124.王となる
124.王となる
俺の能力の特徴は、補助魔法というよりも
その設定値が”指数”である、ということだ。
増幅が通常の設定値より何十倍になるだけでなく
その値を”0”、つまり0乗にする事で、
全ての数値を”1”に変えることが出来るのだ。
つまり、魔力の無いものはレベル1の、
何かしらの魔法が使えるようになり
計り知れないほどのレベルだったはずの魔王も
スライム並みのレベル1と成り下がってしまった。
無から有を生み出すだけでなく、
全てを平等に変える指数の力。
「……そんな馬鹿げたこと……」
王妃はまだ信じられないように、魔王を見て震えている。
王太子はいまだに理屈が分からないようだが、
とにかく自分たちが圧倒的に不利だということは感じたようで
ジリジリと後ろに下がり、魔王と王妃の後ろへと隠れていった。
俺は魔王の前へ進もうとするが、足元に何かぶつかった。
ふと見れば、純金の台座に埋まった色とりどりの宝石が見える。
これは……王冠じゃないか。
おそらく国王が魔王の姿に変わった時、床に落ちたのだろう。
希少な巨大ルビーやエメラルド、サファイヤを埋め込んだ、
古来より伝わる、この国の王である証。
魔王はこれが転がっていることを気にも留めなかったのに
母上の弓はすぐに拾い上げたのか。
「レベル1の魔物に国王は荷が重いだろ。
……代わってやるよ」
俺はそう言いながら王冠の輪に片足をかけ、
ぽーんと上に放り投げた。
それを片手で受け取り、そのまま軽く頭に乗せる。
王妃だけでなく、周囲の全員が息をのむ。
「おっお前! 国宝をなんと心得る!」
観客席の宰相が慌てたように怒鳴った。
「うるせえよ。この国で今、王位継承権を持つ者は俺だけだ。
だからこれは俺のものだ」
そして全員を見渡し、俺は宣言した。
「今より、俺がこのシュニエンダールの王となる」
闘技場が静まり返る。
驚き呆れる者、動揺する者、怒り顔で睨んでくる者、
そして笑顔の仲間たち。
俺は魔王と王妃を振り返り、彼らに向かって言い放つ。
「まずは前国王と前王妃が犯した数々の罪を明らかにし、
彼らに相応の処罰を与えることとする」
魔王はいまだに微動だにしない。
王妃は何故か、口を開けたまま俺を見つめていた。
俺の即位宣言を、そんなに驚いたというのか?
……だが、そうではなかった。
王妃はつぶやいた。
「ねえ、その足で物を拾う仕草。
……あの女が教えたのね? そうでしょう?」
「そんなわけねえだろ……無作法で悪かったな」
母上がそんな躾をするわけがないだろう。
俺の答えに、王妃は疑いの目で黙り込む。
そんな彼女はほおっておくことにして、
俺は国王の前まで来た。
横にジェラルドとともに、
ロンデルシア兵が走り出てきて片膝をつき、
持っていた剣を俺に差し出す。
その剣を見て、魔王は初めてうめき声をあげ
その巨体を後退させる。
王妃が憎々し気につぶやいた。
「……勇者の剣か。ロンデルシアめ!」
”勇者の剣”はロンデルシアの国宝だ。
以前これを、この国の国王と王妃は姦計を用いて
ロンデルシアからこれを略奪しようとしていたのだが
俺たちによって阻止されたのだ。
どうしてこの剣を欲しがったのか、今ならわかる。
これは”魔王”を倒せるという、唯一の剣だからだ。
俺は”勇者の剣”に手を伸ばさなかった。
それを見た王妃がニヤッと笑い、
首を観客席のほうに向けて叫んだ。
「この者は親殺しをするつもりですわ!
なんと罪深いことでしょう!」
そして次に俺を見て、悲し気な顔を作って哀願する。
「血を分けた父と子ではありませんか。
そもそも国王は、このような姿になる呪いを
何者かに受けているだけです。
早まったことをしてはなりません」
俺はうなずき、希望を持たせておいて、叩き潰す。
「そうかもしれませんね。
……しかしこの姿になる前に犯した罪からは
逃れることはできません。重罪ばかりですから。
国王でも魔王でも結果は同じ事ですよ、残念ながらね」
「だ、だからといって親を殺すなど、
許されることではないでしょう!」
慌てる王妃に、俺は笑顔で返した。
「ああ、そうだな。だから俺は殺さない。
だって、国王だからな」
意味が判らない、という顔の王妃に俺は告げる。
「国の重要犯罪人を、国王が断頭台に連れていくか?
