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呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第6章 差別主義者の欺瞞
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二年生の夏休み

自室のドアがノックされ、フリッツは書物に落としていた視線を上げた。


「どうぞ」


ドアが開かれた先にいたのはセヌール伯爵家の執事だ。

執事が持っている書簡を見て、フリッツは用件を悟る。


「失礼いたします。フリッツ様、奥様が新たに縁談を設けたと」


「ありがとうございます。再三申し上げているのですが、私は学園を卒業するまで婚約者を作る気はありません。母上にお伝えください」


兄の婚約者だったダナとの婚約を破棄してから、数か月の時が経ち。

フリッツの母親は新しい婚約者を作ろうと躍起になっていた。

この夏休みだけでも、何度縁談を持ちかけられたことか。


「承知いたしました。それと……魔石の研究開発に関しまして、来客が明日予定されております」


「ああ、その件ですね。明日は賓客を迎える用意をしておいてください」


「はっ。それでは失礼いたします」


縁談の書簡を机の隅に置き、フリッツは椅子に身を沈めた。

今は新たな魔石の研究開発に専心している。

婚約者云々の色恋に現を抜かしている暇はないのだ。


とはいえ、母の気持ちも痛いほどわかる。

息子のオレガリオを喪い……今はフリッツが伯爵家の希望を一身に背負っている。

後継ぎを欲するのも当然の反応だろう。

父はダナとの婚約解消に理解を示し、肯定してくれているのだが……。


「そういえば」


フリッツは何かを思い出して立ち上がる。


「……予知」


とある予知があった。

それはあまりに荒唐無稽すぎて、現実味のない予知で。

いつも通りのくだらない内容ではない。

仮にそれが現実に起こるとすれば――


「しかし、アレが真実なのか。それともただの悪夢だったのか……」


何気ない日常の予知を見たのなら、それは現実に起こり得る未来だと予測できる。

だが今回ばかりは……あまりに非現実的すぎたのだ。


「あの異形は……予知した未来まで、まだ一か月近い期間がある。少し調べてみましょうか」


 ◇◇◇◇


「…………」


マインラートの目の前には大量の書類が積み上がっていた。

それら一つひとつに目を通し、彼は帝国を視る。

城の一角に執務室を借り、日夜書類と向き合うばかりの夏休みだ。


普通の令息ならもっと暇がある。

仮にマインラートが宰相の息子だとしても、臣下に単純な仕事は押しつけておけばいいだけの話で。

これは彼が進んで選んでいる道だった。

国を自らの眼で見極めることにより、理想の国を形作る。

くだらない階級に縛られぬ未来を夢見て。


「失礼するぞ、マインラート」


「ああ、親父。何か用か?」


執務室に彼の父、スクロープ侯爵が訪れた。

侯爵は淡々とした口調でマインラートに語りかける。


「今夜、晩餐会の誘いが来ている。行くか?」


「んー……かわいい娘いる?」


「知らん。その気味の悪い演技をいつまで続けるつもりだ」


ひゅう……とマインラートは口笛を吹いた。

とうに自分の本質が見透かされていることも、マインラートは承知の上。

父も自分の浮ついた態度が演技だと知っているからこそ、厳しく注意してこないのだろう。

互いに互いを見透かしているのに、何も言及することはない。

ただ表向きはグラン帝国を支える柱として動いているだけだ。


「ま、いいや。行くよ」


「そうか。晩餐会にはラインホルト殿下もおいでになる。粗相がないように」


「げっ、ラインホルト殿下いるのかよ。じゃあやっぱりパスで。堅苦しいのは嫌いなんだ」


「宰相の息子でありながら、皇子との会食を厭うとは。お前に帝国を任せても良いものか……不安になるな」


帝国を任せられる気なんてねーよ……と反論したくなったが。

マインラートは呆れつつも言葉を抑えた。

彼が背負いたいのは『国』であり『帝国』ではないのだ。


「……ところで親父。話は変わるが、この財務書類……」


「ああ、改ざんされたものだな。犯人はすでに私が把握している。アロダベル伯爵だ」


「……糾弾しないのか?」


「アロダベル伯は皇帝派の支柱。多少の不正には目を瞑るべきだ。権利と益は秤にかけよ。歪な権利が初めて益を上回ったとき、不正を指摘すればよい」


これだから貴族は腐ってやがる。

予想通りの答えが返ってきて、マインラートは舌を巻いた。

いっそ清々しいまでの保守性。


「いつまでも腐らせてちゃ、周りまで腐ってくぜ?」


「腐敗の如何は問わん。国が健全であればそれで良い。いや……『健全に見えれば』それで良い」


「その裏で……どれだけの人が死んでると思ってやがる……」


やはりこの父親は人として尊敬できない。

マインラートが乗り越えるべき、腐敗した高き壁。

決して相容れぬ毒そのもの。


「それでは……失礼する。根を詰めすぎるなよ」


「はいはい。承知しました、お父様よっ……と」

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