114.絶対服従の誓約
114.絶対服従の誓約
フィオナは教会から元聖女のべリアを救出した後、
彼女を拉致していた聖騎士団と戦闘になり、
倒壊した建物の下敷きとなった。
ジェラルドは”新種の魔獣が出現したため調査せよ”と王命が出たため
フリュンベルグ国南方に赴いたが、それ自体が王家の罠であり、
聖騎士団に追い詰められ、深い谷底に転落した。
そして。
私のレオナルドは大魔獣ファヴニール討伐の王命を受け
最西の地であるパルダルへと向かった。
ならず者や落伍者を集めたといわれる第4軍を率いて。
そしてどういう経緯かはわからないが、
見事に大魔獣ファヴニールを倒したそうだ。
しかしその代償としてレオナルドは、
ファヴニールの吐き出す黒炎に巻き込まれたのだ。
それを聞き、私は目の前が真っ暗になり座り込んでしまう。
ファヴニールの黒炎。
それはかの大魔獣が吐き出す、
高熱と猛毒を持つと言われる赤黒い炎だ。
渦を巻きつつ放たれるため、一度狙われたら確実に巻き込まれ
その毒素と高温により遺体も残らない、と恐れられている。
黒炎に彼が巻き込まれたというのなら……
それは生死不明などではなく。
私は緑板を取り出し、じっと見つめた。
その”画面”には何も出ていない。
文字も、スペードやダイヤ、クローバーのアイコンも。
じっと見つめる私の頬に、涙が流れ落ちる。
「……それは、お守りか?」
控えめに母が私に尋ねてくる。母や侍女たちには、
私がエメラルドの板を見つめているように見えるだろう。
私は何と答えて良いか分からず困惑したが。
「ええ。私たち4人を繋いでくれる、お守りですわ」
そうだ。緑板は知識や情報を得るためだけのものじゃない。
元世界だってそうだ。昔では考えられないくらい、
”いつでも”、”どこでも”、
誰かと繋がることが出来る、人々の”お守り”なのだ。
いったんは崩れ落ちたが、
私は侍女の手を借りずに独りで立ち上がる。
そしてまっすぐに母を見返し、告げたのだ。
「……私は任務を続けます。王妃が動く可能性がありますから。
彼らを見張らなくてはなりません」
母は頷き、私に言ったのだ。
「そうだ、エリザベート。
全てはこの時のための学びであり、鍛錬だ。
有事の際に生かせぬようでは、全ての苦労が無駄になる」
私は唇を引き締め、母に一礼する。
「三人の救助、捜索と情報収集はお任せします」
母は一瞬の間を置いた後、うなずく。
レオナルドを探しに飛んでいきたい気持ちはもちろんある。
でもそれではいけない。
レオナルドは統治者であり、私は彼の婚約者だ。
その配偶者となる者として、彼の身に何か起こった時には、
代わりに彼の意思を継がねばならないのだ。
万が一のことがあろうと、私独りでもやり遂げよう。
この異世界に転生した当初は、
オリジナルたちの境遇を少しでもまともなものにしようと思っていた。
でも今は違う。この世界の問題は私たちの問題。
だからこの国を救うと、私たちは決めたのだ。
たとえ全てが終わった後、元世界の意識が消え去ったとしても。
************
休憩後、再び王宮へ戻る私を、心配そうに皆が見ている。
侍女たちはハンカチで目を押さえながら私に言った。
「あの方たちと親しくなってからのお嬢様は
生まれ変わったかのように楽しそうで、
幸せそうでございました」
「任務や修行の事ばかりで胸を痛めておりましたが
やっと年頃にふさわしい愉しみを見つけになられたと」
私はなんだか恥ずかしくなって俯いてしまう。
何を言っても否定的にとらえられ、
相手を怖がらせるか、悲しませるか、だった昔の私。
いつしか言葉通りに受け取られるようになり、
私の方も周囲の振る舞いが、
思い込んでいたものとは違うことに気付いたのだ。
前はどんなドレスをしようと髪型にしようと
判で押したように全員が”お美しいです”としか言わないのを
義理や社交辞令で言ってるのだろう、と思っていた。
でも実際、奥に戻った彼女たちの様子をのぞいて見ると
「ああ、もう! ”美しい”以外出てこない私の語彙力が憎い!」
「仕方ありませんわ、あのお姿はまさに”美の化身”ですから」
「言葉を失う麗しさですもの。”美しい”と言うのがやっとですわ」
と話し合っているのを聞き、羞恥で部屋から出られなくなってしまった。
私は周囲が私のことを””暗黒の魔女”という目で見てくる、
そう思っていたが、それ以上に私は周囲を色眼鏡で見ていたのだ。
”この人たちは私を恐れている”という前提で。
彼らがぎこちなく控えめな反応をするのは、
私が不器用で傷つきやすいことを分かっているからだった。
侍女たちに見送られ、出立する私を母が呼び止めた。
母は私のほおに手を添えてつぶやく。
「今、心は張り裂けんばかりの不安と悲しみを抱えているだろう。
でも私はそれを親として、少なからずも嬉しく思う」
意外な言葉に私は目を見開いた。
すると母は少し笑って、言葉を続ける。
「小さい頃からお前には、”嫁ぎ先は無いものと思え”
そう言い含めて育ててきた」
私はうなずく。両親からはなんと
”暗黒の魔女であるお前は、真に愛されることはない”
などと何度も言われたのだ。
母はその真意を語りだす。
「お前を愛するには、理由があまりにも多すぎる。
美貌、家柄、才能、どれか一つをとっても
妻に迎えたいと思うには十分なほどだ。
しかしエリザベート、お前はそのような理由で選ばれることを望むか?
