105.べリア救出作戦の成功と失敗
105.べリア救出作戦の成功と失敗
うーん、やっぱり難しいですね。
思うようにいかないものです。
私は今、冷たい床の上に寝っ転がったまま、
遠ざかっていく聖騎士団員たちの足音を聞いています。
先ほど引っ張られ、何本か髪が抜けた部分が痛みますが
手を当てて癒すことはできません。
何故なら……両手両足を拘束されているからです。
頬を平手打ちされた時に口の中を切ったのか
血の味が広がっています。
私は思わずつぶやきました。
「……今はしょっぱいものより、甘いものが食べたいなあ」
************
私はあの後、いろいろ準備を済ませて
”ヘーネスの酒場”へと向かいました。
ここはあのグエル元・大司教が隠れた根城にしていた場所です。
やはり王家も聖騎士団も、あの悪人とつながっているのでしょう。
店の前には誰もいませんでした。
まだ来ていないのか? と思ったら。
「遅かったな」
振り向くと、さっきの聖騎士団員が立っていました。
私が誰か連れてこないか、隠れて見張っていたのでしょう。
案外、用心深いヤツのようです。
「箱を開けて薬だけ持ってこようとしたんですけど
ダメだったんですよねー」
”いま、ここで渡せ”と言われないように先手を打ちます。
案の定、彼はムッとしたように言いました。
「……なんでだよ」
「そういえば、これを箱ごとくれた神官さんが
”真にこれが必要な者が触れた後、私の魔力を鍵にして解除する”、
そういう手順だって言っていたような……
あれ、もしかして私がこれを売るって思われてたんでしょうか」
聖騎士団員はニヤニヤしながらうなずいた。
「そうだろうな。とんでもなく高値で売れる薬なんだろ?」
それを聞き私は彼にたずねました。
「でも、やっぱりべリアさんには効かないかもしれませんね。
だって怪我とか、腹痛なんですよね?
これって精神的な回復薬なんですよ、だから……」
急にもったいなくなったかのように、
私はその場を去ろうとしました。
聖騎士団員は大慌てで、私を引き留めます。
「待てよっ! いや、ぴったりだよ。
あの元・聖女は、なんか頭がイカレ……
参っちまってるみたいでさ」
などと笑う顔をぶん殴ってやりたくなりました。
べリアさんの状態は緑板で調べ済みです。
ずーっと黙っているかと思うと泣き叫んだり、
そうかと思えば狂ったように笑う、とありました。
聖騎士団が彼女を生かしておいている理由は
”生きたまま人柱として埋めるため”
と出ていました。
つまり当初、私が受けるはずだった”断罪”を、
代わりに彼女で行うつもりなのでしょうか?
それにしても”人柱”って。
逃すまいとする聖騎士団員にみつめられ、
私はしぶしぶ、という感じにうなずいてつぶやきました。
「……それなら……まあ。ピッタリではありますが……
ものすごく高額なんですけどね。
一年くらい、働かなくても良いくらいに……」
私の言葉に興奮したのか、
聖騎士団員は急にテンションがあがり
「そうかそうか! じゃあさっさと行こうぜ!」
と私を”ヘーネスの酒場”へと導きました。
中に足を踏み込むと、昼間はまだ準備中のようで
薄暗い店内には誰も居ませんでした。
先へと進む聖騎士団員を追って、私はどんどん奥に進みます。
誰もいない厨房を抜け、そのさらに奥。
薄暗い廊下の先に、下へ降りる階段が見えました。
……何か、聞こえくる。そう思った時。
「おい、チャック。何をしている」
「ここに女を連れ込むとはいい度胸だな」
私と、チャックと呼ばれた聖騎士団員が振り返ると、
厨房のかげから飲んだくれた男が二人、現れました。
「デイブ! トッド!」
チャックさんは明らかに動揺していました。
酔っ払い二人組はニヤニヤしながら近づいてきます。
「いいのかなあ? 団長と……司教様に言っちゃおうかなあ」
そう言って、私に目をとめました。
そしてほー、とか、へー、とか変な声をもらした後。
「すごい美人捕まえたな。
俺たちも仲間に入れてくれるなら黙っててやるよ」
「大勢の方が楽しいよな? 可愛いお嬢さん」
そう言って私に手を伸ばしました。
私はとっさに笑顔で叫びました。
「あら? 一緒に彼女を癒す手助けをしてくださるんですか?
