56.くつがえされる前提
56.くつがえされる前提
霧もすっかり晴れ、森は活気を取り戻していた。
鳥のさえずりが聞こえ、小動物が枝をかけまわっている。
俺は足元で目を閉じて休んでいるファルを眺める。
前足を前に伸ばして座るリラックススタイルで、
その被毛に小ファルたちがもぐりこむようにして寝ていた。
「……ぱう?」
俺の視線に気が付いたファルが目を開き、小さく吠えた。
”あ、お話は終わりましたか?”といった呑気さだ。
俺はしゃがみこみ、ファルの頭を撫でる。
キースが莫大な魔力を用いて、
森の魔獣たちを殲滅した時には
バリアの内側で俺たちと一緒に震えていたのだが。
その後は”もはやその場に敵はいない”、と判断したらしい。
会話の内容がわからないせいなのか、それとも。
「……とにかく、戻ろう」
ジェラルドたちは黙ってうなずく。
この森にはもう、主だった魔獣も妖魔もいない。
俺たちがここで出来ることなど、もう何もないのだ。
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「叔父様に……お会いしたのね」
緑板の向こうで、エリザベートがつぶやく。
彼女がどんな顔をしているか、俺には判った。
困惑と喜びが混在した、複雑な表情だろう。
”俺たちが異世界転生したのは彼の仕業だ”という真相を知り、
エリザベートは言葉を失っていた。
俺たちは”異世界転生”というものが、
人為的に起こせるものだとは思ってもみなかったのだ。
「では叔父様は、いつか私が絶望するってご存じだったのかしら」
「いや、それは違うと思う。アイツは言っていたんだ。
”念のために仕込んでおいたけど、まさか発動するとは”って」
緑板の向こうで沈黙するエリザベート。
そんな彼女に、俺は努めて明るい声で提案する。
「アイツのせいというか、おかげというべきか。
もうこの辺ですることはないからさ。
俺たちもそっちへ行くよ」
すると彼女は即座に答えた。
「その必要は無いわ。裁判自体がなくなったから」
どういうことだ?
エリザベートはその顛末を話し出す。
************
チュリーナ国で受けた”騎士の称号”を盾に、
ガウールで好き勝手して暴れたアーログたち。
ステーキが食いたいと言っては乳牛を斬りつけ、
牛を守ろうとした村人に瀕死の重傷を負わせた。
せっかく植えた畑を荒らし、野菜や果物を勝手に奪取。
ガウールだけでもこれだけの罪を犯していたが、
他の土地でも”魔獣を討伐してやるんだから”と恩着せがましく
いろいろやりたい放題していたらしい。
「そもそもチュリーナ国が近隣諸国出したお触れは
”彼らにご協力お願いします”程度の意味合いだったの。
それを自分の都合よく、勝手に書き換えたのよ。
”職務を妨げてはならない”だの”望むものは何でも差し出せ”って」
大国の町なら難しいが、辺境にある村の人々は純朴なので
あっさりだまされてくれたようだ。
彼らはそれで、すっかり味を占めていく。
しかし被害があまりにも酷く、
チュリーナ国にも苦情が殺到したため、
国としても犯人の特定を急いでいたところだったそうだ。
「勝手に持っていった金銀財宝を含めて、
彼らが蓄えた資産は全て没収されたわ。
それらは被害者の補填に当てられるはずよ」
「あいつらはどうなるんだよ?」
俺の問いに、エリザベートは淡々と続ける。
「アーログはすぐさま”騎士の称号”をはく奪されたわ。
チュリーナ国の名誉を傷つけた責任も負って、
仲間たちと一緒に10年以上の懲役刑が出されるはずだった」
……あいつら、余罪で何をやったのか聞くのも怖いな。
あれ? はずだった、とは?
「彼らね、愚かにも牢屋から逃げ出したのよ。
牢屋の番人を手にかけ、門番を人質にして」
緑板の向こうでエリザベートがため息をつく。
「私が到着した時には、彼らは全員この世にいなかったわ。
まさか自分たちに”天罰の符札”が付けられているとは
思わなかったようね」
チュリーナ国は教会の権力が強く、
聖職者が絶対的な力を持つ国だ。
だから捕らえられた罪人にはもれなく”天罰の符札”が付けられる。
それは牢屋にいる間は効力を成さないが、
一歩でも外に出たとたん、付けられた者の命を
罪の大きさに応じて奪っていくのだ。
「だから彼らは、牢のある建物から出るのがやっとだったそうよ。
犯した罪の重さで、どんどん干からびていき……
兵が最後を看取った時には、すでにミイラのようだった、って」
チュリーナ国は慈愛に満ち、惜しみなく施しを振りまく国だ。
だからあんな奴にまで”騎士の称号”を与えたのだろう。
しかし、裏切った時の報復と反撃は計り知れない。
聖母から女神カーリーへと早変わりするのだ。
俺たちはふたたび沈黙する。
その時、電話の向こう側で、彼女を呼ぶ声がした。
誰かに呼ばれたようだ。
「ごめんなさい、国王に呼ばれたわ。また後で」
そう言ってエリザベートは通話を切った。
ため息をつきながら俺も通話を切って振り返ると、
ジェラルドとフィオナは真剣な面持ちで緑板を操作している。
俺たちは念入りな検索を再開したのだ。
”知ること”により呪いがかかってしまった魔人の件により
だいぶ慎重になってしまったが、
緑板が俺たちにとって
最大の武器であることは間違いないだろう。
しかし”キースの目的”をサーチしても、
出てくるのはあいまいな情報ばかりだ。
真っ先に出るのは、”バランスを維持する”。
他には”シュニエンダール王妃の行動を抑制する”
”王族の動向を調べる”、”闇魔法の力を増加しておく”
といったものがダラダラと表示された。
同様に”彼は俺たちの敵か?”という検索もダメだった。
やはり”目的”や”真意”、”敵”など、
あいまいで広義な意味を持つキーワードは
回答も不明瞭になってしまう。
「……殺されなかったし、
”味方”ってことで安心して良いんでしょうか」
フィオナが首をかしげるが、俺は慌てて否定する。
「あれが敵のほうが、まだマシなんだよ。
もしキースが王家と敵対していたとしたら。
あれだけの力を持っていても倒せない相手、
ということになるだろ?」
「確かに……そうですね」
俺の言葉に、フィオナの表情は怯えたものに代わる。
キースがダメなら、俺たちなど瞬殺されるのだろう。
あのクソな王族にどんな力が隠されているというのだ?
