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第一話【変動】

世界は変わった。


以前は勉学、運動、コミュニケーション能力などといったもので推し図られていたらしい。もちろんそれは今も変わらない。大きく変わったのはそこに新たに異能という項目が追加されたことだ。


世界は変わった。


異能という力が生まれた結果、大きな混乱を招いた。次第に混乱から暴動へ、新たな秩序が必要になった。警察や軍隊..武力だけでは異能を使用して暴れる人間達を抑えるには足りなかったのだ。 


世界は変わった。


今まで人を格付けしていた要因は意味をなさなくなり、異能の強さによって優劣が決まるようにな世界になった。企業のトップ、国のトップ、何かの上に立つ者達は皆それぞれ優秀な異能を活用し世界を動かしている。


世界は..いや人々は変わった。


こうなった世界の末路は簡単だ。異能に縋り、異能に頼り、異能で判断する。そんな世の中になってしまったのだ。これが正しい事なのか正しい事ではないのか..それは俺には分からない。 


「お疲れ様です。警備員の方々にはいつも苦労をかけます。」


「いえ、仕事なので。」


いつも通りの会話..これが社交辞令と言うやつなのか。毎日同じような聞いてると嫌になってくるが、これが俺の一日の始まりの合図でもある。


「1986番..出ろ」


黄色の作業服に身を包んだ研究員が、コンクリートで作られたまるで牢屋のような部屋にいる人物に声をかける。


「....」


薄暗い部屋の奥からジャラり鎖を引きずる音が聞こえ、その姿を現す。

そこにいたのはなんてこともない普通の青年。歳は10代後半から20代くらい。身長は180cmほどで細見の体をしている。くすんだ灰色の髪色をしており、目は黒目。両手足に手錠をつけられそこに鎖を繋がれている。


「今日の実験を始めるぞ。歩け」


鎖を引っ張られ、まるで犬の散歩のような形で歩かされる。


「今日はHからJまでで良いっぽいですよ~。」


「たまにある楽な日だな。」


目の前にいる研究員がそう話しているのを聞きながら青年は考える。

ここに来て何年たったのだろうか。もう分からない。何故ここに入れられたのかすらももう分からない。毎日毎日飽きもせず実験実験と繰り返す。内容は痛いものから気持ち良いものまで何でもござれだ。まあ基本拷問じみたものしかないが...。 


「こいつ長年見てますけど、声聞いたこと無いっすね。」


「確かにな。けど変にしゃべったり、抵抗されるよりはやりやすいだろ。」


「まあそうですけど..。酷なもんですよね。」

 

「変に感情移入するなよ?そういうやつは長続きしないからな。」


「まさか!僕がそんな奴に見えます?」


二人が軽口を叩きながら歩く後ろを付いていく。

長年..。長年か。俺は何をしているんだろう。毎日決まった時間に違った実験。生きてる意味を感じられない。俺は..俺という存在に意味はあるのか..? 


「今日は採血と各部位の皮膚を貰う。楽で良かったな。」


「じゃ、拘束具付けるっすね。」


普段はもっと拷問じみたことをするくせに、こういう無駄なことを考えてる時に限って何も無い。痛いのが好きというわけでは無いが、痛みは考えてることを忘れさせてくれるからいい。


実験が始まり、採血用の注射器を刺され、同時進行で腕や足、顔といった部分に刃物を入れられる。


「サンプル回収終了です。」


「良し。後は採決が終わるのを待つだけだな。」


皮膚の採取といっても綺麗に取ろうだなんで気を遣ってくれる訳もなく、抉り取るような形で刃を入れられる。そのせいで自身の体や拘束具の周りは血塗れになり、スプラッター映画のような絵ずらになっているだろう。


