お化け屋敷
ノーラが所属するクラスBは紛糾していた。
学級委員のバレンシアが声を張り上げる。
「静粛に! みなさま、落ち着いて議論なさい!」
『文化祭の出し物を何にするか』……議題はこうだ。
ある生徒はカフェを開きたいと主張し、またある生徒はアート展がしたいと。
クラス内でも主張が強めの生徒同士が対立している。
ニルフック学園における文化祭は、元々『武術や芸術を披露する祭り』として始まった。
それが長い時の中で変化し、いつしか独自性のある出し物をする祭りになってしまったのだ。
変な目立ち方をしたクラスこそが評価される。
そのため奇抜で人目を惹く出し物をしたがる生徒が多い。
「カフェがいいに決まっているでしょう? 魔物を放し飼いにした『魔物カフェ』……これ以上に斬新なアイデアはございませんわ!」
「やれやれ……わかっていないな。そんな野蛮なカフェを開いてどうするんだい? ここはやはり、最新の魔石を使ったトリックアートをだね……」
早く議論が終わらないかなぁ……とノーラは教室の隅で呆けていた。
正直どんな出し物でも構わない。
このクラスではノーラの影はかなり薄い方だし、自分が協力することもほとんどないだろう。
議論を取り仕切るバレンシアは困ったように眉間にしわを寄せた。
そして壁にもたれて様子を眺めている、担任のソシモに尋ねる。
「ソシモ先生。ここまでの議論をお聞きして、どう思われますか?」
「んー……お化け屋敷とかどうだ?」
「先生っ! そんなありきたりな出し物なんてダメです!」
「そうですね。魔石のトリックアートにするべきですよね?」
ソシモのありきたりな意見に対して、生徒からは非難の声が上がる。
しかし彼は自信に満ちた表情で言い放った。
「ありがちな出し物だからこそ……研ぎ澄ませば一流になるんだよ。お前ら、本気で怖いお化け屋敷ってどんなもんだと思う?」
ノーラは霊の類を信じていない。
なんなら自分の右目の方が霊よりも怖い。
もしも霊がいるのだとしたら、霊にも呪いが効くのか検証しなければ。
「ウチに来た奴らが、みんな腰を抜かして逃げてくようなガチのお化け屋敷……やってみたいと思わねーか? ちなみに俺はやってみたい」
ソシモの弁舌は巧みだ。
情熱的な生徒を焚きつけ、無関心な生徒をも惹きつけて。
主張していた生徒たちは簡単に手のひらを返して『最高のお化け屋敷を作ろう』という目標で一致団結したのだった。
◇◇◇◇
「お、お化け屋敷だなんて……わたくし無理だわ。本当に無理」
放課後、教室にはバレンシアの嘆きが木霊する。
無理無理無理……とそれこそ亡霊のような声が。
「バレンシアって……お化けとか苦手?」
「お化けだけは本当に苦手なのよ。暗いところを一人で歩けないから、夜はいつも侍従を連れているの。たとえ出し物でも苦手だわ」
「でも本当の霊が出るわけじゃないよ? クラスのみんながお化けを演じるってだけで」
「霊の類を連想させるだけでも無理なの。お化け屋敷を運営することで、日常的にお化けがいるんじゃないかって警戒するようになってしまうじゃない?」
まさか勇敢なバレンシアにこんな一面があるとは。
暗殺者に一歩も退かなかった彼女が。
「でもバレンシアが原案を任されたんだよね? 大丈夫そ?」
「大丈夫じゃないわ。まったく……またソシモ先生はわたくしに押しつけて……」
学級委員のバレンシアをはじめ、何人かの生徒たちが原案を考えて持ち寄ることになっている。
しかしお化けが苦手なバレンシアは、お化け屋敷の原案を考えることなどできない。
彼女はノーラの手を取り、懇願するように言った。
「お願い! わたくしの代わりに、お化け屋敷のテーマを考えてくださらない? ノーラならできるわ!」
「う、うん……考えることならできるけど。斬新なアイデアが浮かぶかって言われると……難しいかも。そもそもお化けの何が怖いのかわかんねーし……」
原案の提出は週明け。
それまでに魅力的な原案を考えてこなくてはならない。
まずはお化けの何が怖いのか知るべきだろうか。
自分が怖さを理解できなくとも、他人がなぜ怖がっているのかを理解すればいい。
「よっしゃ……決めたよバレンシア。わたし、この休日を使って取材に出る!」
「取材?」
「そう。学園の近くにさ、有名な心霊スポットってないかな?」