110.第4軍の初戦闘
110.第4軍の初戦闘
「よし! 全員よく聞け!
これから俺たちはレオナルド殿下の指揮のもと、
わが国の最西、パルダルの地に出現した
”大魔獣ファヴニール”の討伐に向かう!」
王家から派遣された”案内人”という名目の”監視役”が叫んだ。
こいつはフレディという名で、男爵家の子息だそうだ。
緑板で軽く調べたところによると、
剣の実力は全く無いが学業の成績も悪く、
軍人にも、事務官や役人にもなれなかったらしい。
しかし世間体が悪いため、親が必死に金を積み
”伝令兵”として無理やり軍に入隊させてもらったという
やけに寒々しい経歴の持ち主だ。
彼は王族より直々に命じられたこの任務を大成功させ、
駆け回るばかりの伝令兵から出世してやる! と画策しているらしい。
……まあ、このミッションの大成功とは”俺の死”なので
応援してやる気はさらさら無いが。
第4軍を前に、張り切った様子のフレディは、
意気揚々と説明を続ける。
「パルダルまでの道のりは遠い!
この国では最も遠く、行きにくい場所だ。
どんなに急いでも到着には3日はかかるだろう!」
テンション高めなフレディに対し、第四軍はダルそうにしており
近くの者と私語を続けたり、その場に座り込んだりしている。
スキットルからゴクゴクと酒を飲んでいる者さえいた。
俺は何も言わず、その辺の岩の上にあぐらをかき、
足に片膝をついて彼らを眺めていた。
この集合場所である軍用地に俺が到着した時、
彼らは一斉に俺を見て沈黙した後……
誰かが大きな音で軽快に口笛を吹き、一斉に笑ったのだ。
あの吹き方はシュニエンダールで、”イイ女”を見かけた時の調子だった。
その口笛を皮切りに、彼らはガヤガヤと俺の品評を始めた。
「聞きしに勝る、だな……ああ、女だったら良かったのに」
「でも何の才能も無い、性格の悪いクズなんだろ?」
「今までずっとそう聞いてきたのに、他の国の評価は違うよな。
なんでもロンデルシアやチュリーナで魔獣を大量に倒したとか」
「嘘だろ、絶対。あんな女みたいな顔して。
泥が付くのも嫌がるんじゃないか?
”ボクの綺麗な顔が汚れちゃう!”って」
どっと笑った後、ニヤニヤしながら俺を見る彼ら。
そのうちの一人が軽蔑したような目で俺を見ながら言う。
「まあ今回の討伐で化けの皮が剥がれるだろ」
それを耳にしたフレディが笑みを浮かべたまま彼らをたしなめる。
「こらあ、お前ら。そんなことを言うもんじゃない。
この王子様は、いろんな国で大変な実績をお持ちなんだぞ?
まっさかそれが大嘘だったなんて、あるわけないだろう」
嫌みったらしい口調で、俺を横目で見ながら言う。
うーん、あながち否定はできないな。
エリザベートとジェラルド、そしてフィオナあっての実績だ。
フレディはこの機会を逃すまいと、さらに追い込みをかける。
「もしあの実績が嘘だとしたら、第二王子の暗殺未遂、
あれの本当の犯人は分からなくなるじゃないか。
”第二王子の手柄を横取りし、それを隠すために殺そうとした”、
あの説は本当だったんじゃないか? ……ってことに」
「ならない……いや、それは絶対にないな」
いきなり、フレディは言葉を完全否定されて目をまるくする。
俺も思わず驚いて、声の主を見た。
そこには頭がぼさぼさの剣士が立っていて、
眠そうな目でこちらを見ている。
「俺は第二王子の戦闘を見たことがある。
あいつの魔力レベルは多く見ても”2”だ。
剣の腕に関しては、包丁を持ったうちの母親より弱かった」
彼の言葉を、第4軍のうち数人がうなずいている。
「成果を横取りしようにも、あの第二王子に魔獣は倒せないな」
俺は吹き出してしまう。意外と知れ渡っていたのか。
まあ軍に入れば、隠し続けるのは難しいからな。
俺に”第二王子暗殺”の冤罪をなすりつける計画は
あっけなく崩壊したようだった。
フレディは口をへの字にして、グググ……と悔し気にしている。
俺は彼らを改めて見渡した。
暴力的で乱暴な者だけでなく、魔力も剣の腕も無い者など、
”使いものにならない奴ら”を集めたと言われる第4軍。
普段は国の掃除や害虫駆除など、
人が嫌がるような仕事に使われているが
凶悪な魔獣が出現した際には”弱らせるため”だけに使われ
挙句の果て捨て駒にされている者達だった。
今回の任務もいつも通り、それだと思っているのだろう。
それでも彼らが第4軍に入隊したのは、他に仕事が無いからだ。
元々王家が圧政を強いてきたこの国は
国民の生活は切迫するばかりで、
まともな職につくことすら至難の業になりつつあった。
彼らの王族や貴族に対する不満は、すでに爆発寸前なのだろう。
案の定ひときわガラの悪そうな男が、俺を見ながらつぶやく。
「コイツが途中で死んだら、任務はどうなるんだ?
