129.王妃を断罪するもの
129.王妃を断罪するもの
元世界からこの異世界に流れ込んでいた”光”の力。
それを発見した王妃は力を用いて、
聖女からのし上がり、国王を従わせ、
この国を支配していたのだ。
自論の”正義”や”道徳”をふりかざし、
力の支配者として
自分が”不浄”と判断したものを”清める”ための
”新たな光魔法”という特性を与えたのだ。
それは王妃に望むままの力を与えた。
人間の意志や個性を消失させ、命ずるがままの不死人に変えたり。
世界を浄化するため、大量の光魔法を北の大断層から吹き出させたり
粘人などに個体として分離し、攻撃させたり。
でもそれは、元勇者たちが大断層で抑え込んだため、
王妃の計画は思うように進まなかったのだ。
だから世界各地に亀裂を生じさせ、
すこしづつ浄化を進めようとしたのだろう。
もちろんそれも、うまくはいかなかったが。
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王妃は躊躇なく、
さらに巨大な力を求め、元世界へと近づいていくが。
「行くな! 危険だぞ!」
王妃はこの”力”を理解していない。
未知なる力とは”異世界からもたらされる情報”だ。
おそらく、俺たちが使っていたものと同じなのだ。
俺たちと違って緑板を持たない王妃は、
それを”魔力”としてそのまま使用していたのだ。
でも”超大量の情報”に飛び込んだらどうなるか。
緑板で”検索”すれば得られる量も質も自分で選べる。
しかし持たないまま、そのまま吸収してしまうと……
下降していくにつれ、王妃の体がどんどん膨れ上がっていく。
キヒヒヒヒヒヒヒ……
奇怪な高笑いが聞こえてくる。
「ああ、体中に清冽な光が満ちてくるわ!
どんどん私に力を与えてちょうだい!」
キーーーヒッヒッヒ……
……。
王妃の笑い声と、下降がピタリと止まる。
見れば羽だけを動かし空中停止しているが
その体は内側から何かの圧力がかかったかのように、
ボコボコと凹凸を繰り返しているのだ。
ギャアアアアアアアア!
ものすごい悲鳴をあげ、王妃が上昇してくる。
その形相に一瞬ひるんだが、俺は彼女に向かって叫ぶ。
「馬鹿野郎! 体から力を放出しろ!」
それでも彼女は、ため込んだ力を出さなかった。
得たものを少しでも持ち帰ろうとしているのがミエミエだが
顔中を涙と鼻水でだらだらにしているところを見るに、
かなりの苦痛なのではないだろうか?
「痛あい……ぐるしい……助けてえ……」
塔まで戻り、わずかに残った床下にしがみついた王妃が
うめき声をあげながら俺たちを見上げる。
甲虫のような腹部だけでなく、
長い首の先にある頭部が膨れ上がっていた。
それらは絶え間なくボコボコと変形し、
体内に居る何かが暴れているかのようだった。
「誰かが私を責めるのぉ……馬鹿にして笑うのぉ。
私がおかしいって、間違ってるって」
「だから早く吐き出せって言ってんだろ!」
俺の叫びは届かない。何故なら。
「黙って! 黙れえ! うるさいうるさいうるさい!
醜いって言うなあ! 惨めだって? 不幸だって?
嫌あ! 聞きたくない! もう何も見たくなぁい!」
彼女は前足の2本で両目をつぶし、
その後ろの2本を耳に突き刺した。
そんなことをしても無駄なのに。
たくさんの情報の声は、
体の内側から”見せたり聞かせたり”しているのだから。
むやみやたらと検索を繰り返し、
グロ画像や不快な文章にぶつかることもある。
王妃も自分に関する情報を集めようとして、
知りたくも無かった悪口や嘲笑の言葉を得てしまったのだろう。
王妃は血まみれの頭部をぶんぶん振り回しながら、
塔の横に付いた小さなドアに向かっていく。
人間だったら容易に通れただろうが、
デカい白蜘蛛となった今の王妃には絶対に無理だろう。
すると王妃は壁に体当たりし、ドアごと破壊した。
そしてずるずると外に這い出ていく。
俺たちは慎重に壁をつたい、残り僅かな瓦礫を蹴って
その出口まで向かっていく。
途中、元世界の夜景が目に入った。
全員がそれを見ていたが、すぐに目をあわせてうなづく。
「……後にしよう。どのみち、この体のままでは戻れない」
この体はあの世界では異質なものだから。
俺たちが外に出ると、そこは深い森が広がっていた。
”祈りの塔”の背後には暗い森が広がっていたのだ。
「……結界が張られているわ」
エリザベートが片手をかざしてつぶやく。
天才魔導士なら王妃の魔法を解呪できるのだろうが、
今はキースを呼んでいる時間は無い。
「とりあえず”祝福”でしょうか」
「万能薬みたいに使うな……とはいえ効きそうではあるな」
とりあえず試そうとした、その時。
ブゥン、という音がして、結界が解かれたのだ。
「……来るなら来い! ってことでしょうか」
フィオナはそう言うが、
王妃にそこまで余裕は無かったような。
「今は傷を癒したいはずです。そしてこのまま逃れたいでしょう」
ジェラルドも首をひねって言う。
「それなのに結界を解いた、ということは……
ねえ、そもそも何のための結界だったのかしら」
エリザベートの問いの答えは、すぐに向こうからやって来た。
森の奥から点々と光るものが近づいてくる。
それが魔獣だと全員気が付くが。
「……何ですか、あれは」
フィオナが震える声でつぶやく。
