第二学期開始
まだ照りつける日差しが残る杪夏。
ノーラは約一か月ぶりにニルフック学園に戻ってきた。
帝都と比べると、こちらはいくぶんか暑さが和らぐ。
普通のクラスへの登校は明日から。
今日はクラスNで顔合わせすることになっている。
レオカディアとともに荷物の整理をした後、ノーラはさっそくクラスNの教室へ向かった。
「おはようございまーす」
すでに教室にいたのは、ペートルス、フリッツ、エルメンヒルデの三名。
ヴェルナーとマインラートはまだ来ていないようだ。
ペートルスは立ち上がってノーラの席を引いた。
「おはよう、ノーラ。今日も美しいね」
「あざすあざす。みなさん元気そうで何より」
いつものメンツだが、少し髪が伸びていたり、些細な変化はある。
エルメンヒルデは眠そうに欠伸をするフリッツを見て笑った。
「フリッツ先輩ねむそー」
「夏休みとはいえ、研究で忙しかったもので。そういうレビュティアーベ嬢も忙しかったのではないですか?」
「エルンは年末に向けて、神楽の練習をしてましたよ」
「年末の神楽か。レディ・エルメンヒルデは巫女長だから、君が躍るんだね。一度はあの祭事を見てみたいものだ。……ちなみに僕も政務で帝国各所を巡っていたよ。みんな忙しかったようだ」
「へー……大変だなぁ」
ノーラは他人事のように呟いた。
思えばマインラートも休む暇がなさそうだった。
重い責務を背負う者ほど、休める機会は少ないのだろう。
クラスNで余裕のある夏休みを過ごせたのは……ノーラだけかもしれない。
「あ、そうだ。お土産です」
ノーラは五つの小箱を取り出し、机の上に置いた。
「これは?」
「エティスで買ってきた茶葉です。箱のデザインがかわいかったので、衝動的に買ってしまいまして。おひとつどうぞ」
「ふむ……いいセンスだね。では僕はこれをいただこうかな。国の東部だとなかなか流通していないバジャルディアの茶葉だ」
「私はこちらを頂戴します。安眠作用のあるアトミール・フレーバーを」
「エルンはこの霊の類が好む茶葉をもらうねぇ」
「て、適当に選んできたんですけど……やっぱり皆さん茶葉の種類とかわかるんですね。てか霊が好む茶葉ってなんだよ」
さすが社交界の花たちだ。
自分はもう少し茶会の経験を積むべきかもしれない、とノーラは反省する。
クラスNの一員として恥じがないように。
入学当初はクラスNの面子とか知らねーよ……と思っていたが、最近は自分の振る舞いにも気を遣うようになっていた。
他の面々を知るにつれ、彼らがどれだけ努力して誇りを保っているのかを学び始めたから。
「私もお土産を持ってきたのですよ」
「ああ、僕もだ。僕が持ってきたのは……」
ペートルスの言葉を遮り、教室の扉が開く。
ヴェルナーとマインラートが気だるげな様子で顔を出した。
「…………」
「ざーす。みんな久しぶりー」
ヴェルナーは何も語らず席に座る。
一方でマインラートは机上の茶葉を手に取った。
「ん-……これ、誰かの土産か? センスねぇな」
「センスなくて悪かったですね。マインラート様はもらわなくていいっすよ」
「あ、あぁ……ピルット嬢の土産か。冗談だって。初心者にしては中々いいセンスしてるぜ?」
褒めているのやら、貶しているのやら。
ペートルスが面々を見渡して口を開いた。
「よし、全員無事で何よりだ。夏休みは楽しかったかな? 今日から第二学期の始まりだ。気持ちをしっかりと切り替えていこう」
ノーラはまだ弛んだ気持ちが抜けきっていない。
ペートルスの言う通り、気を引き締めねば。
「今日は顔合わせだけだから、特にやることはない。そうだね……各々がどんな夏休みを過ごしたか、簡単に話していこうか?」
「……くだらん。やることがないのならば、さっさと解散にしたらどうだ」
ヴェルナーの鋭い文句が飛ぶ。
相変わらずツンツンしていて何よりだ。
やれやれとペートルスは肩をすくめる。
「まあ……僕もあまり話せるようなことはないからね。ヴェルナーの言も一理ある。うん、今日は早めに解散にしようか。講義に支障が出てはいけない。それに……秋にはいくつか大きな行事があることだし、英気を養っておかないとね」
「行事……?」
「うん。聖エドムントの日とか、砂銀の日とかね。あとは……文化祭がいちばん大きな行事かな」
文化祭。
ノーラも名前だけは知っていた。
学園ものの小説によく出てくる「アレ」だ。
「文化祭! わたしの偏った知識によりますと、クラスの生徒同士で不和が生じて、必ずアクシデントが起きて、それを乗り越えて男女の関係が発展して……ってヤツですよね!?」
「小説の中じゃないんだし、そんなにドラマチックな展開は起こらないと思うよ。でも……もしかしたらアクシデントはあるかもしれないね?」
ペートルスは不敵に笑った。
その裏でフリッツの表情に影が射したことには、誰も気づかなかった。