57.ガウールからの出立
57.ガウールからの出立
母上だけでなく、勇者だった父も生きていた……。
俺は長い時間、あぜんと虚空を見つめ黙り込む。
そして重大なミスを犯したことに気付き声をあげる。
「……しまったあ!」
つまり、あの時キースが言った
「お前の母親に会わせてやろうか」
というのは、別に”死んだ母親に会う=俺も死ぬ”ではなく、
その言葉通りのものだったのだ!!
母に会える千載一遇の機会だったのに……なんてことを、俺は。
うめきながら頭を抱えこんでしまう。
「ぱうー……」
眉を八の字したファルが、俺の顔を見上げ心配してくる。
もともとローマンエヤール公爵家は、
発言を必要以上に悪い意味で受け取られたり、
意味もなく”裏がある”と思われがちな一族だった。
「これで良いかしら?」
とエリザベートが確認しただけなのに、
”てめえ、こんなんで良いと思ってんのか馬鹿野郎”
と思っているんだ! と深読みされたり
「ならば結構だ」
と公爵が了承したとたん、
見限られた! と思ってパニックを起こす臣下がいたり。
長年の付き合いである俺には耐性があると思っていたが、
まんまとそれにハマってしまうとは。
慰めるようにジェラルドが言う。
「僕らは全員、あの方が馬車の事故の首謀者だと知り
疑いの目で見ていたので仕方ありません」
「あの人きっと、また来ますよ。
その時は素直に”ぜひ会わせてください”っていいましょう!」
フィオナも言うが……俺は何となく思っていた。
妙に生真面目な一族のことだ。
俺が国王の首を取るまで待っているのではないか?
……そんな奇妙な予感が浮かんだが、なんとか振り払い
心配そうにこちらを見ている二人に笑顔でうなずいておいた。
************
「こんなに急なお別れって、ある?」
メアリーは泣きそうな顔で、ほおを膨らませる。
「別にお別れじゃねえよ。お前も来ても良いんだぞ?
もう、どこに行こうと何をしようと自由なんだから」
俺がそう言うと、メアリーは怒り顔になって言い返してくる。
「行かないわよ。たくさん育成中のショーユがあるんだもの。
私はこのまま、もっと濃くて旨味の強いショーユを作るんだから」
エリザベートが作っておいた魔石には闇魔法で腐敗……
いや、発酵を促進する魔法を、
フィオナが作った魔石には”聖なる力”が込められており
麹菌・乳酸菌・酵母菌たちを活性化させるのに使い
時間や温度などいろいろ試す予定なのだ。
メアリーは急にしょんぼりしてうつむく。
「……やっと、今までで一番、幸せだったのに」
俺は彼女の頭をポンポン、と叩いて言った。
「この程度の生活で、でか?
そんなことをエリザベートが聞いたら怒るぞ、きっと」
「そうですよ。むしろこれからもっと忙しく、楽しく
やりがいのある生活が遅れますよ」
ジェラルドが笑顔で言い、フィオナもうなずく。
「まだ食べてない美味しいもの、たっくさんあるからね」
「そうだそうだ。来月にはモモやブドウも収穫できるし
秋になったら栗やイモが取れるからな」
「そうなると、スイーツも盛りだくさんね」
「待て待て、魚もいろんなのが旬を迎えるぞ?」
「何い?! 肉はなあ、年がら年中旨いんだぞ~」
気が付くと俺たちを見送りに、村の人たちが集まってくれていた。
そしてメアリーを囲んで、励ますように言う。
「俺たちは美味いものを作ったり捕ったりするからな?