「相変わらず喋らないし、表情も動かないっすね~。」


「お前も見習って黙って手を動かせ。」


「いやいや、無言で作業してたら鬱になりますって…。僕的にはこいつともっとお喋りしたいんすけどね~。」


そう話しながら青年の頭を小突く。


「お前はそういうやつだったな。諦めず話しかけてみたらどうだ?」


「ん~、じゃあ話してくれる度実験軽くするとかどうっすか?お前も痛いのは嫌でしょ?」


「おい、勝手な真似は…」


「いやいや、サンプルは腐るほどあるじゃないですか?こいつの生態観察的なのも大事でしょ?」


俺に対して提案してくるお調子者の研究員。ハッキリ言ってどちらでも良いが、今日はいつもと違い無駄に色々な事を考える日だ。だからこいつの提案に乗ってやる事にした。


「その提案乗ってやるよ。」


「おっ!!お前の声初めて聴いたな。いいね~、これで明日からの楽しみが増えた!」


「驚いたな。今まで一言も話さなかったのに。」


今まで話さなかったのはそれに意味を見出せなかったら。ただ今この瞬間に限っては俺自身が気になっていることを解消したいのだ。


「なぁ、俺とは..意味があるのか?」


それを聞いた途端空気が凍ったように周りが動かなくなる。

失礼な奴らだ。せっかく喋ってやったっていうのに。


「どういう意味だ?」


「そのままだ。この実験や..俺がここにいる意味。それをずっと聞きたかったんだ。」


「....」


研究員らしき2人は黙り込み、顔を見合わせる。


「意味は、ある。」


目線を一度横にそらし、再度俺に戻しそう呟く。


「へぇ...どんな?」


それは喜ばしい事だ。少なからず俺が日々している事は意味があった。ここまで聞いたのならば深堀りするしかないだろう。 


「1986番..お前は自分の異能をどこまで理解している?」


「俺の?怪我を治せるくらいしか思い浮かばないな。」


「間違ってはいない。ただそれだけではなく病などといったものに対しても抗体を作れるんだ。」


「つまりどんな病気も治せるってか?」


「あながち間違いでは無い。」


つまり..そうか。なんだよ..。あるじゃないか..。俺がいる意味。


「そうか..。」 


「今日の実験は終了だ..。部屋に戻れ」


「えぇ~もっと話したいっすよ!」


「黙れ。次の仕事がある。また今度にしろ。」


そう言われ再度手錠を付けられ、いつもの部屋に入れられる。

そうか..。あったんだな意味が。長年あった胸の中のつっかえが無くなった気がする。今日は慣れないことをしたからか、妙に眠い。


青年は静かに眠った。


 


 


 


 


 


 


なにか外が騒がしいな..。



ビー!!ビー!!ビー!!ビー!!


「これは...警報?」


長い間ここにいるが、警報が鳴る事は初めての事だった。


「五月蠅い…。」


そう言いながら再度睡眠に入ろうとすると、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる。


「お、おい!起きてるか!?」


「....んん?」


「頼む..起きてくれ!アイツらじゃいつまで持つか..。」


「あんたは..さっきのお調子者の..。」


そこにいたのは先ほど実験で俺と話したいといっていた男。


「お、俺は佐々木だ!!頼む..助けてくれ!!」


そう言いながら俺が入っている部屋の鍵を開ける。


「今手錠を外す!!ここから逃げるのを手伝ってくれ!!」


とんでもない何かが起こっているのだろうか、かなり焦っている様子だ。そのせいで俺の手錠を外すのにかなり手間取っている。


「おい、もう一人はどこ行ったんだ?」


そんなことはどうでも良いと言わんばかりに能天気なことを言う青年。


「先輩は...。今はそんなことどうでもいい!!早くここから...」


パァン!!パァン!!


耳の奥..頭まで響くような銃声が聞こえ顔を顰めていると、佐々木と名乗った研究員は口から血を吐いて倒れる。 


「あ..がぁ..た、助け..て。」


「いや無理だろ。」


流石に胴付近に何発も貰っている、素人目から見ても致命傷だ。


「助けてやれんくて...って死んでるか。」


俺にどんな意味があるのか気づかせてくれるきっかけになった男だ。少なからず手伝ってやろうという想いはあったが、その言葉を紡ぐ暇もなく佐々木は息絶えてしまった。

そして俺は佐々木を殺した張本人に目を向ける。

 

「大丈夫?」


そこにいたのはピンクの髪をした華奢な女だった。こういう場所には筋肉質な男のイメージがあったんだが..。異能のせいでそういう所も変わってしまったらしい。


「あんたのせいで俺の寝床が血まみれになっちまったよ。」


「そんだけ軽口を言えれば大丈夫だな。出ろ。」


今度は筋肉質で顔に傷がある男が来た。やはりこういう場面はお前みたいな男が似合うな。 


「おいおい..。いきなり来て俺の数少ない話し相手を殺して挙句には出ろだと?」


「今は時間がないの。来て?」


横暴な奴らだな..。まあそこに転がってるアレも大して変わらないか..。


「行く意味は?ここで俺は研究されて人々に対して役に立った方が生きる意味があるんじゃないか?」


それを言えば2人は豆鉄砲食らったかのように黙る。 


「お前..それを本気で言っているのか?」


その男から読み取れるのは怒りと哀れみの表情。


「本気で言うも何も..俺はそれしか知らない。」


「ここの人達に何か吹き込まれたんだね.。」


吹き込まれた?先ほどあいつらが言っていたことは嘘だったのか? 


