120.共に闘う
120.共に闘う
国王がとうとう、その正体を現したのだ。
巨大な頭部には悪魔のような巻角が付いており、
飛び出た真っ黒な眼球の中央には、赤い瞳が蠢いている。
一気に体長3メートルくらいに体が膨張したため
衣服は避け、まとわりついたそれも
表面の粘液とともに床に落ちて行く。
背中から生えた触手は
それぞれ意思を持つように床をのたうち回っている。
そして異常に長い腕を広げ、
威嚇しているような体制を取っていたが。
不意に上をむき、雄たけびの声をあげたのだ。
「グワアアアアアッーーー!!!」
そして長い舌を伸ばし、荒い息をしていた。
これは、魔王だ。
ものすごい重圧を感じ、私たちは硬直する。
王妃はもはや開き直ったのか
”完成品”をひけらかすように得意げな顔で私たちを見ていた。
反して大司教やその仲間たちは、
解放された聖女の力に驚き、怒り狂っている。
「破邪だとお?! それもこんな強力で大規模な!
お前の力など、微々たるものだったじゃないかあ!」
顔面をかきむしりながら大司教が叫ぶ。
こっちも半分、魔族化していたのね。グエルのように。
彼が従える聖職者の何人かも、すでに半魔人と化していた。
”破魔の聖句”はとっさに耳を塞ぐことで逃れたが、
フィオナの発した”破邪の祈り”は避けられなかったのだろう。
グギャアア!
ギョオオオ!
グルルル……
それぞれが半分魔獣と化した姿で
意味不明な啼き声をあげるのを、
観覧席の貴族は呆然と見ている。
フィオナは静かに答えた。
「ええ、力などありませんでした。
奪われていましたからね、私だけでなく、皆が。
……町中に潜む”禁忌の印”をつけられた妖魔によって」
叔父様は以前、レオナルドたちに言ったそうだ。
”いる”、”いない”というのは”人の認識”だ、と。
人が見つければ、”いる”。
見つからなければ、実際はいたとしても、”いない”。
フィオナは痛まし気に語り出す。
「もっと早くに気付くべきでした。
いいえ、気付いた人は消されていたのかもしれません。
『”禁忌の印”をつけられた妖魔』……
つまり、”印をつけた者がいる”ということに」
そして彼女は大司教たちを睨みながら続ける。
「では何故、印をつける必要があったんでしょうか。
それは家畜と一緒です。個体識別番号ですよ。
それぞれの牛からとれる牛乳が、
誰のものかを明らかにするように
妖魔が蓄えた聖なる力が、
”自分のものである”という事を表したのでしょう」
教会の一人が何か叫んだが、それを制したのはディラン様だった。
彼は私たちから離れた位置に立ち、忌々し気につぶやく。
「その通りだ。ずっと以前から”聖なる力の搾取”を
教会の一部の聖職者たちが行っていたんだ。
そうやって聖なる力を得て、上の階級にのし上がっていったんだ」
教会に最も近しいと言われるシュバイツ公爵家嫡男の曝露に
闘技場に居る貴族たちに衝撃が走り、ざわめきが広がる。
ディランは彼らを見ながら怒りに満ちた声で言う。
「人々は教会で、人知れず奪われていくのだ。
信心深い者、真に祈りを捧げる者こそ失っていく。
気付かぬ間に搾取され続けていたのだ!」
私は理解した。どうして国内では、
”禁忌の印”をつけられた妖魔が見つからなかったのか。
居るわけがない場所に、居たからだ。
町のあちこちにある教会、修道院、礼拝堂、墓地。
まさかその地下に、”禁忌の印”をつけられた妖魔が
大量に飼われているなんて。
誰もが疑ってもみなかったろう。
最も魔獣や妖魔から遠い場所なのだから。
「それを知った時の、僕の気持ちがわかるかい?
情けなく醜い人間の本性、
それを守り尊んできたのが、うちの公爵家だとは!」
フィオナはディラン様に優しい視線を送って言う。
「いいえ、たぶん違います。
”聖なる力とは、神に選ばれた者のみが使える力ではなく、
誰もが使える力ですから。誰しも奇跡は起こせるのです”
……その言葉を貴方の家が伝え続けたのは、
いくら搾取されようと聖なる力が不滅であることを
伝えるためだと思います」
王妃は馬鹿にしたように言い放つ。
「だから、何だと言うの? 誰でも使えるですって?
……では、使ってごらんなさい」
その目は真っ赤に充血し見開いており、
真っ白な5本の指は大蜘蛛の足のように長く伸びている。
攻撃を察知し、私とフィオナは背中合わせに立ち同時に叫んだ。
「”闇の霧ダーク・ミスト”」
「”聖なる守り”!」
パシャーン! パシャーン! パシャーン!