自分に対しメリットばかりを望むものよりも、
こちらが”与えたい”と願う者と、添いたいと思わないか?
少なくとも私と、お前の父はそうだった」
そこで母はめずらしく照れたような顔をして横を向く。
私はうなずいた。レオナルドはまさにそうだったから。
「幸福の基準は決して愛されることだけではない。
愛することは、こちらが選んだということだ。
お前は選ばれるのではなく、常に選ぶ立場でいるべきなのだ」
誰の顔色も窺う必要はなく、媚を売ることもない。
莫大な力や美貌に惹かれて寄ってくる男ではなく、
自分で相手を選び、自分で決定するのだ。
「そしてお前は幼い頃、第三王子を選んだ。
成長しても、一度たりとも迷いはなかった。
しかも殿下は心からお前を愛してくれた。
力でも容姿でも家柄でもなく、不器用で真面目なお前を」
母上の片目から涙が零れ落ちていく。
「しかもだ、あの無感情で生気のなかったお前に
喜怒哀楽を見せるほど親しい友が出来たのだ。
これが親として喜ばずにいられるだろうか」
母はぎゅっと私を抱きしめて言う。
「彼らは必ず生きている。
そして我が公爵は必ず救い出してくれるだろう」
私はその時、父がこの場にいない理由を悟った。
我が国最強の剣士であり魔術師は、
全ての任務を他に任せ、私の仲間の救出に向かっているのだ。
************
屋上に張られたテントから呼び出され、
私は王の間へと向かった。
そこには久しぶりに見る国王の姿と、
彼を支えるように横に座った王妃、
そして異常に目をギラギラと輝かせ、
嫌な笑顔が張り付いた王太子カーロスが立っていた。
「……おもてをあげよ、エリザベート」
国王がけだるげにつぶやく。
私はゆっくりと頭をあげ、目の前の彼らを見た。
「日々の警護、ご苦労であった。しかし、まだ不十分だ」
何かと思えば文句を言うために呼び付けたのか。
私は平静を装い、棒読みで尋ねる。
「何か被害が出たとは聞いておりませんが?」
「当たり前です。被害が出てからでは遅いのですから」
私の言葉に、王妃がバカにしたような顔で言い返す。
私は心の中でため息をつき、彼らに答えた。
「承知しました。ではさらに警備を強化させましょう」
しかし国王は口だけを動かし、告げたのだ。
「その必要はない。いま重要なのは、
我々王族がさらに強大な力を持つことだ」
私は薄笑いを浮かべて答える。
「陛下も皆様も、すでにお持ちではありませんか」
すると横に立っていた王太子カーロスが割り込んでくる。
「まだまだだ! もっと得ねばならぬ。
この国の魔力は全て、我々王族に捧げるべきなのだ!
いや魔力だけじゃない! 全部だ全部っ!」
顔を上気させ、鼻の穴を広げ、唾を飛ばしながら叫ぶ。
なんでこの男は、こんなに興奮し、嬉しそうなのだろう。
不快さとおぞましさ、そして嫌な予感に鳥肌が立った。
そんな王太子をなだめるように、王妃が笑顔で言う。
吊り上がった目を三日月のように尖らせて。
「まあまあカーロス、落ち着きなさい。
もう少しで全て貴方のものになるのだから。
貴方の支配下となり、言うがままよ?」
そして歯茎をみせて醜悪な笑顔をこちらに晒し、ヒヒッと笑った。
私は思わず恐怖で硬直してしまう。
彼らは何の話をしているのだろう……まさか?
国王は微動だにしないまま、口だけを動かして言った。
「元聖女べリアが逃走した。それを手助けした者がいる。
明らかになり次第、その者達は恐ろしい処罰を受けるだろう」
私はフィオナやディランを思い出す。
シュバイツ公爵家は無事なのだろうか。
「そしてレオナルドは大魔獣ファヴニールの攻撃により死んだ。
したがって公爵家との婚約は無効となった」
「まだ分かりません! 捜索中でございます!」
私は必死で言い返す。勝手に殺さないで、という思いと
婚約を無効にされるのは絶対に阻止したかったから。
国王は私を無視して続ける。
視線はどこを見ているのかわからないまま、
あやつり人形のようにただただ言葉を発していた。
「ローマンエヤール公爵家の兵であるジェラルドが
聖騎士団に対して攻撃を行った。
それは我々王族に対する反逆ととらえる」
確かに聖騎士団は王族のものだ。
私は焦りを抑えつつ返答する。
「それは誤った情報でございます。
あの地で何があったか、証拠を提示し……」
「おだまりなさい! この無礼者が!
反論することこそ、お前の家が王家に対し
謀反を企てている証拠です」
王妃がいきなり叫び、私の言葉をさえぎった。
とんでもない因縁をつけられ、私は思わず絶句する。
そして国王が初めて動いた。
腕に大事そうに抱えていた弓をガラン、と床に落として。
「もしローマンエヤール公爵家が王家に対し反意を抱かず
絶対の忠誠を誓う、と言うのであれば……。
エリザベートよ、お前は儂に対し”神に対する誓約”を行え。
我の命に全て応じる、という”絶対服従の誓約”を」




