59.光は正義、正義は絶対的
59.光は正義、正義は絶対的
何が何だがわからないまま、
俺はエリザベートを追いかけた。
広間を抜けるとそこには祭祀に使う道具が飾られていた。
錫杖や鈴、水晶で出来た器や古びた鏡……剣や弓矢など。
聖職者が巨大な権力を持ち、
さまざまな祭祀を日常的に行うこの国らしい品揃えだ。
その先、いったん狭くなった後、
誰かが話している声が聞こえてくる。
俺はその入り口で身を隠しながら、中をうかがった。
部屋は横長だった。部屋の最奥には祭壇があり、
そこの壁を背にして、まだ見習いと思われる若い助祭が立っていた。
その向かいのかなり離れた場所に、
エリザベートは両手を組んで彼を見つめている。
あの表情は、警戒マックスの時のものだ。
この場にふさわしくない明朗な笑顔でパウル助祭が言う。
「私は全く悪くありません。仕事をしただけです」
「……そうね。そのとおりだわ。
でもその力はあまりにも不可解よ。
誰か上位の方に診ていただきましょう?」
なだめるように言うエリザベート。
パウル助祭はそれを、馬鹿にしたような口調で拒絶する。
「なぜです? そんな必要はありませんよ。
私が修行して得た力……いや、違うな。
私の才能がついに開花したのです」
妙にテンションが高い男、という感じだが
彼は異常極まりない姿をしているのだ。
服の袖から見えている両手は真っ白で
5本の指はそれぞれが三十センチくらい伸びている。
目は真っ赤に充血しており、
見開いたまま、一度もまばたきをしないのだ。
「その手を見て……体に異常をきたしているのよ。
このままにしておくわけには……」
エリザベートは必死に言葉での説得を試みている。
彼女が躊躇している理由は、相手はまだ人間であり、
今のところ何か犯罪を犯したわけではないのだ。
パウル助祭はそれを無視し、馬鹿にしたように吐き捨てる。
そして片手を前にかざし、白く細長い指を広げる。
関節が多くあり、それはまるで白い蜘蛛のようだった。
「美しいが愚かな女だ。
この素晴らしき力を恐れるとは。
しょせん”闇使い”は、我々の足元にも及ばない存在だからな」
エリザベートは顔をしかめる。
確かに闇を抑える光魔法はあるが、
その逆は極端に少ないのだ。
それでもエリザベートはなお、説得を続ける。
なるべく彼を傷つけることなく、事態を収めたいのだろう。
「素晴らしいならなおさらですわ。
ぜひ大司教様や司祭様にご披露して……」
ギエエエーーー!
その名が出たとたん、パウル助祭は獣じみた叫び声をあげた。
そして息を切らせながら、エリザベートをにらんで叫ぶ。
「あんな無能どもに見せろと?!
私の真価も分からない愚者どもにか?!
……何が”わきまえよ”だ! 何が”己を知れ”だ!」
なるほど、そういうことか。
俺はここに来る前、
”助祭は責任を感じて残ったのだろうか”
というジェラルドの言葉に、
兵たちが複雑そうな顔をしていた理由がわかった。
パウル助祭は普段から、”わきまえろ”などと
上司である司祭たちからたしなめられるほど
自分の才能や能力を過剰評価し、
それを隠さないヤツだったのだ。
自意識だけは高いが能力は低い。
そんな奴が何かのきっかけで強大な力を得てしまったのだ。
これが調子に乗らずにいられるか! って感じだろうな。
パウル助祭はぶるぶると体を震わせて叫び続ける。
「私は正しい! そして特別な力を持っている!
誰よりも強く、神聖な!
大司祭も、国王もかなわぬほどの力を!」
そう言って両手を天にかかげた。
大きく広げた長い指が、
蜘蛛の足のようにうねうねとうごめく。
それと同時に”裁きの雷”が神殿のあちこちに落ち始めた!
ピシャーン!
ピシャーン!
ピシャーン……
空気を振動させ、ものすごい音が連続して響き渡る。
地響きがして、どこかが崩れる音と、
大勢の人が騒ぐ声が聞こえる。
この部屋の周囲にもそれが降り注ぎ、
窓ガラスが大きな音を立てて割れ、家具が破壊されていく。
エリザベートは彼を拘束しようと「”陰翳の蔓”」を発動した。
パウルの背後から黒い影が、ツタのように絡まりながら、
体全体へと広がっていく。
そしてパウル助祭の体に巻き付き、彼の両手を封じたが。
「闇の力が光に敵うと思うのか?」
パウルが嗤いながら身をよじらせると、
ツタは一瞬でサラサラと砂に変わり、崩れ落ちていく。
そして逆に光魔法をエリザベートに向かって唱える。
「”戒めの鎖”」
光の鎖が肩のあたりからグルグルと巻き付き
エリザベートを拘束していく。
鎖は一瞬で足元までおよび、
彼女はその重みで座り込んでしまった。
鎖は重みを増したのか、とうとう床に倒れ込んでしまう。
それを見て彼は嬉しそうに手を広げて叫んだ。
「ハハハハハ! ひざまづいたな、闇の女め。
最強と呼ばれるローマンエヤールを倒したぞ!
やはり私は神の力を授かったのだ!」
「んなわけねーだろ、落ち着け!
