128.情報は力
128.情報は力
ここに来る前、正気にかえった大司教が俺たちに言ったのだ。
”王妃の力の源は、異世界からもたらされる未知の力”だと。
それがまさか、自分たちの元・世界のことだとは。
「……この世界とあちら側は繋がっていたのか。
だから俺たちは、子どもの頃から何度も
オリジナルたちの体に現れていたんだ」
母上に味噌汁をねだり、
トウキョウに住んでいる、と言って困らせた俺。
「ふふっ? どうかしら?
あのように美しい世界なんて、初めてみたでしょう?」
もはや抜け落ちた床には立っていられず
王妃は羽をばたつかせ、抜け落ちた床の上空に飛んでいた。
そして目を細めながら、トウキョウの夜景を見下ろして言う。
「あれこそが、清らかに光り輝く”正義の世界”よ!
私が望めば、無限の力を与えてくれるの!」
そう言いながら、王妃は夜景に手を伸ばす。
すると白い光がするすると王妃の中に流れ込み、
エリザベートの魔法で焼かれた彼女の傷を癒していく。
「……残念だが、あれは”正義の世界”じゃねえ」
ひきつりながら俺は言うが、
もちろん王妃は受け入れなかった。
「お前たちに何が分かるというの!
素晴らしい力に満ちた美しい世界なのよ!」
最初は小さな亀裂だったのだろう。
地面の隙間から見えるあの世界を、
異世界の王妃が見た時、
とてつもなく美しく思えたに違いない。
王妃は俺の顔を見ながら言う。
「勇者があの女を選んで……私は心から力を欲した。
間違いを正すには、もっと力が必要だったのよ。
あの素晴らしい世界は、そんな私の願いにこたえてくれたわ!」
俺はゆっくりと、彼女に告げる。
「いいか、よく聞け。さっきお前は俺に
”自分の知っているレオナルドはどこに行った”と聞いたよな?
実は、その通りだ。俺は彼の体に転生した別人だ」
王妃は眉をひそめる。
「テンセイですって? ……魂が乗り移ったということ?」
「その辺は俺たちにもよく分からない。
生まれ変わりか、一時的に憑依するだけなのか。
ただ、これだけは言える。
あの世界はお前が思っているような世界じゃない。
その力もたぶん、”正義の力”なんて綺麗なもんじゃねえ」
「どうしてわかるのよっ!」
睨みつけてくる王妃に、俺は赤い鉄塔を指さして。
「あれは東京タワー。あそこの橋はレインボーブリッジ。
光のラインはな、道なんだよ。首都高ってやつ」
俺の指し示した方向を、驚いた顔で見ている王妃。
「何で知っているかって? 当然だろ。
俺たちは、あの世界から来たからだよ」
王妃は目を見開いた。
「お前たちなぞが……」
そう言いかけるが、否定できない。
「……ここ十数年と異なり、
何一つ思い通りにはいかなくなったわ。
それもこれも、全てお前たちのせいだった」
信じられないものを見る目で、俺たちをみつめる王妃。
「だろ? こっちは最初から全部お見通しだったからなあ。
俺に王家の罪を着せて国民に殺させること。
エリザベートを魔女だとつるし上げて処刑すること」
エリザベートの脅威的な魔力は、
王家の不安材料だったのだ。
「軍の不正や怠慢に対し、国民が限界だったのを察知し
自分たちより秀でる者に冤罪をかけ、見せしめに殺すこと」
……ジェラルドのはホント、やっかみだよな。
プライドだけは高い貴族たちは、
自分たちより強い平民など許せなかったのだろう。
ショックを受ける王妃に、俺は言葉を続ける。
「ロンダルシア襲撃も”勇者の剣”のこともバレバレだった。
グエルのことだって、俺が全部知ってて驚いたろ?
国王が魔属性というのも、もちろん分かっていたさ」
たのむ、もう観念してくれ。
そう思いながら俺は説得を続ける。
「まあ、カデルタウンの時はいきなりだったからな。
……でも、すでに元に戻してあるぜ?
お前と教会が恐れた、”真の聖女”の力で」
「この世で最も力のある聖女は私よ!」
王妃がすかさず言い返す。
どうやらそこは譲れないらしい。
「力のある、なしじゃねえよ。その力を何に使うか、だろ?