「お前がされていた実験は確かに有益なものだったろうよ。権力者のみには..な?」


「は?」


さっきとは真逆で今度は俺が豆鉄砲食らったかのような表情をする。


「一般人に対してはただの害..むしろ大量の死人が出ているくらいだ。」


「それって..どういう?」


頭が真っ白になる..。俺がしてきたこの実験は?アイツらが言った言葉は?


「いいかよく聞け。分からないのなら考えろ。思考止めるな。結局決めるのはお前だ。今まであったことをよく思い出し、そして今ここで着いてくるか残るかを決めろ。」


今まであったこと..。実験..実験..実験しかしてない..。


「冷静に考え分析しろ。そうすれば猿でも分かるぞ。」


周りを見渡す..。あるのは佐々木の死体。と俺がいる部屋と..。その他の部屋..。そこに何がいるのか..。同僚?何も分からない。


「1986番..」


俺に付けられた名前?のようなもの。なんでその名前..いや番号?


『意味は..ある』


あの時あいつは何故か目を逸らした。その目線の先には何があった?


「カプ..セル?」

 

薄暗くてよく見えなかったが、あの実験室の奥には人ひとりが入れるくらいのカプセルの様なものがあった。


『次の仕事がある』

『アイツらじゃいつまで持つか..』


次の仕事?俺以外に同じ様な奴がいるのか?アイツらって誰だ?警備員?違う..警備員のことをアイツらなんて呼んでるところを見た事がない。


「じゃあアイツらって一体..。」


「大分分かってきただろ?お前が過ごしてきた中でどれだけ不審な点があったのか。お前がどれだけ脳死で生きてきたのか。」


そんなことを話していると、部屋の外から足音が聞こえる。 


「ほら..お前が気になってるアイツらが来たぞ?」


たどたどしい足取りで歩いてきたのは..


「..お、俺?」


顔や体格まで全てが俺そっくりだった。


「見落としがあったのかな..。」


「いや..見ろ。少しだが再生している。恐らく成功体とまではいかないが上手く適合出来たヤツだろう。」


「な、なんで..俺が?」


パァン!!


「あがっ....」


銃弾が頭に当たった俺のような何かは崩れ落ちる。


「....俺の..兄弟?」


咄嗟に出てきた言葉を出す。


「そんな訳あるか。あれはお前のクローンだ。」


「クローン?それじゃあ今までのは..。」


「そうだ..。お前の血を使い病気を治すというのは最終的な目標ではあった。実験の過程でお前の異能を使い、他の誰かを再生させた結果、そいつらは細胞が破壊され死に至ったそうだ。おそらく拒絶反応だろうな。」


「い、いやそうならないように実験をしていたんじゃないのか!?」


柄にもなく声を荒げる俺。


「言ったろ?最終目標だって。でも他にも用途が見つかったらそっちの実験にも力を入れるに決まってんだろ。」


「他の用途?それがあのクローンだってのか?」


「そうだ。クローンを作り死なない軍隊を作ろうとしたってわけさ。だがそのクローンを上手く作れたのは数体程度で、その他は全て死んだ。クソ共が考えそうな事だ。そういう意味ではお前は役に立っていたかもな?」


俺はつまり..軍事力のために、戦争のために実験を行っていたってことか?


「どうだ?どれだけお前が考えてこなかったか分かったか?」


「..は..ははは..」


笑えるよ..。本当に..


「確かに..その通りだ..。俺がどれだけ考えてなかったか。くっ..はは」


とんだ茶番だな。人のためと言われ、有頂天になっていたと思えばコレだ。 


「なぁ..お前らは俺にどんな意味を与えてくれるんだ?」


これは問いではなく願い..。どうかこんな俺にも生きる理由をくれと言う願い。

「俺達が与えてやれるのは自由だけだ。そこからどんな意味を見出すかはお前次第だぞ。」


「俺次第..か。」


よく分からず実験に付き合わされ、よく分からない奴らになんとも残酷な事実を突きつけられ、そんで結局俺次第ってか?


「ったく..ひでぇ世界だな」


「とりあえず着いてこい。お前にこの世界を見せてやる。そうすれば見えるものあるかもしれないからな。」


「行こう?」


そう言われ、2人から手を差し伸べられる


「そうだな..。まず、そこからか..」


そう言って乱雑にその手を取る。

そしてここからこの青年の物語が始まる。

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