この薬を飲ませるの、すごく大変そうですし」
はあ? という顔をする二人に向かって
チャックさんはいきなり突進し、その腕をつかみました。
そして二人を厨房の奥へと引っ張っていき……
しばしの間をおいて戻ってきたのです。
それはもう三人とも、ものすごい笑顔で。
おそらくチャックさんは観念し、
彼らを仲間にすることにしたのでしょう。
たとえ分け前が三分の一になったとしても、
無いよりはずっとマシですから。
「こいつらも手伝ってくれるってよ!」
チャックさんがご機嫌な感じで言い、
デイブさんとトッドさんもノリノリで
「さあ、あの女のとこに行くぞ!」
「早く元気になってもらおうぜ!」
と言いながら階段に向かいました。
「……開けられるよな?」
「まあな。俺たちはあの女にエサをやらないとならないからな」
つまりべリアさんの世話役、兼、見張りだったのでしょう。
エサだと? ……私は心の中で、彼らに回し蹴りを食らわせました。
階段の前にある魔方陣を決められた暗号で解除し、
下へとどんどん降りていきます。
そしてその先にあるドアを鍵で開けました。
ドアを開いた瞬間、むわっと嫌な臭いがしました。
「……相変わらずクッセエなあ」
デイブさんが顔をしかめます。
部屋には窓が無く、空気はとてつもなく淀んでいました。
部屋の奥に、太い鉄枠で封じられた牢屋が見えます。
私はハッと息を呑みました。
そこには、いつでもすまし顔だったべリアさんはいません。
歯茎をむき出しにし、目をギラギラさせながら
鉄格子を掴んでこちらに何か言っています。
その姿を見て、トッドさんが言いました。
「ああ、今はブツブツタイムか。
絶叫タイムや号泣タイムじゃなくて良かったな」
私は苦い気持ちでいっぱいになりましたが、
ここからが本番なのです。
「まあ! かなりご乱心のようですね!
この天文学的な価格の、超・高価な薬が無駄にならないよう、
確実に飲んでいただきたいので、ここから出してもらえます?
牢の中は暗くて見えませんので」
彼らは顔を見合わせます。
「どうするよ。さすがにマズいだろ」
「このままで良いだろ? 早く薬を出せよ」
焦ったようにチャックさんが言いますが、
私は厳しい顔で首を横にふりました。
「駄目ですよ。床に落ちたらパーですよ?
宮殿だって買えるような高額な薬が!」
トッドさんはよだれを出しそうな顔で言いました。
「ちょっとなら大丈夫だろ。相手は女だぜ?」
「そうだな! ちょっと出すだけなら」
べリアさんをちょっと出して、箱を触らせ、
私が開錠したとたんに、取り上げるつもりなのでしょう。
彼らはニヤつきながら牢屋に近づきました。
そしてポケットから、かなり重そうな鍵を取り出し。
ギギギギギ……
錆びついた音をさせて、扉を開きました。
べリアさんは出てこようとはせず、
相変わらず鉄柵をつかんで、何かブツブツ言っています。
デイブさんが中に入り、彼女の腕をつかみ、
牢屋の入口へと引き寄せました。
彼女はむりやり剥がされ、バランスを崩し
入り口に倒れ込みました。
「べリアさん!」
私が彼女を案じて駆け寄るのを、
三人の聖騎士団は冷たい笑みを浮かべ見ています。
「大丈夫ですか? では、これを……」
その前に私は、この部屋の入り口を見ました。
うん、ドアは開いていますね。
そして視線を彼女に戻し、彼女に小箱を握らせました。
そのまま彼女に覆いかぶさるようにつかまりました。
「これで良いな。次は箱をお前の魔力で開錠するんだろ?」
チャックが尋ね、近づいてきます。
私はそのままじっとしています
「どうした? 何で動かない?」
デイブがイライラした声で言いながら、
私に向かって手を伸ばした時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「な? なんだ?」
彼らが入り口を振り返った時には、もう遅いのでした。
この店の入り口から、店内、廊下、そして階段。
牢屋の前まで流れ込んできたのは、
闇魔法”戒めの鎖”です。
その鎖の先は小箱を抱えたべリアさんをぐるりと包み込むと、
今度はいきなり、ものすごい勢いで彼女を引き出していきました。
ポーン! と弾けるように引っ張られ、
ピュー! と階段を放り上げられていきます。
元世界のテレビで見た、カツオの一本釣りならぬ
まさかの”聖女・一本釣り”です。
ほんの一瞬でした。
彼らはあっけにとられたまま、
引っ張られ飛んでいく彼女を見ていることしかできません。
しかし。
私は大きな失敗をしてしまったのです。
その驚きの吸引力に加え、
べリアさんがぬるぬるしていたという誤算もあり、
私は必死に彼女にしがみつきましたが、
階段をあがったところでとうとう振り落とされ、
そのまま下へと転がり落ちてしまったのです!