王妃が”裁きの雷”を闘技場内に落としまくる。
グオオオオオ!
魔王が吠え、四方八方に魔弾を飛ばす。
が、しかし。
その攻撃は私たちにも、誰にも届かなかった。
眉をしかめる王妃と、首をぐるぐる回す魔王。
皆の周りには、光る粒子で出来た淡いグレーのバリアが生じていた。
私とフィオナは背をつけたままで横を向き、笑顔でうなずく。
ガウールで生み出した融合魔法だ。
本来なら闇魔法と聖なる力は
打ち消し合ったり干渉することで
その効果を著しく半減させてしまう。
しかし私たちのこの術はむしろ互いの効果を増強させるのだ。
これならば、魔法攻撃も物理攻撃も同時に防げる。
王妃は顔を歪めた後、デコボコした魔王の腕に触れた。
すると魔王はブブブブブブブ……と細かく振動した後、
その大きな口からたくさんの魔獣を吐き出したのだ。
ゴポォ……ゴポォ……
不快な音とともに、さまざまな種類の妖魔や魔獣が吐き出される。
口から出たとたん、それは本来の大きさに変化し
闘技場はあっという間に大量の魔獣でいっぱいになった。
コウモリのような羽をしたガルグイユ。
緑色の粘液をまき散らせる妖魔クルムデルス。
魔猿ヨーワが雄たけびを上げ、
アラサラウスまでもが長い爪をふりかざしていた。
それだけではない。魔王は背中の触手を大きく伸ばし、
私のところに飛び出てきた母や
フィオナを守るためにこちらに来ようとしたディラン様、
そして観客席の貴族を襲い出したのだ。
どうやら王妃がその力で、この場を封印しているようだ。
最初に張られていたバリアではなく、強力な呪術を感じる。
彼女はこの場にいる全員を殺すつもりなのだ。
国王が魔王と知れた以上、
この国をまともに支配する必要はなくなったのだから。
王妃は口が耳まで裂けるような笑顔で哂った。
「そんなバリア、いつまで持つかしらねえ」
確かにこの融合魔法は、耐久時間や性能など調べたことは無かった。
出来る限りやるしかないが、
これを王妃と魔王以外の者全員に張っている以上
他の手出しができないのだ。
観客席の貴族たちはもはやパニック状態だった。
悲鳴や怒号、すすり泣きで何も聞こえないくらいだ。
しかし何人かの貴族がいきなり、
出口に向かって走り出してしまったのだ!
「ダメよ! バリアから出ないで!」
私は叫ぶが、パニック状態の彼らには届かなかった。
何かを叫びながら出口のドアを必死に引っ張っているが、
それはビクともしない。
……王妃が力で封じているのだから。
私とフィオナは守りのバリアをそちらまで広げようと
必死に力を込めたが、魔獣が彼らに追いつく方が先だった。
それに気づいた貴族たちが慌ててドアからバリアの区域へ走ろうとするが。
……間に合わない!
「逃げてくださいっー!」
フィオナの叫び声と同時に。
ドン! という音がして、
勢い良く、扉が外側から破られた。
その勢いでドア近くにいた貴族たちは吹っ飛ばされ、床に転がる。
それを魔獣たちが襲おうとした、その瞬間。
滑るように走り込んで来た騎士が、
なめらかな円を描き、出入り口の魔獣たちを切り倒した。
そしてギザギザと上下に剣を動かしながら、
魔獣や妖魔に反撃する隙を与える間もなく
それらの弱点を攻撃していく。
カトブレパスは尾の付け根を
魔獣ギドラスは額と胸を、
ワイバーンは羽を斬ると火を吐くため首を落とし、
本来魔法のほうが効く妖魔グールは
倒したアラサラウスの爪に突き刺し、動きを封じる。
彼が舞い踊るように魔獣を倒して行く後方から、
ロンデルシア国とフリュンベルグ国の兵が走り込んでくる。
私たちはすでにバリアを解いていた。
その騎士は一瞬のうちに、全ての魔獣を屠ったのだ。
あまりの鮮やかな腕前に、さしもの王妃も動けずにいる。
卓越した素晴らしい技というものは、
敵ですら見惚れるものなのだろう。
最後の一刀を終えた騎士は立ち上がり、剣を一振りする。
そして私たちを真っ直ぐ見て、言ったのだ。
「エリザベート様、フィオナさん。
遅くなり申し訳ございません」
整えられた茶色い髪に整った精悍な顔。
優しく温かいグリーンの目が細められ、笑っている。
私たちは声をあわせて叫んだ。
「「ジェラルド!」」
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