122.王子の帰還
122.王子の帰還
4つの騎士の称号を得たことで
ジェラルドは王族の断罪権を得た。
どちらの国もギリギリまで授与しなかったのは
王妃たちが暴挙に出ることを防ぐためだろう。
彼が断罪権を得ると知れば
間違いなく戦争を他国に仕掛けるなどして阻止し
兵や人民の被害は避けられない展開になっただろう。
諸悪の根源である王妃と国王を抑えることだけで、
この国の改革を成し遂げたいと、皆、思っているのだ。
「……4つの称号ですって」
あまりにも急な展開に、王妃の声がかすれている。
「はい、そうですね。ジェラルドはそれに値する人間ですから。
当然のことだと思っていますよ……貴女以外の人は」
相変わらず動じないフリード王子が軽妙な調子で答えた。
「これで彼は、王族の断罪権を得たことになる。
まさに”世界の審判者”となったのだ!」
ロンダルシアの武将の言葉に、
王妃は悔し気に顔を歪ませたが。
それは本当に、つかの間のことだった。
フン、と小さく鼻で笑った後、
王妃は目を細めて私たちを眺めて言う。
「……あの男がいないと、この国は滅ぶというのは本当みたいね。
まあワタクシが得た神託ですもの。外れるわけ無いわね」
そして魔王に片手をつき、その巨大な顔に話しかける。
「ここはもうダメね……いいえ、全てを終わりにしましょう。
私が後で正しく清らかな世界を作ってあげるから
お前がこんな穢れ果て、間違った世界を壊すのよ」
グオオオオオオ……
空気を振動させて、魔王がいなないた。
そしてゴボゴボと勢いよく、魔獣や妖魔を吐き出し始める。
次々と現れ、闘技場のフィールドに広がっていく魔物を見て
観客席の貴族は悲鳴をあげていた。
「いったん、皆を退避させなくては!」
母が指揮を取ろうと剣をあげるが。
出入り口からぞろぞろと、聖騎士団が入って来たのだ。
「王城を守っているはずでは?」
フィオナがそう叫ぶと、叔父様が呆れたような顔で答えた。
「脆弱な聖騎士団に守りを任せるわけないだろ。
こいつらが街中から城に呼び戻されたのは
押し寄せてきた他国の兵に対して、
いわゆる”人間の盾”にするためだよ」
フィオナが両手で悲鳴を抑える。
彼らの顔は真っ白で、目は必死に何かを訴えている。
しかし動きはロボットのように画一的で、
皆がザッザッと足並みをそろえて進み、
人間を見つけるといきなり切り付けていた。
防御は一切行わない。前進と、攻撃のみ。
それが彼らの意志ではないことは
ほおにつたう涙や、動かない口から漏れてくる
「イヤダ……コワイヨ……」
「……タスケテ」
「死ニタクナイ」
などという言葉からも伝わってくるのだ。
周囲を大量の魔獣と妖魔、
そして王妃によって”改造”された聖騎士団に取り囲まれたのだ。
私とフィオナは必死に広範囲で
融合魔法であるグレーのバリアを張っており、
ジェラルドを筆頭に母とディラン、
ロンダルシアの武将やフリード王子、
そして公爵家の兵が戦っている。
しかし倒す端から、国王は蛇口をひねったように
口からとめどなく魔獣を排出していくのだ。
戦う彼らを見て、王妃が笑い出す。
「あーーーーっはっは! なんて滑稽なの?