「彼は潜伏しつつ、準備しているような感じでしょうか」
両目の間を指で押さえつつ、ジェラルドがつぶやく。
キースの行動について調べているらしい。
「王子の事は”まだ不十分”だと思っているみたいですが、
エリザベートさんのことは”溺愛している”、って出ますね」
フィオナは彼の敵意や感情面を確認しているようだ。
”キースは俺をどう思っているか”、
”キースはエリザベートをどう思っているか”、で調べたらしい。
……そうか、相変わらず彼女を溺愛しているのか。
検索を続けていたフィオナが口を尖らせて言う。
「ヒドイです! あの人!
ジェラルドのことは”伸びしろがある男”って評価なのに
私のことは”なんか面白い女”だなんて!」
「良かったじゃねえか。異世界において
天才魔導士の”おもしれー女”枠に入れられるなんて」
「そんな枠に入りたくないです! 出してください!」
フィオナはほおをふくらませる。
「ぱう~?」
憤慨しまくるフィオナにイチゴーがすりより、
”何をお怒りなのでしょうか?”という顔で見上げる。
フィオナはとたんに相好を崩し、イチゴーを撫でまわす。
俺はぼんやりとそれを見ながら思った。
ファルファーサは微妙な空気を読むのが上手だ。
あの時、ファルファーサがうなっていたのは、
キースの魔力が俺たちに向くことを警戒していた時のみ。
”そうではない”、と知ってからは落ち着いていた。
「根本から見直してみるか」
そうつぶやいて、キーワードの入力個所を見つめる。
そもそも人は正しい情報よりも
”自分が欲しい情報”を得ようとする。
”楽して稼ぐ”、”効果的なダイエット”などの卑近なものから
“〇〇陰謀論”といったデマや誤情報まで、
検索結果にヒットしたものが
必ずしも正しいわけではないのに信じてしまう。
質問をもっと、限定されつつ単純なものにするのだ。
俺は緑板に、”キースは母を殺したか”と入力する。
すぐに出た答えは”NO”。
”キースは俺を殺したいか”、という質問も”いいえ”だった。
しかし”キースが馬車の事故を起こした理由は”
の答えをみて衝撃を受ける。
「……嘘だろ!」
俺たちはこれを、”母を殺すため”だと思い込んでいた。
母はそれで命を落とした、と思っていたのだから。
しかし、真実は違ったのだ。
”密かにブリュンヒルデを、シュニエンダール国から逃すため”。
殺すためじゃなく、生かすための偽装だったとは。
だから今まで、”どうして殺した?”だの”殺したのは誰か?”
といった検索をしても、答えがnot foundだったのだ。
だって、母はあの事故で死んでなどいなかったのだから。
俺は自分の愚かさ、検索能力の未熟さに
叫び出したい気持ちを必死に抑え、その理由を探る。
フィオナとジェラルドも俺の背後で、息を殺して見守っている。
”なぜキースは内密に、ブリュンヒルデを国から逃したのか”
それは、更なる衝撃を俺たちにもたらした。
”妊娠していることを王家に知られる前に、死亡したと認識させるため”
俺は目を見張った。
ジェラルドがうめき、フィオナは両手で口を覆っている。
母はあの時、妊娠していたと言うのか?!
しかし俺を出産して以来ずっと、
シュニエンダール国王は母から拒絶され続けていたのだ。
……誰だ? 相手は。
”子どもの父親は誰か”。
検索画面にそう入力しようとして留まる。
俺には思い当たる人物が一人だけいたのだ。
母の、嬉しそうな顔。
俺を可愛がる彼を、幸せそうな目で見ていた顔。
震える指先で、その者について検索する。
”あの行商人は誰だ”、と。
その答えを見て、俺はとうとう絶叫してしまう。
俺だけじゃない、ジェラルドも、フィオナも
ものすごい大声をあげたのだ。
俺の緑板に表示された、その答えは。
”ダン・マイルズ”。
キースが時々連れて来た、ファルを譲ってくれた男。
あの行商人は、俺の父親だったのだ。
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