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北見生徒会長視点①

 西ノ原高校二年一組、北見 桜。


 艶のある美しい黒髪長髪、そこから僅かに香り出る、甘い花のような匂い。 

 透明感のある肌は、彼女を淡い存在へと認識させ、また体格も華奢で小柄。おまけに小顔。

 上品な容姿と相関的に、一挙手一投足の所作にも品がある始末。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。この言葉通りの存在、それが西ノ原高校現生徒会長、北見 桜という女子生徒だ。


 勉学の才も突出しており、先日の模試では全国偏差値71という田舎の公立高校では滅多にお目にかかれない数字を叩き出した。


 しかし、そんな彼女もまだ齢17。何もかもが完璧なわけではない。女子高生らしい、否、人間らしい一面もある。


 ああ、メンドクサイ。メンドクサイ。ダルーい。

 どうでもいいだろあんなの。 ッチ。


 北見桜の本来の性格は、花の名称で形容されるほど品のあるものではない。心中では常に悪態にまみれていた。


「それでは北見さん、宜しくお願いしますね」


「はい、それでは僭越ながら私が最後を締めさせていただきますね」


 ここで首を傾げてニッコリっと。よし。教師もチョロいな、ハハッ。


 品の欠片もない彼女の性格だが、彼女は自分を良く見せようと努力することに抜かりがない。この執着心は他の17歳とは相容れぬところか。

 打算的に作られた笑顔には、それを僅かにも疑わせぬ上品さと可愛げが乱立していた。

 故に、人々が彼女の人間性を理解してあげるには、もう少しばかりの時間が必要であった。


「ありがとうございます。それでは講演会、頼みますね、北見生徒会長」


 彼女は今、今日の午後にある講演会の締めのお礼を頼まれていたところである。


 ったく、あんなもん誰がやっても変わんねーだろ。そしてクセェ。


 教師がご満悦な表情で去っていった後、彼女はそう小さく呟いた。


 眼鏡をかけた数学教師、伊藤 純弥。彼は北見の担任だ。このご時世に悪びれることもなく、彼は休憩時間になると喫煙所へ足繁く通っている。


 教師としての腕は一流で人間性もある。しかし、ニコチンに蝕まれた黄ばんだ歯と、彼を纏う煙の臭い。生徒達からの評判はあまり良いものとは言えなかった。


 彼が去った後、北見は臭いを気にしながらその場、職員室前の廊下に少しばかり留まり、物思いにふける。


 講演会、あいつ(数学教師伊藤)が言うには来るのは推理作家らしいな。名前は確か東 唯一。この高校のOBらしい。




 知らねぇぇぇーー。


 さすがにまずいかな?

 この私がこの高校出身の有名人知らないのまずいかな?

 まずいよな。まずいよね。どしよ。


 世間体を気にする彼女は、今のこの現状に少しばかり困っていた。


「はぁ」


 深いため息をつき、困窮した現状の打開策を考える。

 正直なところ、傍目には些細な事にしか思えない。しかし、当の彼女からしたらプライドを傷つけるのに充分な材料であった。


「北見さん、大丈夫?」


 そこへ、北見のため息を聞いた一人の生徒が声をかける。


 厚いレンズの入った黒縁眼鏡。胸まで伸びた可愛らしいおさげ。手元にはいつものように文庫本を携えている。図書部部長の柏木だ。


「柏木さんこんにちは」


 ニッコリと微笑む北見。その内心は―――


 キタぁぁぁ! 柏木キタぁぁぁ! 神神神!

 柏木さまぁぁぁぁ!


 少々鼻息が荒くなった北見を心配そうに見つめる柏木。ので、北見が獲物を睨むかのような眼光を柏木に向けたその時は、彼女はヒぁと声を漏らした。


「柏木さん。少し相談があるのですが……今お時間宜しいでしょうか」


「は……い。大丈夫ですよ。昼休みもまだ10分くらいありますし……」


 よし来た北見! ついてるぞ私!


