100.聖女の祝福
100.聖女の祝福
王妃の光魔法”大光明トータルステロウ”。
全ての害悪を滅し浄化する究極の光魔法。
一瞬でカデルタウンの人々を無気力な不死人に変えたその魔法が
自分の生命力を封じる”呪い”だとしたら。
俺たちはそれを上回る、強烈な”呪い”をかければ良い。
俺はそう宣言したのだ。
しばしの沈黙の後、エリザベートが口を開く。
「具体的なやり方はメアリーに相談にのってもらうとして……
”生命力を活性化させる呪い”って、どんなのかしら」
人を元気にする呪い……たしかにそんなものあるのか?
それはすでに呪ってなんかいないよな。
「回復呪文の類いは、すでに試しましたよね。
肉体的な疲労や損傷ではなく、
精神に及ぼすものを探さなくてはなりません」
ジェラルドの言う通り、俺たちはカデルタウンで
アンデットのように生気を失い、思考力を失った人々に対し
さまざまま魔法を試したが、
それは何一つ、効かなかったのだ。
あの時の絶望と悲しみを思い出し、俺は唇を噛んだ。
ずっとソファーで話を聞いていたキースがつぶやく。
「思った以上に"大いなる力”を使いこなせていないようだな」
彼が言う"大いなる力”とは、緑板のことだ。
俺たち4人は天から落ちた青いイナズマを受け、
この元・世界の意識を持つようになり、
てっきり異世界転生したのだ、と思っていたが。
しかし母の話によると、
俺は小さなころから元・世界の記憶を持っていたらしい。
しかも、エリザベートもだと言っていた。
きっとフィオナもジェラルドも、なのだろう。
俺たちはいわゆる”前世持ち”ってやつなのかもしれないのだ。
”大いなる力”を呼び覚ます究極の闇魔法。
彼はその魔法をそう言っていたが、
それは緑板とともに、それを扱うための知識、
すなわち”異世界の人格”を授けるものだったらしい。
俺やエリザベートが”真の絶望”を感じるような
最悪の事態に陥った時、異世界の知恵と緑板で
その事態から脱却するために。
ガウールで会った時にも彼は、俺たちにこう尋ねたのだ。
”どうだい? ”大いなる力”。使いこなしているかな?”、と。
エリザベートは恥ずかしそうに、こくんとうなずいて答える。
「質問って……知りたい事っていつも、
思ったよりも抽象的なんですもの」
素直な姪を諭すように、キースは優しく言った。
「質問は細分化しつつ単純に、だよ」
エリザベートはもう一度、検索を試みる。
「”大光明トータルステロウ”を打ち消す威力を持つ魔法とは”。
……あるのね! あったけど……」
彼女の言葉は尻つぼみになる。
俺たちはエリザベートの緑板を覗き込んだ。
そこにはただ、”祝福”、とだけ書いてあった。
「……それって、教会の人がいつもやってる事ですよね?」
「なんなら一般人だってやってるぞ。
結婚した時や試合に勝った時とかさ」
ジェラルドと俺がそう話していると。
フィオナが悲しそうにつぶやいた。
「……そういえば私、聖なる力が使えるとわかり、
初めて教会に保護された時……
”まずはお前の力をみせてみろ”って言われたんです」
「なんだよその、マンガやゲームでありがちな煽りは」
俺がそう言うと、フィオナは苦笑いで答える。
「たいしたことできないって、向こうは知ってましたからね。
最初から、本当に馬鹿にされましたよ」
今でこそ膨大な魔力を持つフィオナだが
それはガウールで魔獣から”反転”の魔法で得たからであり、
本来はささやかな回復くらいしかできなかったのだ。
「だから”回復”、”浄化”、”毒消し”……
できることをやってみせたんです。
でも最後に、ついでに”祝福”をやった時、
その場にいた一番偉い人が激怒したんです。
”止めろ! すぐに止めろー!”って怒鳴って、
いきなり蹴り上げられたんですよ。
もう、痛みよりもビックリしてしまって」
「何ですって? 許せないわ!
力をみせろと言ったのはそっちのほうでしょう」
エリザベートは怒りに声を震わせる。その通りだ。
フィオナは辛い思い出なのか、悲し気に続ける。
「”祝福”なんて聖職者じゃなくて誰もができることだから
ふざけているのか! って思われたんだと思います。
もちろんそんなつもりはありませんでしたが」
「まあ、フィオナはマイペースだからな。
だからと言って蹴り上げるのは頭がおかしいだろう」
俺が言うと、ジェラルドも不快そうにうなずく。
「絶対に許しがたい暴挙と言えます。
その者の顔を、覚えていますか?」
俺が心の中で”ジェラルドってあんがい根に持つタイプなのか”
……などと思っていると。
フィオナは首をかしげ、ふるふると首を振った。
「蹴られた後、押さえつけられたので顔は見えませんでした。
頭上で、”お前はもう二度と祝福することを禁じる!
これを破ればお前だけでなく、
お前のいた孤児院の者も全て処刑する!”……
そう怒鳴る声が聞こえて」
その言葉に、俺たちは眉をしかめた。
おふざけに対する罰にしては、ちょっと重すぎやしないか?
フィオナはうつむいたまま続ける。
「泣きながら謝って、顔を上げた時には、
金色の法衣が早足で遠ざかっていくのが見え……」
フィオナもそこで、言葉を区切る。
彼女も気が付いたのだ。例え顔を見なくても、
あの国で金色の法衣を着ているのは、グエル大司教だけだから。
俺たち4人は目をあわせる。
……もしかすると。
話を聞いていたキースがフィオナに尋ねる。
「……俺を祝福してみろ」
いきなり自分にかけてみろとは、たいした自信だ。
万が一不穏なものでも、対処する実力があるのだろう。
フィオナは戸惑いつつも立ち上がって、右手をキースにかかげた。
いっしゅん、柔らかな風が吹いた。
ただ、それだけ。
キースはフィオナを凝視している。
俺は緑板を操作し、
”フィオナがキースにかけた魔法の名と、その効果は”、と検索する。
その、回答は。
”祝福。 神の恵みや恩寵を授け、幸せを祈ること。
さらに”大光明トータルステロウ”の効果を打ち消す効果を持つ”
長い間の謎が、やっと解けた瞬間だった。
教会、いやグエル大司教たちがフィオナに目を付けた理由は、
王妃の光魔法に対抗できる唯一の魔法を持つ者、
……”真の聖女”だったからだ。
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