どこの中学二年生だよお前はっ!」
俺は部屋に飛び込み、近づこうとするが。
いきなり現れた俺を見て、
パウルは大慌てで部屋の入り口に”裁きの雷”を落としまくる。
俺はもう一度、隠れざるを得なかった。
しかしパウルの注意はエリザベートから俺にうつすことができた。
闘い慣れてない彼は、もう倒したつもりでいるようだし。
”倒してねーだろ”、とは言わない。
ガキはムキになるからな。
かんしゃくを起こしたら手に負えない。
「レオナルド?! こっちに来てはダメ!」
エリザベートが振り返り、厳しい声で叫ぶ。
エリザベートは様子をみているだけだ。
自分への攻撃に意識を向けさせて”裁きの雷”を止めさせ、
隙を見て一気に叩くつもりなのだろう。
攻撃を受ける余裕がある、というだけだ。
エリザベートが妙に慎重な理由を
俺は部屋の床を見て納得していた。
……そうか。だから独りでこちらに来たのか。
パウル助祭の足元から
血で描いたような紋様が描かれており、
それは徐々に、周囲へと広がっていた。
「初めてみたぞ、”断罪の波紋”」
俺は顔を出し、思わずつぶやいてしまう。
案の定、パウル助祭は腹立つほどのドヤ顔をみせる。
”断罪の波紋”
これに触れた者は、その後一生
”神からの守護が消え去る”と言われている。
そうなると呪われてしまうと解呪できないし、
呪病にかかったら一巻の終わりだ。
パウルがニヤリと嗤って俺に言う。
「今後、お前たちに聖なる加護がなくなっても良いのか?」
そして歌うように、ウットリとつぶやく。
「俺を認めなかった国王も司祭も、
馬鹿にしてきた兵士も町の女も、
みな神から守られず、惨めに死んでいくのだ!」
真っ赤な”断罪の波紋”は、波打ちながらさらに拡大していく。
これを国中に広げられるとすると、確かにとんでもねえ力だな。
エリザベートは生粋の闇属性だ。
着いてすぐ、神殿の奥に広がっていく、
強大で独特なこの光魔法を感知したのだろう。
何よりエリザベートは”歴戦の女王”だ。
あのアーログを見てすぐに、
アイツはそんなに強くはないことを見抜き、
問題はアイツを生み出した力のほうにある、と判断したのだ。
それで、俺たちにアンデット・アーログをまかせて
独りでここに来た、と。実に彼女らしいじゃないか。
血の波紋はすでに、エリザベートの足元まで迫っている。
「ダメよ! レオナルド!
こちらに来てはダメ!」
こちらの意図を察して、彼女はもう一度叫ぶ。
俺は入り口から返答する。
「ああ! わかった! 行かねーよ」
そしてもう一度、身を隠す。
パウルがハハッと嗤い、エリザベートに吐き捨てるように言う。
「簡単に見捨てられたな。
闇属性の女など、いくら美しくとも捨てられる運命だ」
そして両手を大きく広げて叫んだ。
「光こそ正義だ!」
バンッ!
「”と、思っていた時期が俺にもありました”、だろ!」
俺の叫びに、パウルは信じられないものをみるように
矢に射貫かれ、壁に固定された自分の手を見ている。
その隙に二の矢を射る。
バンッ!
やや低い位置に、反対の手のひらも壁に固定された。
俺は第三の矢を構えつつ、つぶやく。
「……弓矢はまあまあ得意なんだよ。母上に似て、な」
祭祀に使う道具の中から、拝借しておいた弓矢だ。
シンプルながら壮麗な装飾が施されたこの弓は
おそらく何かの由縁ある逸品なのだろう。
後で国王に謝らないとな。
”断罪の波紋”は床に染みこむように、みるみる消えていく。
それを見たパウルは激怒し絶叫した。
「なんという愚かなことを! お前に天罰が下るぞ!」
「残念だったな、”神は罰を与えない”んだよ。
常識だろ? この似非聖職者め!」
パウルはなおも俺を睨みつけてくる。
「お前のような奴に、天の加護など与えられるものか!
この先、神にも見放され加護も恩恵も得られず……」
俺は弓を構えたまま、パウルに向かって歩き出す。
「いいか、よく聞け。
加護だの恩恵だの、くれるってんならもらってやるが
自分からそんなもん、欲したりしねえよ。
俺はな、常に与える立場なんだよ馬鹿野郎」
「なんと不遜な……!」
パウル助祭は目を見開いて絶句する。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
不吉な振動と音が響き渡る。
バキバキと音を立て、壁や床に亀裂が入っていく。
「神殿が……崩れるぞ」
俺は周囲を見渡しながら叫ぶ。
先ほどパウル助祭が落としまくった”裁きの雷”のせいだ。
ピキッ……
ピキキキ……
ピキキキキキキ……
振り返ると、座り込んだエリザベートを中心に
放射状に大きなひび割れが、床に走っていくではないか。
しまった! エリザベートのいた場所は、
先ほどまで”戒めの鎖”の重みがあったせいで
ひび割れが増していたのだ。
「レオ! 来ないで!」
顔面蒼白のエリザベートが泣きそうな顔で叫んだ。
まだ言うか、それ。……って、レオ?
ガラガラガラガラ……
エリザベートの足元が崩れ始める。
「エリー!」
また誰かが叫ぶ。俺は走った。
それが誰の意思であるかわからないまま。
「レオっ!」
エリザベートと視線が合う。
彼女が差し伸ばした手を俺は強く握った。
そして二人とも、瓦礫とともに落ちて行ったのだ。