「柏木さん、ありがとうございます。ここでは少し人目も気になるので、そうですね。図書室にでも行きませんか」


「……分かりました」


 柏木はここで少し緊張する。


 あの北見生徒会長が、ただの生徒である私に相談事……。しかも人目を気にする……。一体全体どんな相談なのだ!?


 柏木がそんなことを考えているのもつかの間、階段を登るだけの図書室はすぐに到着した。


 太陽の日差しが窓ガラス越しに北見たちの足元を照らす。北見の靴下は、刺繍されたNという文字を小さく反射させていた。


「柏木さん、東唯一という推理作家をご存知ですか?」


 開口一番に本題を切り出す北見。彼女の目はどこか自信に溢れていた。


「はい、知っていますよ。確かこの学校のOBだとか」


「そうらしいですね。誇らしいです。まさか有名作家の東氏がこの学校のOBだなんて」


「本当ですよ。この前も彼の代表作の一つ、六角館の殺人が土曜ワイド劇場で実写公開されていましたね」


「ええ! 本当ですかそれは! まさか六角館の殺人がテレビで放映されるなんて。私の家、あまりテレビを見ない家風でして……」


「そうですよね。北見さんの家、厳しそうですもんね……」


「うーん。私もテレビ見たいです! 」


「ふふふ」


 趣味の話が話題となってか、緊張が少しほぐれ笑みを浮かべる柏木。


 そんな柏木と一緒に北見も楽しそうにしていた。しかし、そんな彼女の顔はどこか狡猾さが見え隠れしていた。


「土曜ワイド劇場では他にも東氏の作品をやっていたのですか?」


「はい、私の記憶では確か猫の館と、あとそれとotherが放映されていましたね」


「猫の館とotherですか。これはまた悔しいですね。テレビ見たかったです」


 眉を寄せ、悔しそうな表情を浮かべる北見。その表情が、実際嘘で固められた表情とは柏木の知る由ではなかった。


「北見さん、相当お好きなんですか? 東先生の作品」


「そうですね、中学一年生の頃に六角館の殺人を読み、そこからですね」


「中学一年で東先生の作品を読まれるとは、さすが北見生徒会長です!」


「いえいえ」と謙虚な態度で手を振る北見は、いつものニッコリ笑みを漏らしながらこう続けた。


「ところで柏木さん、本題なのですが東氏本人の、何か生い立ちなどはご存知ですか?」


 突然話の流れが変わり、少し残念そうな顔を浮かべた柏木だったが、何かを思い出したかのように口を開いた。


「そういえば……生い立ちではありませんが、東先生はどうやら少し変わったお人と先日見た雑誌に書かれていましたよ」


「変わった人……と言いますのは……?」


 柏木の返答は、実のところ北見の予見していたものではなかった。

 小さい頃はやんちゃだった、趣味は洋楽を聞く、日課は紫陽花の水やり……などなど。北見の予見はこうしたものであり、それは無論お礼の際に無難なエピソードトークを織り混ぜたいからだ。つまり、変わった人、というのは不意を突かれたと言っても過言ではない。


 そのためか、北見の言動には少し戸惑いが見えた。


「書いてある雑誌によりますと、東先生はかなり自由な人らしくて……。しかもYouTubeで配信もしているという作家には珍しいお方のようです」  


「んー、なるほど。とても自由なお人なのですね。フフ」


「北見さんの抱えている悩みの力になるでしょうか……」


 北見が戸惑っていたのは事実だが、決してそれを悟らせることはないポーカーフェイスで柏木の話に聞き耳を立てている。


 一方の柏木は、北見の悩みの種がよく分からずに困惑していた。


「柏木さん、ここで一つ、面白いことを教えて差し上げます。」


「えっ……」


 北見の相談相手と考えていた柏木は、いよいよ彼女の話の展開に着いていくことが難しくなっていた。

 面白いこと、突然のその言葉にもやっとした感情を抱きつつ、柏木は北見の言葉を待った。


「はい、今日の午後にある講演会。東氏が講演に来てくれますよ」


 一瞬の空白の後、柏木の声が響いた。


「えええええーーーッッッ」

 

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