102.引き離されて
102.引き離されて
黙り込む俺たちを、キースが不思議そうに見ている。
彼は知らないのだ。
”緑板を使いこなす能力”というものが
”異世界の人格”である、ということを。
オリジナルたちが自分の現状に満足したら
この”自我”は消えてしまうのだ。
俺は内心、かなりのショックを受けていた。
チュリーナの時にも感じたとおり
オリジナルたちも今までの経緯を見ているようだから
いきなり記憶喪失になったりはしないはずだ。
周囲の人から見れば何の代わりも無く、
オリジナルたちも問題なく、その後を生きていけるとは思うが。
しかし。
オリジナルと俺とは、やはり違う人格なのだ。
もし元・世界での死後、こちらの世界に生まれ変わったのなら
俺たちはただの”個性の記憶”は、ただ消え去っていくのだろう。
もし何らかの状態で、こちらに”出向”しているだけであれば
元の世界に戻り、その生活を続けるのかもしれないが。
その時、ここでの記憶は残っているのだろうか。
俺たちは視線をあわせる。
急に切ない思いでいっぱいになっていく。
今まではあまりにも毎日が慌ただしく過ぎていくため、
自分たちの元・世界での生活について語ったことは無かった。
一番最初に社会人や学生だったことや
”何をしている最中に転生したのか”、
ということを語り合ったくらいだ。
どこに住んでいるとか、会社や学校名などの具体的なこと
家族や恋人、友人の話はもちろんなのだが……
何より俺たちは互いに、元・世界での名前すら知らなかった。
俺が口を開く前に、あたりが急に暗くなった。
襲撃かと思い、慌てて空を見ると。
そこには巨大な黒竜が舞っていた。
天を仰ぎながら、キースがつぶやく。
「兄上のドラゴンじゃないか」
「お父様?! どうしてこんなところに!」
エリザベートが両手で口を覆って叫んだ。
伝令などではなく、ローマンエヤール公爵本人が、
俺たちのところにやってきたのだ。
……恐ろしく、良くない知らせを届けに。
************
公爵は開けた場所で黒竜から降りた後、
広い歩幅でこちらに向かってくる。
「……お父様」
エリザベートが駆け寄り、キースもそれを追った。
俺たちはそれぞれ最敬礼の形で迎える。
ローマンエヤール公爵はうなずいた後、全体を見渡した。
その表情からは何も読み取れない。
俺と目があったところで、感情の無い声で告げた。
「時間が無いため、手短にお伝えする」
そしてまず、フィオナに向かって言ったのだ。
「フィオナ元聖女には再び帰属するよう、
教会から要望が出ている」
フィオナは泣きそうな顔になる。
グエル大司教がいなくなったとはいえ、
いまあそこに君臨しているのは王妃だ。
フィオナはうつむき、震える声でつぶやいた。
「……お断り……できませんでしょうか……?」
ローマンエヤール公爵は表情も変えず答えた。
「この要望は発令ではない。
従って拒否することは不可避ではない、が」
ぱあっと顔を明るくしたフィオナに、公爵は続けた。
「今”戻ってきて欲しい”と願っているのは
グエルのような腐敗した一派でも、王妃の配下でもない。
教会の末端にいる善良な者たちだ」
そういえば、フィオナの次に聖女になったべリアは
やらかしまくった挙句に追放されたのだ。
王妃が実務などこなすとは思えず、
実務の被害は現場にいる下級聖職者の負担となっているのだろう。
黙り込むフィオナに、公爵は静かに語る。
「彼らは”力など必要ない”と言っている。
人々に必要なのは”寄り添ってくれる信仰”だそうだ」
フィオナは軽く目を閉じた後、はっきりと答えた。
「わかりました。私は戻ります」
そう言うと思っていたよ。俺はため息をついた。
「ただし教会は全て、王妃の手の者によって支配されている。
充分に準備していくことと……
力のことは絶対に知られてはならない。
ガウールで膨大な”聖なる力”を得たことも、
真の聖女であることも」
そう言って公爵は、キースが幻影で創り出した聖獣の雄鹿を見た。
「はい。昔と同じように地味に働きます!」
フィオナは笑顔で答えた。
公爵は次にジェラルドへ向いた。
「お前は騎士の称号を持つ者として、
王命によりフリュンベルグ国の南へと赴任する。
あの場に未確認の魔獣が発生したと報告を受けたそうだ」
「承知しました」
フリュンベルグ国の南だと?
俺は嫌な予感に囚われ、思わず口を挟んだ。
「……その報告をしたのは、聖騎士団ですね?」
公爵は目を細め、わずかに口元をほころばせた。
「その通りだ。殿下がジェラルドのために南側に送った者達だ」
俺はジェラルドが以前、フリュンベルグ国からの要請で
あの東側の火山帯へ赴いた際に、
その討伐の邪魔にならないよう、
聖騎士団団長の弱みを掴み、脅すことで
南からの魔獣の侵入を塞いだのだ。
アイツらが何か見つけたと言うのか?