嬢ちゃんは、なんだ、あの……ショーユを完成させるんだぞ」
「そうだよ、次に皆さんがここに来た時に、
みんなでビックリさせようぜ!」
そう言って笑い合う彼らを見て、メアリーもやっと笑顔を取り戻す。
ガウールに来てからの日々。
戦ったり呪われたりで本当に忙しい日々だった。
一時はどうなることかと思ったが。
結局この地でファルとも再会できたし、
かなり真相にも近づくことが出来た。
正直、何よりも俺が嬉しかったのは、
一般の人々が先入観なく俺に接してくれたことだ。
シュニエンダール国での第三王子レオナルドは、
問答無用で”嘲りの対象”か”鼻つまみ者”だったから。
まあ、そうなるように、王家がせっせと”宣伝”してきたからな。
”上の王子はすでに地政学で優秀な成績を収める。
しかし第三王子は未だ未習得”
そもそも俺だけ教師をつけてねーだろ。
”王太子はフリュンベルグ国において、王の代行として挨拶。
第三王子は泥酔のため醜態をさらす”
この見出しを見た時は、周りの視線が痛かったよ。
なんせその数週間は学校から出てなかったからな。
”え? ……いつフリュンベルグに行ったの?”って
俺も先生もクラスメイトも困惑してたよ。
まあ、人並みにサボったり暴れたりもしたが
母上が嫌うような”他人の尊厳を傷つけるようなこと”や
”誰かが大切にしている何かを壊すこと”なんてのは絶対にしていない。
しかしこんな調子で王家が
どんどん”俺の悪行”や”俺の無能っぷり”を広めるもんだから
国内での評価は”地に落ちる”どころか、
地中に潜り込んでいったのだ。
しかしここ、ガウールの人々は気さくに話しかけ、
自分で見たとおりの俺を評価してくれる。
そんな彼らに、俺は心から感謝した。
もはや”陸の孤島”ではなくなったガウールは
どんどん発展していくのだろう。
彼らがたくさんの幸せを得ることを願いつつ、
俺たちはこの地を旅立った。
************
「やっぱり叔父様は……」
そう言ってエリザベートは泣きそうな笑みを浮かべた。
事の顛末を伝え、検索結果を見せたのだ。
俺たちは帰国の前に、ここチュリーナ国でエリザベートと合流した。
裁判がなくなったという割には
エリザベートの滞在は長引いていたのだ。
彼女はすぐに、俺を気遣ってくれた。
「良かったわね、レオナルド。
お母様もお父様もご健在だったとわかって」
「……まあな。なんで俺を置いていったのかは聞きたいがな」
俺がそう言うと、フィオナがめずらしく諭すように言う。
「”母親が我が子を手放す時は、そのほうがその子のためになる時”
私は孤児院で、院長先生にそう言われました。
……王子もそういう理由ですよ、きっと」
親父が生きていたことを、
彼らが世間に公表しなかった理由は明解だった。
”世界が危険にさらされるから”
シュニエンダール国王だけでなく、
元・聖女である王妃イライザが
国民どころか、世界中の人々を敵に回しても
手段を選ばず”勇者”を殺そうとするから、だと。
下手をすれば戦争が勃発したらしい。
……どんだけ憎まれてんだ、親父。
そうなると母上や俺は、格好の人質になってしまう。
だからキースや公爵家が
俺たちを逃がす機会をうかがっていたようだ。
しかし父との密会を重ねるうちに、
母がふたたび子を身ごもったのだろう。
……その辺は会ったら、両親を問いただしたいところだ。
どんどん明るみになっていく真実に、俺の気持ちは急いていた。
「で、もうここを出立できるか? 国に帰るぞ」
俺の言葉に、エリザベートは急に悲し気な顔になる。
「どうしました? 何か気がかりでも……」
ジェラルドが彼女に問いかけると、
エリザベートは慌てて俯いてしまう。
「それは、その……」
エリザベートらしからぬ、口ごもり方に戸惑っていると。
そこにチュリーナ国の宰相が笑顔で室内にやってきて告げる。