お前は人を苦しめることに使い、フィオナは救った。
愛し合うものを引き裂き、王妃の特権を生かし贅沢三昧。
国民に圧政を強いて税金を巻き上げ、
まったくやりたい放題だったじゃねえか」
なおも反論しようとする王妃に俺は言う。
「もう充分だろ、終わりにしようぜ。
俺たちはあの世界の者だ。あの力を十分に使いこなせる。
ただお前と違い、”情報”や”知識”として使っただけだ」
王妃は目を見開いて俺を見上げる。
「もしご自分が正しいと仰るなら、
きちんと裁判を受けられてはいかがですか?」
ジェラルドの説得に、王妃はフン、と鼻で笑い、答えた。
「駄目よ。みんな愚かなんですもの。
常識も道徳もないのだから、
私の正論には誰も耳を傾けないわ」
「もはや貴女に逃げ場も勝ち目もありませんわ。
世界中が貴女を許さないでしょう」
冷たい目でエリザベートが告げる。
「私の”祝福”がある限り、貴女の力は意味のないものとなります。
せめて最後に全ての罪を明らかにし、
国民と世界のためになることをしていただけませんか?」
フィオナが悲し気に言うが。
王妃はニヤリと笑って答える。
「意味がない、ですって?……私にはまだ”正義の世界”があるわ。
”力”だけでなく、いろんな”情報”も与えてくれるなんて……
あの美しい世界から、もっとたくさん引き出してやるわ!」
俺は首を横に振る。
「ぱっと見、綺麗だろ? でも違うんだよ。
あそこはお前の嫌いな混沌で、無秩序の極みだよ。
光ってのは強すぎると、汚いものを目隠しするからな」
……まあ、ホタルには失礼な話だが。
「何を言っているの? 光こそ正義よ!」
そう言えばチュリーナ国で暴れたパウル助祭も同じことを言っていた。
傲慢で尊大な彼は、下に見られるのを嫌い、
心の底から力を欲していた。
母上が言っていた”世界に時々生じる亀裂”によって
おそらく彼にも、この”元世界の光”が流れ込み、
奇怪な光魔法を使えるようになったのだろう。
俺はあの光の正体を、薄々感づいていた。
「あの世界に行って、たくさんの知識を得るんだわ。
そして例の計画を完成させるの。
そのために、たくさんの”頭”を集めたんですもの」
王妃の言葉に、フィオナが身震いしてつぶやいた。
「さっきの遺体にみんな頭が無かったのは……」
王妃はニヤリと笑う。
「身体のほうは、魔獣のエサにするために”生かして”おいたのよ。
でも頭はちゃあんと使ってあげたわ。
もう少しで完成するのよ、知性のある”服従する魔獣”が」
王妃がそんなことを求めていたとは。
だから俺が大魔獣ファヴニールの動きを操作したのを見た時
真相そっちのけで、あれほど驚愕していたのか。
俺はあることに気付き、王妃に問いただす。
「……もしかしてお前、人間の頭を移植した魔獣に、
その人間の体を食わせていたのか?」
魔獣と化した上に、自分の体を食わせるとは。
俺の質問に、王妃は何が悪いのか? と言う風につぶやく。
「放っておいても腐るだけなんだからいいじゃない。
そんなことより……人間の兵などに頼らなくて済むのよ
素晴らしい発明でしょう」
そう言って王妃は満足げな笑みを浮かべる。
エリザベートが目を赤く光らせ、怒りの声をあげる。
「そんなもののために、叔父様に命をかけさせたのね。
絶対に許さない……」
キースは禁断の魔術である”魔獣の融合”を
王家によって命じられたのだ。
そんな危険なことをやれ、と言ったのは、
王家に対しキースが反感を持っていることが
明らかだったからだろう。
「どうせ失敗したくせに。
しかも、死を偽装して逃げたじゃない。
だから私があれから苦労することになったのよ」
不服そうに王妃が言う。
しかし目下に広がる元世界の夜景を眺め、彼女は笑った。
「でも、それも終わりね。
あそこに行けば、私は完璧になれるわ」
「そんなわけあるか!」
俺の叫びを無視して、彼女は体を下向きに回転させ。
「嘘をおっしゃい。あの力は”情報”や”知識”なのでしょう?
私もお前たちのようになれるわ。いいえ、お前たち以上に。
知りたいことをすぐに知ることが出来き、
強力な光魔法を駆使できる”全知全能”に」
「違う!」
俺は全力で否定する。”情報”はそんなもんじゃねえ。
検索には技術がいるし、情報の取捨選択はもっと重要だ。
検索キーワードの選択によって、時には勘違いを起こすこともある。
俺たちが、キースが母上を殺したと思い込んだように。
検索結果のフィルタリングも、情報の信頼性や偏りの確認など
そのまま信じるには危険なものまでいろいろあるのだ。
下手をすれば俺たちがガウールで食らった
”知ると同時に呪われる”みたいなデメリットもあるのだ。
「行くな! お前にとって単なるエネルギーだが
あの場にあるのは、それだけじゃねえぞ!」
「え? どういうことです?」
フィオナが首をかしげる。
俺は自分の推測を手短に伝える。
「あの力は、この異世界では白い光として具現化しているが
おそらく元世界における”電波”だ。
現実世界でも電波をエネルギーに変換する技術はあるが
王妃は自身の魔力によって、それを成し遂げたんだろ」
ああ、という表情でエリザベートがうなずく。
「この世界であの力に最初に接触したのが王妃だったから
彼女がこれの特性を決める支配者となったのね」
そして思い込みの強い彼女はこれを、
”浄化するための新たな光魔法”だと信じ、定めたのだ。
まさか元世界の膨大に膨れ上がった電波が、
異世界にまで影響を与えていたとは。
「でも僕たちはあれを”力”として、ではなく、
緑板に取り込み、”電波”として利用してたんですね」
「そうだ、だから……」
俺たちは緑板を通して情報を取り込んでいたのだ。
緑板を持たずに直接脳内に流れ込ませるなど
世界に漂う莫大な情報量を考えたらあり得ない行為だろう。
しかし王妃は酔いしれた表情で、夜景を見下ろし言う。
「そして私は全てを浄化する、
”聖なる全知全能の女王”として君臨するんだわ!」
俺の叫びを無視し、彼女は嬉々として叫び、
元・世界に向かって急降下を始める。
そして昆虫めいた真っ白な王妃の体は、
吸い込まれるように夜景へと向かっていったのだ。