我に返った彼らは気が狂ったように叫び、
チャックが階段下でうめいている私の胸倉をつかみ、
思い切り頬を平手で殴った後、
階段を駆け上がっていきました。
「国境検問所だ! 急げえええ!」
転がった私にトッドが蹴りを入れ、
「絶対に取り戻せ! 殺されるぞお!」
と叫び、チャックを追いかけていきます。
「てめえええ! 後でなぶり殺しにしてやるからなあ!」
デイブがそう叫びながら、私の髪をつかんで引きずり、
腰に付けていた拘束具で手足を固定しました。
そして、ヤバイヤバイとつぶやきながら、
バタン! とドアと閉め、
大急ぎで彼女を追いかけて出て行きました。
************
そんなわけで私は今、ここに放置されています。
とりあえずべリアさんを逃がすことには成功しました。
彼女は今ごろ国境をめざし、大急ぎで運ばれているはずです。
私は宿に戻った時に、協力者へ連絡を取っておきました。
ローマンエヤール公爵に、
何かあったらその人を頼るように言われていたのです。
他国の聖職者を国内から締め出している今、
頼れるのは公爵家の人だけです。
しかも聖騎士団に見つからないように動けるのは2人だけでした。
魔導士さんと、兵士さん。
だから魔導士さんが小箱を”目標点”として”戒めの鎖”を行使し
引き出した彼女はそのまんま袋に入れ、
早馬で出国させる手はずにしたのです。
本来は私も一緒に出る予定だったのですが……
三人の聖騎士団員は大慌てで追いかけましたが、
国境検問所から出国する、と思い込んでいるようでしたので
追いつき捕まってしまうことはないでしょう。
ローマンエヤール公爵家はとっくに、
裏のルートを作っているそうですから。
彼女が他国に保護されれば、”生きた証拠”として
この国の教会がしたことが世界に明るみに出ます。
人柱にされることもないでしょう。
私は床からゆっくりと起き上がり、つぶやきました。
「……お腹、すいたなあ」
痛み? そんなものはすぐに”治癒”したので消えています。
人間のクセで、痛いところに手を当てたい気持ちはありましたが、
そんなことをしなくても、
内側から出る力で傷や痛みを無くすことは可能なのです。
でも、拘束具を外すことはできません。
このまま彼らに捕まるのも悪くないかもしれない。
食べ残しが入ったまま放置された弁当箱みたいな
腐りきったこの国の教会内部の人を
最後にぶっ飛ばしてやるのも良いかもしれません。
後は、エリザベートさんやジェラルドさん、
そして王子がやってくれるでしょう。
仲間を思い出し、私は思わず笑顔になりました。
異世界に来れて良かった。
みんなに会えて、本当に楽しかった。
この世界での日々が走馬灯のように……
流れることはありませんでした。
何故なら感傷に浸る間もなく、上が騒がしくなったのです。
彼らが戻ってきたのかもしれません。
大勢の、仲間を引き連れて。
私は覚悟し、ドアを睨みつけます。
最後に、大暴れしてやる。
縛られていたって、聖なる力は使えるんだから。
(階段を転がり落ちたショックと痛みで、
彼らからの防御は間に合いませんでしたが)
誰かが早足で階段を駆け下りてくる足音がします。
そして一瞬の間を置き、扉が勢いよく開きました。
……それが敵ではなく、
助けに来てくれたディラン様だと気付いたのは、
私が渾身の”癒しの暴風”をぶちかました後だったのです。