こやつは無限に魔獣を呼び出すことができるのに。
もはや戦いというより、愚か者の踊りですわねえ。
みっともない姿で、必死に生きようともがく様は。
足掻く人間の醜さといったら……痛っ! 何をするっ!」
私たちに侮辱の言葉を吐き出していた王妃の顔面めがけ
フィオナが片手を振り、何かをぶつけたのだ。
融合バリアは一瞬だけ弱まったが、
王妃は顔を抑えて俯き、指の隙間からこちらを睨んでいる。
ざまあみろ、なのだけど。
「フィ、フィオナ?! 何を投げたの?」
背中を合わせたまま私が問いかけると、
後ろからとんでもない返事が聞こえてきた。
「バリアです! 小さなバリアを飛ばしました!」
「へえ、物理バリアの障壁を、高速で飛ばしたのか」
叔父様が感心したように尋ねると、フィオナはうなずいて答える。
「私、ガウールでバリアを張った時、
転んで頭をぶつけたことがあるんですよね。
その時、思ったんです。
守ってくれてるはずなのに、当たると痛いんだ、って」
見れば叔父様が笑っていた。本当に楽しそうに。
「聖女はやっぱり面白いな! 最初に見た時もそう思ったが」
「……何にも面白くありません」
ピキーーーーン
なごみかけた空気が、一瞬で凍り付いた。
見れば魔王が大きく伸び上がり、両手をあげ真上を見ている。
横で王妃が魔王に手を添え、
ものすごい笑顔でこちらを見ていた。
「お前が聖女であるものか。
世界で最も清らかで正しく……力を持った聖女は私よ!」
魔王の両手から膨大な魔力の塊が膨れ上がっていく。
この状態で強力な攻撃魔法を使われたら、
建物は倒壊し、観客席の貴族たちは無事では済まないだろう。
「止めさせて!」
私が叫び、ジェラルドが跳躍し、叔父様も攻撃魔法を撃ち放つが。
それを王妃が”聖なる盾”で防いでしまう。
さすが”世界で最も力のある聖女”と王族にアピールし
王妃に成り上がっただけはあるのだ。
「さあ、ダンスの時間はお終いよ。
素晴らしい世界を創っておくから、
早く生まれ変わっていらっしゃいな」
王妃は勝利を確信しているらしい。
攻撃を諦めないジェラルドたちに、
信じられないくらい優しい声で告げる。
その時だった。
ドーーーーーーーン
ドン! ドン! ドン!
ドドドドドド……
魔王の力はまだ放たれていないのに、
建物全体が大きく揺れ出し、
闘技場の上空に王妃が張った白いバリアが
激しく打ち付けられているような音が聞こえてくる。
「……何?」
王妃が訝し気に上を見る。私たちも思わず見上げる。
その瞬間。
バリーーーーーン!!!
ものすごい破裂音が響き、
王妃が後方に倒れ込んだ。魔術が強引に破られたのだ!
白いバリアは霞のように消えていく。
その中から現れたのは。
「大魔獣ファヴニール?!」
羽ばたきながら、こちらを見下ろしている。
それに伴い、妖魔と魔獣は一斉に逃亡し始めた。
全ての魔物が、この大魔獣を恐れているのだ。
「なんて綺麗なんでしょう」
フィオナがうっとりとつぶやいた。
大魔獣の漆黒の体は偏光し、虹色の輝きを放っていた。
揺れ動く真っ赤な瞳はどこか知的で、優し気に見える。
大魔獣の降臨により、魔王の動きは硬直していた。
”神”とも讃えらえるファヴニールの力を警戒しているのだろう。
巨大な大魔獣はゆっくりと、闘技場の中に向け
その長い首を降ろしてくる。それが中空まで来た時。
王妃は片手を構えつつ、私に向かって嘲笑する。
「あはは、ほぉら? 見てごらんなさい。
大魔獣は倒せてなかったでしょう?
あの男はただの”犬死”ってことね、無様なもんだわ」
私は何も答えなかった。感動と興奮で言葉が出なかったのだ。
さらに王妃は軽蔑するような眼差しを私に向けて言う。
「……やはりあの王子は無能の役立たずだったじゃない。
”暗黒の魔女”もしょせんそのクズにお似合いの……」
「黙れよ、くそババア」
良く知る声の、お馴染みとなった暴言が、闘技場に響いた。
私は泣きそうになり、フィオナが笑顔に変わる。
ジェラルドは目を細め、胸に手を当て片膝をつく。
大魔獣ファヴニール頭部から彼はストン、と飛び降りた。
床までかなりの高さがあったが、
補助魔法を駆使して衝撃を吸収したのだろう。
そしてすっくと立ち上がると、
何でもないような顔をして私の前に立ち、つぶやいた。
「遅くなったな、エリザベート」
やっと会えた、艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。
どこか風格めいたものをまとわせているが、
その端正な顔は相変わらず誰より美しかった。
……飛び出す言葉は、王子にあるまじき汚さだけど。
いつものロイヤルブルーの服を着ているが
それは残念ながらホコリまみれの泥だらけだ。
でもそれが彼の完璧な美しさを引き立てている。
あの日とは違い、彼は私に両手を広げた。
その中に飛び込みながら、
私はつっこまずにはいられなかった。
「……なんで天井から? 出入り口、叔父様が解呪していたのに」
「上からが一番手っ取り早いから、に決まってんだろ」
私の王子は、私がピンチの時には必ず来てくれるのだ。
……道徳的にはアウトな暴言を吐きながら。
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