指揮官がいないんじゃ進軍できねえだろ?
……討伐は取りやめだよな?」
「まあ、そうなりますな。万が一、殿下が亡くなれば、
我が国はそれどころではありませんから」
フレディはニヤニヤと笑いながらうなずく。
俺が彼らに殺されれば話は早いからな。
「そうすると、ずいぶん簡単なお仕事だな。
その辺のガキでも務まるんじゃねえか?」
彼の言葉に、数人がドッと笑う。
”俺など簡単に殺せる”、と言いたいのだ。
すると以外にも数人が彼を制したのだ。
「馬鹿なことを言うな。この人……この方の噂は作られたものだ」
「うちの店は他国の客が多いんだが、討伐に関する情報は本当らしいぞ」
「ああ、俺も学校で先生から聞いたよ。
”悪ガキだったけど、心根は真っ当な人間だった”って」
今まで積み重ねてきた努力だけでなく、
あの苦しかった学生生活も、無駄ではなかったのだ。
見てくれている人はちゃんと見てくれていた。
カデルタウンで再会したハンスのように。
フレディはムッとして告げた。
「……とにかく出発するぞ!」
反対派がいる以上、さすがにここで俺を殺すのはマズいし、
とりあえず出発すれば大丈夫だと思っているのだ。
俺が兵士、もしくは大魔獣ファヴニールにやられることを期待して。
フレディは荷物を持ち上げ背に負うが
兵士の何人が不安げに森を見ているのを見て、
ん? という顔で自分もそちらに顔を向けた。
……やっと気が付いたのかよ。
眼鏡をかけた兵士がつぶやく。
「……この音。さっきからずっと聞こえるが。
まるでサンドワームが出すような……」
キリキリキリキリという嫌な音。
あれはまさしく、サンドワームが出す音だ。
「それだけじゃない。周囲から動物が消えている。
鳥がこの時刻に移動する方向とは真逆に飛んでいくぞ」
おお、なかなか良い観察眼じゃねえか。
「そんなわけで”俺を殺してお家に帰るプラン”は一時中断だ」
初めて声を発した俺に、ギョッとした顔で全員が見る。
フレディが焦った様子で俺に叫んだ。
「な、何を言っている? さっさと指揮を取って……」
彼は最後まで言えずに後ろに倒れ込んだ。
俺の正面蹴りがその顔にめり込んだのだ。
気絶した彼をぼうぜんと見ている兵たちに俺は言う。
「じゃあ指揮とやらを取ってやるよ。
俺たちは今、周囲を多数の魔獣に囲まれている。
弓手は高台に登り弓をかまえ、剣士はその下方に立て。
決してこちらから向かわず、目の前まで来た魔獣を倒せ。
それ以外の者は剣士の背後で後方支援に徹しろ」
俺たちは集まっている草原に面した森の中から
恐ろし気な魔獣の声が聞こえてくる。
戦慄する彼らに、俺は続けて指令を出す。
「目が利くものは魔獣の動きを
知識のある者は弱点を、剣士に伝えるんだ。
剣士が押さえた魔獣のとどめをさすのでも良い」
「おい、お前、偉そうに何を……」
凶悪犯の人相をした男が俺を睨むが、
俺は彼にキラキラを振りまきながら答えた。
「うるせえな。俺はお前たちが噂で聞いた以上にクズ王子なんだよ。
お前らなんぞ置いてさっさと一人で行きたいところだが、
任務に背いたとしてお前らは処罰されるだろ?