それはさまざまな魔獣が混ざり合ったキメラだった。
ただでさえ不気味で醜悪な魔獣が
アンバランスな状態で混ざり合う様は
不快さでめまいを覚えるほどグロテスクだった。
それが近づくにつれ、俺たちはさらなる衝撃を受けることになった。
「全部に、人の頭がついています」
フィオナが痛ましげにつぶやく。
「ああ、あれが王妃のしでかした最悪の罪か。
魔獣をキメラ化することで、攻撃力をあげたり
弱点を無くすだけでは不十分だからな」
俺の言葉に、ジェラルドがうなずく。
「それをコントロールできなければ意味がありません。
兵として任務を任せるには、
どうしてもある程度の知性が必要ですから」
実際、キメラ魔獣たちは俺たちの姿を見ても、
フラフラ飛んだり、地面にじっと縮こまったりしている。
知性はほとんどないようで、
攻撃性に関しては魔獣以下だった。
これでは兵として戦わせることは無理だろう。
「……失敗してくれて良かったわ」
エリザベートが怒りに震えながらつぶやく。
俺は彼女の真意をかみしめ、うなずくが。
「……し、っぱいなんて……してないわ。
さあ……わ、私の作品の……最初の餌食になりなさいっ」
森の奥から、息も絶え絶えな王妃の声がする。
見ればキメラ魔獣の後方に、
膨れ上がり血まみれの姿の王妃が立っていた。
そして2本の足を上げ、聞き慣れてきた奇声をあげたのだ。
キエエエエエエエ……
王妃の体から、キメラ魔獣についた人間の頭部へと
白い光が流れ込んでいく。
頭部に力を与えたら、彼らに知性が戻ると思ったのか。
俺はこれまで一番の恐怖を感じて叫んだ
「止めろ! これ以上残酷なことをするなー!」
しかし、追い詰められた王妃には届かなかった。
それぞれのキメラ魔獣はブブブ……と震えた後、
その体の横や上に付着した人間の頭部から
人間の声で叫んだのだ。
うわあああ……
いやああああああ……
「なんて酷い……」
俺は思わず涙が出てしまう。他の三人も嗚咽をもらす。
エリザベートが”失敗して良かった”と言ったのは、
もし彼らに知性があったら、
自分の現状には耐えられないはずだから。
魔物へと姿を変えられ、もう元の生活には戻れない。
その絶望たるや、気が狂わんばかりだろう。
王妃には、それが分からないのだ。
だからこそ、大声で彼らに命じた。
「さあ! あいつらを殺すのよ!」
人間の頭部はその声を聞き、
涙を流した血走った目で俺たちを見た。
俺は彼らに言う。
「ああ、来いよ。大丈夫だ、すぐに終わらせてやる」
俺の横でエリザベートがうなずき、片手を構えた。
ジェラルドが袖で涙をぬぐったあと、剣を構える。
フィオナは大泣きしながらも、
「まずは眠らせますね、その方がきっと怖くありません」
と言い、錫杖をふりあげる。
が、しかし。
彼らはこちらに来なかった。
全てのキメラ魔獣は、王妃に向かって突進していったのだ。
「覚えてるぞ! お前のせいだあ!」
「よくも! よくもこんな体に!」
「絶対にゆるさねえ!」
口々に怒りと恨みの言葉を叫びながら移動していく。
そうか。そりゃ、そうだよな。
彼らには王妃に殺された記憶があるのだ。
その復讐を晴らすまでは死ねるか! と思ったのだろう。
「ちょっと! こっちに来るんじゃないわ!
あの4人を始末なさい! この愚か者……ぎゃあああ」
キメラ化したことで強くなった牙が、王妃に突き刺さる。
より長く鋭くなった爪が、白い腹部を切り裂いた。
ギャアア……
力を吸いこみ巨大化した王妃の体が見えないほどに
全てのキメラ魔獣が群がっている。
それぞれが必死に復讐を果たしているのだ。
すでに王妃の悲鳴は聞こえない。
代わりに彼らの号泣が聞こえてくる。
俺はフィオナに視線を向けると、彼女はうなずき
再び錫杖をふりあげた。
”眠りの霧”が彼らを包んでいく。
彼らはすぐに動かなくなった。
俺とジェラルドは前に進み、
その中央で横たわる王妃の残骸を回収する。
魔獣に応戦すべく使い切ったのか、
体内の”力”も抜けきり、何の魔力も残されていない王妃は
すでに人間の姿に戻っていた。
「……自分だけ、ズルいだろ」
俺はそう言って、王妃の体を別の場所へと移動させていく。
キメラ魔獣にされた人々は
こんな奴と一緒に火葬されたくないだろう、そう思ったのだ。
そして俺たちは、眠り続けるキメラ魔獣の前に立つ。
元世界の作法ではあるが、4人で冥福を祈る。
エリザベートが片手を出して構える。
俺は彼女の背に手を当て、補助魔法で最大の攻撃力にする。
森ごと焼き尽くすかのような”インフェルノ”が放たれた。
キメラとはいえ、元は魔獣の体から作られたものだ。
全てがあっという間に灰になり、空に舞っていく。
それに混ざって、花びらが舞っているのに気づく。
気が付くとフィオナが”祝福”を贈っていたのだ。
「安らかに眠れますように。
そして次はいっぱい幸せになりますように」
フィオナがつぶやく。
上空へと昇っていく灰と花びらを見上げながら、
俺たち4人は感じていたのだ。
”祈りの塔”の床に広がる”元世界”に向かって
砂時計の砂が少しずつ零れ落ちるように
この体の中から何かが流れ出て行くことを。
俺たちは、少しずつ元世界へと還り始めたのだ。
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