敵国の武将の命を狙うのに、
国王が最前線にしゃしゃり出るかよ。
俺は命じるだけだ。もっとも信頼する者に」
ジェラルドが立ち上がり、王妃に厳しい声で告げた。
「いいえ、元・シュニエンダール国王の刑罰は、
レオナルド陛下ではなく、
王族の断罪権を得た、僕の判定によるものとします」
俺が親を”殺せ”と命じたことにはしたくないのだろう。
ジェラルドは全てを背負うつもりなのだ。
「では僕の判断は……魔王と化した国王を放置すれば
国民だけでなく世界を危険にさらす可能性が高いため、
この場で処刑させていただきます」
「そんなことさせ……ギャッ!!!」
吹っ飛び、転倒する王妃。
魔王が片手で跳ね飛ばしたのだ。
そして魔王はゆっくりとかがみ込み、
俺の顔を覗き込んだ。ゆっくりと姿が国王へと戻っていく。
彼の望みを理解し、さすがに俺も胸が詰まった。
魔王、いや国王は死を望んでいるのだ。
それも、母上の弓を抱き、
母上そっくりの俺の顔を見ながら死ぬことを。
俺はとうに気が付いていた。
親父が生きていると知り激怒した王妃に対し、
母上が生きていると知り歓喜した国王。
どちらが本物の愛であったのか、考える必要もないだろう。
過去に何があったのかは知らないが、
国王は母上を、本当に愛していたのだ。
その心を王妃に利用され、親父の暗殺を謀り、
母上を無理やり第三夫人に召し上げたのだろう。
徐々に人の姿に変わりつつ、国王はつぶやく。
「彼女が消えてからは、全てがどうでも良かった。
愛する者と引き離され、憎い男と子を成して死んだのだと……
儂が不幸にしたのだと、お前を見るたびに自分を責めた」
俺は衝撃を受ける。
国王にとって、俺は彼の犯した”罪の証”に見えていたのだ。
あの苦々しさは罪悪感によるもので、
俺に対する当たりの強さは、”罪”に対する処罰だったのだろう。
「だが、違った。そうではなかった。
お前は……!。
そして彼女が生きているなら、もう……それで良い、十分だ」
俺は目を見開く。国王は気付いたのだ。
俺の父親が誰か、ということを。
そして元に戻った姿で、観客席の貴族たちに宣言する。
「レオナルドは私の子だ。
王位継承権も認めている。
この国の次の王はレオ……」
「しまった!」
俺は叫んだが、遅かった。
国王の胸に勇者の剣が刺さっている。
ロンデルシアの兵が、空となった自分の両手をあぜんと見ていた。
王妃が魔力を使って勇者の剣を飛ばし、国王に突き立てたのだ!
国王はそのままドサッと前に倒れた。
「この役立たずが!」
そう言って王妃は、床に横たわる国王を見下す。
「てめえはっ!」
思わず怒鳴る俺に、王妃はすかさず怒鳴り返してくる。
「勇者はっ……聖女に与えらえるべきでしょう?
弓手なんていくらでも代わりがいたのに。
私のものを、お前の母親が奪ったのよ!」
そして両手を突き出して叫ぶ。
「正しい者が決定権を得られるのよ!
清らかな者には穢れを払う力が必要なの!
聖女は人々から尊敬され、愛されるべきでしょう?!」
狂ったように、彼女は欲し続ける。
「それに、私は王妃でもあるのよ?
目下の側妃たちをどう扱おうと勝手じゃない?
宝石もドレスも珍しい鳥も、全て私に捧げられるべきだわ!
兵は私に命を捧げ、国民は私に生活の全てを差し出しなさい!
私は常に正しいの! いい加減に理解なさいっ!」
国王は最後に、大きな嘘をついたのだ。
自分が父親でないことに気付きながらも、
俺にこの国を継がせるために。
それが母上や俺に対する贖罪のつもりだったのかもしれない。
国王の目を閉じていた俺は、
ゆっくりと立ち上がる。
「何でもかんでも欲しがりやがって。
何もかも欲しがるのは”乞食”だよ。
まあ、欲しいものを選ぶのは”凡人”だな」
ずり落ちそうな王冠を抑えつつ、俺は歩みを進める。
「何も欲さないのは”世捨て人”。
欲しいものではなく、必要なものを選ぶのは”賢人”」
そして王妃の前で立つ。
「王ってのはな、常に与える側なんだよ。
……勘違いすんじゃねえ!」
王はノブレスオブリージュの極み、頂点なんだよ。
王妃は俺を睨み返しながら、せせら笑った。
「お前が王などと、笑わせるわ。
帝王学を学ばず、王としての資質も無い。
お前には無理に決まっているわ!
誰が期待するものですか!」
俺は思わず笑みがこぼれる。
「いや? 実は俺、数多くの者に活躍を祈られているんだ。
100人を超える書簡を受けたんだよ。
”これからのご活躍をお祈り申し上げます”、ってな」
就活で得た、あの、おびただしい”お祈りメール”。
その話を思い出したのか、エリザベートが笑いながらうなずく。
それを見て王妃はそれが真実だと思い、顔面蒼白になる。
100を超えるこの世界の各国、そして各団体や組織が、
俺を支持していると思ったのだろう。
ローマンエヤール公爵夫人がすかさず叫んだ。
「新たな国王に一同、伏して従順の意を示せ!」
仲間たちを初め、ローマンエヤール公爵の兵たち、
そしてシュバイツ公爵家のディランやその兵も
皆、右手を胸に当て片膝をつく。
筆頭公爵家のその姿を見て、観客席の貴族たちも
ぞろぞろと、しだいに多くの者がその場で頭を下げる。
まだ全員ではなかった。
するとエリザベートが俺に近づき、
礼をしたまま厳かに告げる。
「私は今こそ、この国の国王である貴方様に、
絶対服従の誓いを立てる所存でございます。
この力、全て捧げましょう。
”暗黒の魔女”になんなりとお命じください」
観客席の貴族たちから声があがった。
そして彼女は懐から紙を取り出し、俺に差し出す。
俺は一瞬とまどったが、思い直して
それに手早く記入する。
何らかの”王命”が下されたと思ったのだろう。
俺が国王だと認めるのを嫌がっていた貴族たちは
エリザベートと公爵家を恐れ、
その標的となる前に、大慌てで頭を下げ始める。
しかしエリザベートは、俺の記入した言葉を見て
えっ?、とつぶやいた。
そして、困ったような、ぎこちない笑みを見せたのだ。
俺が書いた言葉……彼女に命じたのは、
”笑ってもっとBaby”、だったのだから。