何か、胡散臭いものを感じるが。
考え込む俺に、公爵はさらに疑惑が深まる情報をもたらした。
「ただし同行する隊は、我が公爵家のものではなく
聖騎士団より集められた者たちのみ、だ」
やっぱりそうか。聖騎士団に無理やりジェラルドを組み込みたいんだろう。
それにジェラルドを金で裏切った平民か、
使えない貴族の子弟ばっかだろう。
めちゃくちゃアウェーじゃねえか。
それでも、俺の剣は片膝を着き頭を垂れたまま、平然と答える。
「承知しました」
そう言うと思っていたよ。俺は再びため息をついた。
次に公爵は俺の前へと歩み寄り、膝をついて述べた。
「殿下にはシュニエンダール国の最西、
パルダルへの魔獣討伐が王命により発せられました」
「パルダル! なんでそんな遠方に!」
ジェラルドが言う通り、パルダルは最も遠く行きにくい場所だ。
ただ距離があるだけでなく、
途中に何本も大きな川が流れているため、
行くだけでも3日はかかるだろう。
公爵は俺を真っ直ぐに見ながら、理由を語った。
「この地に大魔獣ファヴニールが現れたためです」
「ファヴニールですって?! それは確かなのですか?」
エリザベートが顔面蒼白で尋ねると、公爵が即答した。
「我々も調べたが、事実だった。
おそらく王妃の強い魔力に反応したのだろう」
「どうして、王子が……」
フィオナが困惑しつつ尋ねる。俺が公爵の代わりに答えた。
「断れないから、だろ。
他国での実績が本当なら、それを証明してみろってことだ。
断ったらすかさず”やはり嘘だった”と、
王太子の代わりに暗殺未遂の罪を負わせるつもりだ」
公爵はうなずく。
さらに俺は続けた。
「それだけじゃない。行ったとしても
俺がファヴニールにやられたら万々歳。
万が一勝ったとしても、強力な闇属性の魔獣が消えるのは
王妃にとっては有利になるからな。
どっちにしろ、王家はメリットしかない策だ」
あのインチキな新種の光魔法に反応したのだ。
ファヴニールはこの国を”敵の居場所”とみなして、
下手すると王都まで攻め込んでくる可能性もある。
「承知しましたわ」
俺より先に、エリザベートがきっぱりと答える。
「いや、ダメだ。連れては行けない。
闇属性のファヴニールは倒しにくいだろう」
彼女に俺が言うと、公爵がもっと恐ろしい事実を告げたのだ。
「エリザベートにはすでに、他の王命が出ている。
そして王子が率いる軍は、すでに決まっている」
「えっ!? それなら良かった……」
あくまでも善人であるジェラルドがホッとして言うが。
俺は三度目のため息をつきながら、つぶやいた。
「わかってねえな。あいつらを。
俺の軍は……第四軍だろ?」
ローマンエヤール公爵は目を大きくする。
やっぱりな、当たりか。
戦闘能力の秀でた者のみの第1軍に、
そこそこ腕が立つ者が集められた第2軍、
そして歩兵の集まりの第3軍。
通常、わが国の軍隊として認められているのはこの三種だ。
しかし実際には”第4軍”が存在している。
ならず者や荒くれ者、魔力も剣の技術も無い者など、
”兵として使いものにならない奴ら”の集団だ。
普段は国のドブ掃除や害虫駆除などを負わされているが、
戦時には露払いやかませ犬、捨て駒にされている。
仕事にあぶれたものが流れ着く先で
シュニエンダール国内では、
”落ちぶれたら盗賊になるか、第4軍になるか”
と言われているくらいなのだ。
だが。
俺は公爵を見返して言う。
「第一軍や第二軍より、よっぽどマシだぜ。
あいつらを扱いきれないなら、俺の方が無能ってことだ」
”使い物にならない人間などこの世にいない。
それは指示を与える人間が未熟なだけ”
ロンダルシアで俺が学んだことだ。
ローマンエヤール公爵は初めて破顔した。
黒い瞳を細め、俺を見てうなずいた。
しかし俺たちの横で、不安が爆発しそうな顔をした
エリザベートが強い口調で抗議した。
「そんなの、納得できませんわ!
何のための私の力なのです?
今まで、必死に鍛錬を重ねてきたのは全て……!」
「落ち着きなさい。エリザベート。
お前らしくないだろう」
それを聞き、キースが反論する。
「そうかな? 実にエリザベートらしいじゃないか、兄上」
その言葉を無視して、公爵はエリザベートに向かって言う。
「今日の伝達は、全て決定事項だ」
俺もエリザベートに言う。
「まだ王妃たちの悪事を、決定的に証明できるものは何もないんだ。
王族に反し糾弾するには、まだ証拠が不十分すぎる。
どれも、従うしかないんだよ」
怒りと悲しみに震えるエリザベートは
公爵に向きなおり、抑えた声で尋ねる。
「……私の仕事とは何なのです?
どのような王命が下されたのでしょうか」
公爵はそれに対し淡々と告げたのだ。
彼女にとっては、最も過酷となるだろう任務を。
「……お前の任務は、国王と王妃、そして王太子の警護だ」




