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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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一年生の夏休み

グラン帝国の南西に位置する大神殿。

シュログリ教――帝国中に根を張る一大勢力だ。

焔神(えんしん)』を主として奉じ、数百年にわたり帝国の歴史を紡いできた。


シュログリ教の総本山、大神殿にて。

ひとりの少女が祈りを捧げていた。

……正確に言えば、祈っているフリをしているだけである。


「エルメンヒルデ様は今日もお美しい……」

「半日も祈られているが、お疲れにならないのだろうか」

「静粛に……! 祈りの妨げになるぞ」

「主の御言葉が聞けないとあっては、死活問題ですからね」


エルメンヒルデのアナト辺境伯家は、代々『口寄せ』の巫術を継承している。

神をその身に降ろし、シュログリ教に対する神託を賜るのだ。


長い長い祈りの果て、エルメンヒルデは瞳を開けた。


「――神託を賜りました」


場がどよめく。

祈りを見守っていた神官たちは、エルメンヒルデの次の言葉を待って静まり返った。


「『薔薇鹿と鎖竜

 道は二つに分かたれた

 光明を見よ、敬虔なる信徒よ

 過ちを選べば、待つは破滅のみ』」


エルメンヒルデは淡々と神より賜った言葉を述べた。

解釈や判断なんかは他人に任せておけばいい。

彼女の役割は神の代弁者となることだけなのだから。


「……とのことです。それでは、私はこれにて失礼いたしますね」


「今の神託の意味は……?」

「薔薇鹿と鎖竜……? そんな魔物は聞いたことないぞ」

「とにかく選択を間違ってはいけないという……」


口々に神託を考察する神官たちをよそに、エルメンヒルデは立ち上がる。

義務は終わりだ。

彼女は控えめに礼をして、そっと祈禱の場を去った。



夏休みにもかかわらず、学園にいるときよりも忙しい。

巫女としての仕事、辺境伯令嬢としての社交、課せられた課題……数え上げればキリがない。


エルメンヒルデが私室に戻り、息つく暇もなく。

部屋の隅に置かれた魔石が震える。


「神楽稽古 起首 

 動態 降神巫 変換」


譫言のようにエルメンヒルデは独り言つ。

年末の祭事に舞う神楽の稽古が、今日から始まろうとしていた。


「神為者ハ 唯董身」


休息ひとつ挟むことなく、彼女は稽古へ向かった。


 ◇◇◇◇


帝都エティスにある大劇場。

ノーラはマインラート、アリアドナと一緒に、歌劇を観に来ている。


よく舞台が見える席に座り、三人は開演を待っていた。

マインラートが簡単に今回の歌劇について語る。


「『黒猫の魔神』……ま、有名な戯曲だな。しかも皇室お抱えの音楽家、マリクルスの再編だ」


「魔神アリア=リフォルのお話ですよね。わたしもお話自体は小説で読んだことありますが、歌劇を観るのは初めてです。楽しみです……!」


興奮するノーラをよそに、マインラートは彼女の隣に座るアリアドナに尋ねた。


「アリアドナは知らないだろ。本とか読まねえし、歌劇も観ねえもんな」


「知ってるわけないでしょ。あ、でも……この人なら知ってるよ」


アリアドナは出演者のひとりを指さした。

いちばん上に大きく書かれている主役の名だ。


「あ、わたしもです! 帝国の歌姫……って呼ばれてる人ですよね? 歌を聞いたことはないですけど、一度聞いてみたかったんです」


「ああ、その娘ね。夜会で俺を誘惑してきたことあるぜ? まあ平民出身だからお断りしたけどな」


「えぇ……その現実、聞きたくなかったんですけど」


開演前から萎えることをマインラートに言われてしまった。

性格と歌は関係ないし……と無理やり自分に言い聞かせるしかない。

とにかく歌を楽しまねば、歌劇が台無しだ。


「マインラート卿さぁ……観る前に変なこと言わんでくれる? うざ」


「そうですよ、そうです。マインラート様ウザいです。きもいです」


「ハッ。お前らに何を言われようが構わないね。さて……そろそろ始まるみたいだ。静かにしろよ」


開演のホルンが響く。

劇場を包んでいたざわめきが徐々に静まり、やがて静寂となる。

魔石が光を失い、暗闇に包まれて。


幕開けだ。