「失礼します。チュリーナ国王がご依頼の件でお呼びです」
「依頼? なんか頼んだのか?」
エリザベートは動揺したように目をそらす。
謁見の間に無理やり付いていったら、
彼女が挙動不審な理由はすぐさま判明した。
チュリーナ国王と挨拶を交わした後、
彼はビックリすることを言い出したのだ。
「こちらとしてはレオナルド殿下に、
あの無主地を報酬として与えることに賛同するし
チュリーナ国の辺境伯の爵位を与えることは問題ないのだが。
お父上はどう思われるでしょうか」
俺は驚いてエリザベートを見る。
彼女は観念したように、ポツポツと自分の計画を白状した。
どうやら俺を、ガウール辺境伯にする計画だったようだ。
ロンデルシア国王とチュリーナ国王に
両国の中間地点である無主地であるガウールを
今回の報酬として与えられ、
あの地で静かに暮らして欲しい、と願って。
そしてガウールを”世界的なリゾート地にする”と言ったのは、
大きな付加価値をつけることで世界の関心を常に集め、
1つの国が独占・干渉しにくい状況を作るためだ。
つまりシュニエンダール国が勝手な手出しをできないように。
エリザベートは両手を合わせ、切ない目でつぶやく。
「シュニエンダールには帰らない……いえ。
もう行かないで、レオナルド」
俺は困惑しつつ答える。
「しかし俺たちは帰らなきゃならないだろ?」
「大丈夫、後は私にまかせて。私が帰れば問題ないわ」
拒否するエリザベートの様子に、俺は違和感を感じる。
「良い案だとは思いますが、今ではない気がします。
王子には、やらねばならないことがありますし」
「全部終わったら、みんなで移住しましょうよ、ね?」
ジェラルドも優しく反対し、フィオナもとりなすように言う。
しかしエリザベートは妙に必死だ。
「ダメよ。あの国に帰るのは」
その顔を見て、俺は引っかかるものがあった。
「おい、エリザベート、お前……」
その時。
血相を変えた兵が、国王の下に飛び込んでくる。
「謁見の最中、失礼申し上げます!
国王様、緊急事態です! またあれが起きました!」
それを聞き、国王の顔色が一気に悪くなる。
「まただと! そんな、まさか……」
兵は息を切らせながら、苦悶の表情を浮かべて叫ぶ。
「よりによって、あの罪人たちなんです!
”騎士の称号”を盾に暴れていた、あの罪人が!」
「なんということだ! あの凶悪な者達が!」
国王は椅子から立ち上がって叫んだ。
エリザベートが両手を口に当て驚いている。
「聞いてはいたけど、まさか本当に起こるなんて!」
俺はエリザベートに尋ねる。
「アーログたちに何が起きたんだ?
そもそもアイツらって、死んだんじゃないのか?」
エリザベートではなく、国王が答える。
「その通りだ。”天罰の符札”を着けられたあの者達は
己の罪の重さに命を奪われて死んでいった。
しかし、それが蘇ってしまったのだ!」
驚き硬直する俺たちに、エリザベートが詳しく説明する。
「罪人といえども弔いはするから、神殿に運ぶでしょ?
その際に神官が、死者の魂を浄化するために
光魔法である”清浄なる光明”を唱えるんだけど。
”その光を浴びた死者が、ごくまれに蘇ることがある”
って聞いて……まさかと思ったけど、本当なのね」
エリザベートが詳しく説明する。
「生き返ったってことか? じゃあ、とりあえず牢屋にでも」
困惑しつつも俺がそう言いかけると、
チュリーナ国王もエリザベートも、伝令を告げた兵士まで
大きく首を横にふったのだ。
そして兵士が泣きそうな顔で答える。
「生き返ったのではありません。
魔物として動き出した、といったほうが早いです。
……その激しい動きも、あまりに恐ろしい姿も」
つまりあのアーログたちは今、
”醜悪なゾンビになって暴れている”、ということだ。
俺たちはそのまま、神殿へと駆け出して行った。




