりに興奮していたのだが。
……しかし。
彼らの反応は想定通りのものだった。
「……恐れ入りながら。
事前にご確認させていただきましたが、
たいしたものはございませんでした」
ニヤニヤと嗤いながら、大臣の1人が国王に言う。
「私も全てその種類と品質を検査いたしましたが……
残念ながら使えるものは一つもございませんでした」
他のものがそう言うと、別の者もうなずく。
「子どもが森で拾ってくるようなものばかりでしたなあ。
……おっと、これは失礼」
一同がどっと笑う。
国王も、王妃も、王太子も大笑いしている。
……そうか、残念だよ。
俺は心でため息をつく。
これが最後の分岐点だったんだけどな。
成果を正しく認め、
俺もそれなりにこの国の役に立つ、と受け入れるならば
たとえ困難でも、この国の体制はそのままに、
改善していく道を探ったのだが。
まあ異世界転生人としては全員に思い入れゼロなんだし、
見限るほうがラクっちゃラクなんだけどな。
俺は立ち上がり、その場を去ることにする。
ここに居る意味はもう無いのだ。
「そうですか……わかりました。
それでは全て、こちらで破棄させていただきますね」
俺の言葉に、全員の笑顔が消え、ムッとした顔になる。
「その必要はありませんよ。
まあ、無くても困りませんが、
せっかくお持ちいただいたんですし」
俺はにこやかに首を横に振る。
「そのまま捨てると危険なものもありますから。
現在、俺の補助魔法を使って厳重に封じてありますが、
お手を煩わせぬよう、自分で処理しますよ……では」
彼らは箱から出すこともできないと知り、
にわかに慌てだした。
そのまま出て行こうとする俺に、国王がイライラしながら言う。
国王もちゃんと、価値の高いものばかりだとわかっているのだ。
「自分の立場をわきまえよ。この国の王子なら、
成果は全て国に収めるものだろう。
どんなに下らぬものでも、な」
俺はわざと悲し気な顔を作って答える。
「ぜひそうしたいのですが……
あれらの所有権は俺だけでなく、
ロンデルシアおよびチュリーナにありますからね」
「なんだとお!」
一同が驚愕し、焦った声を出す。
国王は立ち上がり、目を見開いている。
そんな彼らに、俺はさも残念そうに言う。
「すでに売却する際の値段も設定されているのですよ。
それはもう、1品1品がビックリするほど高額に」
最初に品物を見た大臣が真っ赤な顔で叫ぶ。
「そんなこと、一度も言わなかったではありませんか!!」
俺はハア?! という顔を作り、彼に尋ねる。
「常識だからですよ。
”魔獣から採取したものの権利は、
取った者と、その土地の所有者で分けられる”。
……これをどこで入手したかはご存じでしたよね?」
取った者と土地の所有者では、
通常は権利の比率は”取った者”のほうの権利が大きいが、
今回の品物は、その逆にしておいたのだ。
だからこの宝の山が欲しければ、
この国は両国に莫大な代金を支払う必要がある。
実際のところ、両国とも俺たちに全権利を譲ってくれたのだ。
もしシュニエンダールが俺たちに感謝の意を見せてくれたり
今後の待遇を改善する姿勢を見せてくれたなら、
価格設定についてはなかったことにして良い、としながら。
今までのお前らの行動をもってして、
俺が何の策も立てずにここに来たと思うか?
おとなしく価値を認めていたら、
全部この国のものにしてやったのに。
俺は心の中で毒づく。
ぼうぜんとする彼らに、俺は朗らかに言い放つ。
「まあ、この国にとっては価値がない、
不用品ばかりだと聞いて安心しました。
とても払えるような金額じゃありませんでしたしね」
苦虫をかみつぶしたような顔の大臣たち。
あの希少な品々が手に入らないと判り、焦りまくる官僚貴族。
やがて国王が顎を引き、俺をにらみつけながら声を発した。
「レオナルド。お前はこの国に……
私に歯向かうというのか?」
……そうか。もう、始めるというのか。
まだちょっと早いような気もするが、仕方ない。
俺が決意表明しようとした、その瞬間。
「それでは全ての成果は我が公爵家が購入いたします」
王の間に響き渡る、凛とした涼やかな女性の声。
全員がその声の主を見ると、片膝をついた兵の前に、
ドレス姿のエリザベートとともに、
鎧で身を包んだ黒髪短髪の美女が立っていた。
あれは……! お会いするのは何年振りだろう。
俺は驚きの声を押し殺す。
それは滅多に会うことが出来ないとされる人物だった。
国王が驚いた声でつぶやく。
「ライザ・ローマンエヤール公爵夫人!」