ノーラは左目を凝らして歌劇を楽しんだ。




「面白かったですねー! 歌だけじゃなくて、お話もいい感じにリメイクされててめっちゃ良かったです!」


「うんうん、最後のシーンとか泣いたよね。最初は人の心を理解できなかった魔神がさ、あんなに王子のために……」


歌劇が終わり、ノーラとアリアドナは感想を語り合っていた。

歌のクオリティもさることながら、すでに話を知っているノーラでも絶賛できるほどのクオリティ。

いまだ興奮冷めやらぬ様子で語り合うノーラとアリアドナを、マインラートは後ろから眺めていた。


楽しんでもらえたなら重畳だ。

二人を招待した甲斐があった。


「あ、でも一個だけ理解できないとこがあったんよね。最後の歌のシーン……アレってどういうこと? 魔神アリアが歌ったら王子が目覚めたとこ」


「それは……なんかこう、歌の力で癒す的な?」


返答に窮したノーラに、後ろのマインラートから助け舟が出る。


「あのシーンはたぶん……帝国の伝承に基づくものだな」


「「伝承?」」


「聖なる歌は邪を祓う。千年前に帝国を蝕んだ『魔人の邪毒』……それを祓ったのが聖なる歌なんだ。今や伝承が途絶しているが、その歴史になぞらえたものさ。劇中にいくつかそれを示唆する場面が出てきたぞ。次回の歌劇が『魔炎の魔女と蟲毒の魔人』だから、その宣伝も兼ねているってわけだ」


「はぇー……博識ですね、マインラート様。なるほど……たしかに、今思い返せば……」


「最後だけ若干ご都合主義感あったけど、まあ歌劇だもんね。そこらへんは突っ込んでも野暮か」


歌劇には帝国にまつわる様々な伝承の要素が散りばめられていた。

博識な人ほど楽しめるし、何度見ても新たな気づきがある。


「次も見に行きたいね、ノーラ?」


「そうですね。ぜひアリアドナ様と一緒に……」


そこでノーラは口を閉ざした。

前から衛兵らしき人物が駆けてくる。

衛兵はマインラートの前で立ち止まり、姿勢よく敬礼した。


「マインラート様! 探しましたよ……宰相閣下がお呼びです」


「親父が? ったく……のんびり休みを過ごしてるってのに。というわけで、ピルット嬢にアリアドナ。俺はここでお暇するよ」


「ういうい。おつかれー」


「歌劇に招待していただいて、ありがとうございました。また明日」


「おう、またな。昨日の夜遊びの件で叱られるんだろうな……」


マインラートは片手を挙げて去っていく。

忙しいのか、暇なのか。

真面目なのか、不真面目なのか。

相変わらず底の知れない男だ。


そんな彼の背を見つめながら、アリアドナは呟いた。


「次の歌劇も一緒に観たいって言ったけど、もうすぐ夏が終わるのか。学園から帝都はそこそこ距離あるし、キツいかもね」


「アリアドナ様、よかったらお手紙でもやりとりしませんか? そうすればわたしが帝都に行けそうな日もお知らせできます」


「いいね。あとはあの馬鹿……マインラート卿も誘ってやってよ」


「ふふ……わかりました。マインラート様は嫌がるでしょうけど、なんとか誘ってみますね」


どうせ嫌々ながらもノーラに付き合ってくれる。

彼はそういう人だと、この夏を通して知ったのだ。


「マインラート卿のこと、頼むよ。たぶん学園じゃアイツは孤独でしょ。浮ついてるように見えても、他人との溝は絶対に埋めない」


「……そうですね」


「いちばん理解してやれるのは、きっとノーラだよ。他の令嬢みたいに媚びるばかりじゃない……権力と社交界に興味なさそうなアンタなら、本質を見てやれる」


アリアドナはノーラの背を軽く叩いた。

気安く言っているが、彼女の言葉には切実なものが籠っている。

マインラートを支えてあげてほしい――そんな切なる願いが。


「わたしは不器用で……感情的になってしまうことも多いです。でも、そんなわたしの態度がマインラート様の支えになるのなら……うん。ひとりの友人として、支えてやってもいいですかね」


「ははっ、それでいいよ。よろしくー」


友人を名乗るのはおこがましい……なんて、もうノーラは思わない。


たとえマインラートが平民との間に壁を作ろうが、ノーラには関係ないのだ。

無神経に彼の内に入り込んで……思いきり悪口を言ってやる。


いつか自分が貴族の娘だと知られても、今まで通り接してくれるように。

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