しょうがないから連れていってやるよ」
「なんだとテメエ!」
「ぶっ殺すぞ!」
俺はおもわず吹きだしてしまう。
ガラが悪いヤツの言葉は、元世界でも異世界でも一緒なんだな。
「さあ、さっさと動かないと
すごろくのサイコロ振る前にゲームオーバーだぞ」
森からワラワラと魔獣たちが溢れ出てくるのを見て、
気が弱そうな者が小さく悲鳴をあげた。
俺はここについてすぐ、
フレディに”魔物寄せ”を付加しておいたのだ。
この辺りの魔獣や妖魔が次々と集まってきているのはそのせいだ。
言葉では人は動かない。
俺は”実戦”で彼らを説得することにしたのだ。
剣を抜いて彼らに笑いかける
「俺も戦うが、腕前は”すっごくまあまあ”ってやつだ。
期待すんな。でも腐っても王族、魔法は使えるんだよ」
しかし、ほとんどの者が聞いていない。
荒くれたちは俺の指揮など無視して、
魔獣の群れに突進していった。
……あんな戦い方じゃ、命がいくつあっても足りないだろう。
しかし数人がこちらを凝視しているのに気付く。勘の良い奴だ。
そして何人かは指揮に従い、配置に付いている。
俺はそのうちの一人を手招きして言う。
彼は巨体をのそのそと動かし、ゆっくりと近づいてくる。
反発心ではなく、元々動作が遅いのだろう。
「お前は槍使いか?」
「あ、ああ。素早くは動けないから強いとは言えないが……」
俺は彼の背中に手を当てる。素早さと攻撃力を上げたのだ。
彼の目がゆっくりと見開き、頬が上気する。
俺は彼に告げた。
「行ってこい。ただし1匹倒したら戻ってくるんだ」
彼はうなずき、駆け出した。それはもうオリンピアのように素早く。
見ていた第4団の兵士たちが叫ぶ。
「嘘だろ?! あのウスノロがあんなに早く走れたか?」
槍使いはクルン! と槍を回転させ、
サンドワームの甲虫の切れ目を狙い、的確に突き刺した。
それを引き抜くと崩れ落ちるサンドワームを
森のほうへと素早く蹴り飛ばした。
見ている者から驚愕と感嘆の声が漏れる。
感嘆するような視線を向ける眼鏡の兵と弓兵を
俺はにこやかに手招きする。
眼鏡の兵の背に手を当て、俺は言った。
「”複眼”と”拡声”の補助魔法だ。
全体の敵を把握し、魔獣の弱点や倒し方を説明してやれ」
そして弓兵を補助魔法で、その的中率や攻撃力を上げる。
眼鏡の兵はとまどいながらも叫んだ。
『右のガーゴイルは羽を攻撃すると火を吐きます。
胴体のみを狙ってください!
ベルスライムは踏むと足がその場に固定されます。
火矢で倒した方が良いです!
ポイズンレッグは毒液を吐くので、
槍で喉を突いて倒してください……』
弓兵はそれを聞きながら弓を構えた。
彼の射た弓は魔獣の弱点を的確にとらえただけでなく
その体を貫通し、その後方にいた魔獣までを貫いていった。
「……すごいっ。すごい、すごい!」
自分の成したことなのに、弓兵は絶賛し感動していた。
俺は全体に、ふたたび語り掛ける。
「俺は補助魔法を何十種類も使える。
威力もレベルも通常の桁違いだ。
さあ共闘しようぜ。お互いの利益のために、な」
************
辺りには魔獣の死体が散らばっていた。
第四軍の兵士たちは疲労困憊で
地面に座り込んだり寝転がっている。
しかし彼らの顔は一様に笑顔で、活気に満ちていた。
荒くれ者やはみ出し者ばかりの第4軍だからではない。
どんな奴も、”命令”や”お願い”ではなかなか動かないものだ。
他人を従わせるのでも、思い通りに動かそうとするのではない。
彼らがおのずと動きたくなるような状況を作り、
動きやすい環境を保持し、正当な成果を与えるのだ。
最初に俺を殺して帰る、と言っていた荒くれ者が
俺に向かってゆっくりと歩き出した。
「やめてください! ベックさん!
彼に手をかけたら重罪ですよ!」
槍兵が叫んだ。眼鏡の兵も懇願する。
「本当は気が付いているでしょう?
この人……この方を死なせるのが王族の目的だって。
殺して一番喜ぶのは、僕たちが死ぬほど嫌いな奴なんですよ?!」
やはり彼らは、愚かでは無かったのだ。
「うるせえな。分かってるよ、そんなの」
荒くれ者はそのまま俺の前に来て、口の端を上げた。
「聞かせてくれよ。お前の利益って何だ?
お前はもう、金も地位もあるだろ?」
俺は笑って言う。
「当然だ。俺は何でも持っている。
だから俺は常に”与える立場”なんだよ。
まずは任務という仕事を与え、次にそいつに見合った力を与えた」
納得したような、驚いたような、
呆れたような顔で俺を見つめる彼らに、俺は宣言する。
「そして俺はこの任務の報酬として
お前らに”自由と権利”をくれてやるよ」




